能力測定

「それじゃあ、まずは小手調べだ。あんたの基礎能力を確かめさせてもらうとするよ。とりあえず、あたしの手を殴ってみな」


 家を出て早速能力チェックが始まった。

 ちなみに着ていた服は狼たちに引き裂かれてビリビリに、挙げ句の果てには血も染み込んで見るも無惨な有様だった。

 そのため、ロゼアさんの倉庫で眠っていた服を借りている。何やら昔の仲間が着ていたものらしい。


「やぁッ!!」


 腕に力を入れ、彼女の手のひらにパンチをするとぺちん!と言う軽い音が鳴る。





 数秒の沈黙の後、彼女が口を開く。


「これは・・・・・・清々しいほどに弱いね!」


 異世界に来たからには小説で読むように不思議な力で強くなっているはず。そんな希望は儚く消え去った。

 こちとら生まれてこの方一度も人を殴った事のない日本男児ですよ。


「このパンチじゃあ、そこらのガキのがマシだね。まあ力が無いのはすぐにはどうにもならん。そしたら次はここにある武器全部、片っ端から使ってもらうよ」


 いつの間に運んできたのか、バンッと幾つもの武器が入れられた樽と木で作られた人型を叩き彼女は宣言する。今度こそ!望むところだ!!







「━━━━━あ〜、こりゃ、ダメだね」


 ロゼアさんが参ったという風に自らの額をパシンと叩く。

 ダメだった・・・。どれか一つくらいはと思ったが、ダメだった。というか大半の武器はそもそも持ち上げるだけで精一杯で振るどころではなかった。

 本当に何かないのかよ、異世界転移のギフトみたいなのがさ。


「あんた、あまりにも貧弱すぎるよ。うーん・・・もしかしたら記憶を失う前は術士だったんじゃないのかい。ちょっと待ってな。昔仲間だったやつが持ってた測定器があったはずだよ」


 暫くした後、家から出てきた彼女の手には大きな水晶があった。


「よし、ちょっとこれを触ってみな」


 言われるがままに、ゆっくりと水晶に手を近づける。水晶に手が触れた瞬間、水晶の中に渦巻が生まれる。その力の奔流は次第に廻る速度を上げ、赤、青、黄、緑と多種多様な輝きを放ちついに━━━━━


 パリンッ。


 水晶は乾いた音と共に真っ二つに割れてしまった。一体この結果は何を表しているのだろうか。

 これはまさか、俺の魔力が高すぎて壊れてしまったのか!?



「あちゃー、ガタが来てたか〜。この測定器は100年ほど前に冒険者ギルドからあたしが借りてきて、そのまま仲間が使ってたやつなんだよ。寿命だったみたいだね。とはいえだ、あたしは魔法がからっきしだから魔力があっても何一つ教えられる事はないんだけどね!わはは!」



 まさかの結果にずっこける。

 おいおい、ただ壊れただけかよ。それにしても100年!?100年前って言ったか!?老いているとは思っていたが、それにしても規格外じゃないか。一体ロゼアさんは何年生きているんだ?

 しかし、老婆とはいえレディーはレディー。年齢を聞くのは憚られるのであった。


 その後も彼女が持ってきた様々な武器を試していたら日が暮れ始め、今日の特訓は終わりとなった。

 結果的に俺がまともに使えそうな武器は、弓や短剣を始めとした軽さがウリの物だけであった。

 樽一杯に詰まった武器は、気に入った物を残してそれ以外は彼女へと返却した。





 


 家に入り、寝ていた部屋に戻る。ロゼアさんによると、この部屋は好きに使っていいとの事だった。

 ベッドに椅子、机のみの質素で小さな部屋だが自分に部屋を貸してもらえるだけでとてもありがたい。

 とりあえず机の上に持ってきた武器を置いてみる。


「うーん、どれがいいだろ・・・・・・相手が気づく前に仕留められる弓とかどうだろう。でも集団相手だと倒しきる前に近づかれるのが嫌だなぁ。じゃあ逆にナイフにしようかな。いやでもリーチがあまりにも短いし・・・・・・じゃあ別のに・・・・・・これもここが嫌だし━━━━━ああ!全然決まらないよ!」


 自身の命運を分けるかもしれない選択だ。しっかりと考えてから選びたい。

 その考えが逆に枷となっているのか、長所よりも短所の方に目がいってしまう。そうなってしまうと堂々巡りだ。一向に決まらず、いたずらに時間だけが過ぎていく。

 そうして唸っているとコンコンと扉がノックされた。


「おーい、飯ができたよ。こっち来な」


「ありがとうございます!今行きます!」


 どうやら夜ご飯を作ってくれたらしい。よし、一旦武器選びは止めだ。飯だ飯!



