いざ森へ
森に足を踏み入れて、そう掛からない内に辺りが暗くなった。
まだ時刻としては朝のはずだが、そこら中にとても大きな木があるせいで、日光が遮られており薄暗くなっているようだ。
フクロウのような鳥類の鳴き声が辺りにこだまし、森特有のひんやりとした冷たい風が頬を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だ・・・・・・」
森特有の暗い雰囲気のみならず、あの狼を始めとした危険な生物がいるという事実に怯えながらもなんとか進み続ける。
どれほど歩いただろうか。30分か、或いは3時間か。
時間の流れは分からないのに心臓の鼓動だけは嫌にはっきりと感じる。
雰囲気に慣れてきた頃にそれは訪れた。
ずしん...ずしん...
「ひっ━━━」
何かデカいのが近づいてくる・・・!!
悲鳴が出そうになるも、すんでのところで押し殺し急いで近くの木陰に転がり込む。
ずしん...ずしん...
何が近づいてきている?こちらに気づいているのか?
まだ足音は遠く、遅い。
ずしん...!ずしん...!
音が近づいてきた・・・今なら奴の姿が見えるかもしれない。木の影から少しだけ、恐る恐る顔を出す。
それはありえないほど大きな人だった。
圧倒的な体躯もさることながら、目が一つしか存在していない点や、額から角も生えている点から明らかに人間ではないと分かる容貌をしていた。
サイクロプスだ・・・奴は神話の中に登場する空想の怪物、サイクロプスとしか思えない!!
動きを止め、息を殺す・・・・・・
ずしん!!ずしん!!
ついに奴が木一本隔てたすぐ横まで接近してきた。お願いだ、どっかいってくれ・・・・・・
ずしん...ずしん...
願いが通じたのだろうか、音がだんだん遠ざかっていく。
助かった・・・こちらには気づいていなかったようだ。偶然ここを通りがかっただけらしい。
周りを探すような動きは特にせず、ただ一直線に歩いていった。
ずしん...ずしん.......
足音が聞こえなくなるまで待ってから大きく息をついた。
「はぁ〜・・・一体なんなんだあいつは!?この世界にはあんなのもいるのか?とにかく、危険すぎる。今日は帰ろう」
恐怖と孤独を紛らわすために独り言を話す。
帰ろう。よし、帰ろう。そう自分に言い聞かせて歩き出す。明日から頑張ろう。次なら・・・いや、あの化け物がいない時なら安全だろう。
・・・・・・なんか、言い訳みたいだな。
なんとなく背にかけた弓を手に取ってみる。
始めはプルプルと腕が震え、最後まで引く事すら出来なかった弓だ。
今では完全に引ききっても一切動じる事なく、正確に射ることができる。
・・・・・1ヶ月頑張ったんだったな。
次に来る時もあの化け物みたいなやつに出会わないとも限らない。
寧ろやり過ごせた今こそチャンスなんじゃないか?
ああいう大きな生物には大抵縄張りがあって、一定の範囲内に他の化け物がいる確率は低いはずだ。
「もうちょっとだけ頑張ってみるか」
誰に聞かせるわけもなく、呟く。
そして、これまで進んでいた方向とは向きを変えて歩き出す。
諦めない姿に神が微笑んだのだろうか。少し歩いたところで、遠くに鹿のような生物を見つけた。
やった!!興奮を落ち着かせ、ゆっくりと弓の射程圏内まで近づいて行く。
慎重に・・・慎重に━━━━━
「キュッ!?」
「━━━ああ、くっそ。もうちょっとだったのに」
標的と目が合った。そして次の瞬間には全力疾走で俺とは逆の方向に逃げていってしまった。
ああ・・・一体何がダメだったのだろうか。
だが諦めるのはまだ早い。せっかく見つけた獲物だ、逃してたまるものか。諦められるはずがない。
獲物が逃げていった方向へと歩を進める。
「こっちの方向に行ったはずなんだけど・・・・・・あ、いた」
しばらく歩くと、鹿を見つけた。同じ個体なのか、はたまた別個体なのか。
呑気に野草を食んでいるようだ。
今度こそ気づかれないように慎重に近づき、弓を取り出す。
そして逸る気持ちを抑えながらギリギリと弦に矢をあてがい、狙いを定める。そして、
「ふっ!!」
「ギュッッッ!!」
やった!!確実に頭に命中したはずだ!
興奮で心臓の鼓動が早まる中、鹿の元へと足を進める。
「キュー・・・・・・キュー・・・・・・」
だが、鹿はまだ息があった。
狩人が近づいてきたことを認識した鹿はガクガクと震えながらも死に体を持ち上げ、此方を見据えていた。その姿は怯えのようにも、怒りのようにも、諦観のようにも見えた。
その光景を目の当たりにして、途端に自分が責められているような、悪いことをしてしまったような気がした。
ああ、俺は今『命』を奪おうとしているのか。俺があの狼にやられたのと同じように。
「・・・・・・ごめん」
シュパッッ!!
もう一本の矢を放つと、今度こそ鹿は倒れ二度と動かなくなった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・!!」
集中の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せる。しかし、やらなければいけないことがある。下処理だ。
最低限の下処理はこの1ヶ月で教わっている。その教えの通りにまずは適当な木に吊し上げ、喉元を切断する。
「おえっ、ダメだ。何回見ても慣れないや」
上手く頸動脈を切れたようで、すぐに大量の血が流れ出す。
血が止まると、持ってきた紐で手足を縛り、それを自らの背中にくくりつける。
あとはそのまま帰るだけだ。そうして俺は帰路についた。
半分は歩いただろうか。
重い・・・血を抜いたとはいえそれなりの大きさの鹿だ。特訓のおかげでここまで運べたが、紐が肩に食い込んでいて痛みが酷い。
よし、ここで一旦休憩しよう。
「よっこいしょっと。ふぅ・・・・・・」
行き道に木に刻んだ目印を見つけると、腰を下ろして息を整える。
暫くの間、ぼーっと木の揺れる様を眺めていた所で違和感に気づく。
ガサッ
「何かが、近づいてきてる・・・!?」
自然に身を委ねていたのが功を奏したのだろうか。
手遅れになる前に何かが接近してきていることに気づいた。
今度の敵は少なくともこちらよりは小さいだろう。
音でそう判断した俺はすぐさま立ち上がり、臨戦態勢に入る。
「━━━━ガルルゥ!!」
草むらから飛び出してきたのは既視感のある獣だった。そう、あのにっくきオオカミだ。
初めて遭遇した時は怯えて逃げることしか出来なかったのに、今回は驚くほど頭が冷静だ。
「なんでだろう・・・あの絶対勝てない化け物を見たから、感覚が麻痺してるのかな」
それとも死ぬ気で頑張った特訓のおかげだろうか、はたまた一回生命を奪った事で自信がついたのだろうか。
この際、その全部だと思うことにしよう。
「いつでもかかってこい!お前ら!!」
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