「━━━うわぁ、これほんとにいただいていいんですか!?」


「久しぶりの客人だからねぇ。ちょっとだけ豪華に作ったよ」


 1番初めに目に入ったのは真ん中に置いてある大きなステーキだった。椅子に座ると、早速肉の芳ばしい匂いが漂ってくる。その味を想像するだけで瞬時に口の中から唾液が出てきた。

 横には初めて見る植物のサラダが。緑、紫、赤と色とりどりに重ねられたそれは新鮮で瑞々しい輝きを放っている。そのほかにも幾つかの料理が並べられ、まるでレストランにでも来たかのようだった。


「ちょっとだけ豪華って・・・・・・ちょっとどころじゃないですよこれは!ほんとにいただいちゃっていいんですか」


「ああ、いいよいいよ。料理は熱さが命さ、寧ろ早く食べとくれ」


「それじゃあ頂きます!」


 2人が席に座ると、俺は手を合わせる。日本の伝統的な食事前の挨拶だ。


「━━━!ああ、頂きます」


 ロゼアさんは少し驚いた様子を見せると、俺にならって手を合わせた。

 そして俺は用意されたナイフとフォークで、早速肉に手をつける━━━━


「うまっ・・・・・・」


 あまりの美味しさに絶句する。噛むと程よい弾力から溢れ出るのは濃厚な脂!!ほっぺたが落ちると言うが、それどころではない。誇張を抜いても今まで食べた肉料理の中で1番美味しい。野菜も野菜だ。それぞれの旨味が調和したもはや天然のスイーツと呼んでも過言ではないそれは、肉に染まった舌をリフレッシュさせてくれる。その後の料理も全て食べたことのないくらい美味しい料理で、気づいたら一言も発することなく食べ終わってしまった。


「よっぽど美味しかったようだね。幸せそうに食べてもらえて何よりだよ」


「ぷはーっ。本当に美味しかったです!ごちそうさまでした!ところでこの肉とか野菜って、どこで取ってきたものなんですか?」


「肉は私がちょっと前に狩ってきたミノタウロスだよ。野菜はミノタウロスを倒した時に、ちょうど助けたやつらから貰ってね。森の周りは土に栄養があるとかなんとかで、育ちがいいらしい」


「ミノタウロスっ!?・・・それはどんな魔物なんですか?」


「ミノタウロスは大体私の3倍くらいの大きさでね。普段は四つの足で歩くんだけど、戦う時は後ろ足だけで立つようになるんだ。そんで前足が手になって器用に木とか掴んで振り回してくるのさ。この森じゃあ強い方の魔物だけど、草しか食べないし割と温厚なんだよ」


 ミノタウロス。ファンタジー好きならば知らない人はいないであろう神話の生き物だが、この世界では普通に存在しているようだ。

 ロゼアさんの3倍・・・と言う事は大体6メートルを超えてるのか。あまりにも大きすぎる。それにそんな生き物が道具を扱うのか。よし、見たら速攻で逃げよう。


 そんな感じで話を続けていると、ロゼアさんが話を振ってきた。


「そういやあんた、武器は決めたかい?」


「武器はですね・・・実は全然一つに絞れなくて・・・」


「一つ?なんで一つなんだい。別に十個でも百個でも持てばいいじゃないか」


 確かに。そうか、なんてことを見落としていたんだ。

 そうじゃないか!別に一つじゃなくてもいいじゃないか!それぞれの欠点を、他の武器で補えばいいんだ!!

 そうと決まれば話は早い。悩みは吹っ切れた。今夜は気持ちよく眠れるはずだ。


 夕飯を食べ終え部屋へと戻った俺は明日の準備をすると特訓へと向けて眠りにつくのであった━━━━━━

 









「━━━━それじゃ、まずは家の周りを百周してもらうよ」


 次の日、家を出て開口一番にロゼアさんが言ったメニューに俺は絶望した。

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