信頼
どうやら俺は異世界に転移してしまったらしい。
あまりに衝撃的な事実に俺は動揺し呼吸が乱れていく。
「うっ、嘘だろっ。はあっ・・・はあっ・・・」
なんとか不規則なリズムを刻む肺を抑えつけ、深呼吸する。
俺が落ち着きを取り戻し話せるようになるまで、老婆はじっと黙って待ってくれていた。
「それじゃ、今度はあたしから質問させてもらうよ。あんた一体、どこから来たんだい?ここは『帰らずの森』の中心部だよ。ろくに戦えもしないヤツが来れるはずがない」
どこから来たのか。『別の世界』から来たと正直に言っても荒唐無稽な話だと思われるだろうし、さっき話題に出た『ソルティア共和国』か『ワルドローザ王国』から来たと話をでっち上げるのは、何も情報が無い今リスキーな選択だろう。だからといってこの老婆の質問に一向に答えないのもまずい。
まずは彼女の信頼を得ないと・・・盗人扱いされて家から放り出されるのだけは何としてでも避けたい。
今の俺にはもうこれしか方法が思いつかない。ええい!ままよ!
「すみません。僕、何も憶えてなくて・・・記憶喪失みたいです」
「あら、それは大変だねぇ。何か少しでも憶えている事はないのかい?」
「あの開けた平地で目覚めて、あいつらに襲われて、それだけです」
「・・・本当に、それだけかい?」
少しの間を置いた後、そう質問される。やはり怪しまれているのだろうか。とりあえず、俺を閉じ込めていた『何か』の事も話しておこう。
「目が覚めたらよく分からない『何か』に閉じ込められていたんです。どうにかこうにかして外に出られたんですけど・・・」
「ふーむ、そうかい。あんたがいた場所は魔法の壁があってね、昨日まで3年ほど入れなかったんだよ。叩いても叩いても壊れないからこれまで放置してたんだけどね、急に壁が消えて見に行ったらあの犬っころに襲われてるあんたを見つけたって訳さ」
「その節は本当にありがとうございました。正直、もうここで死ぬんだ・・・って、諦めてました」
「いいよいいよ、見つけた以上助けないとあたしの寝覚めが悪いしね。それでも礼儀正しい子は嫌いじゃないよ、あたしゃ」
見ず知らずの人を助けた上に介抱までしてくれるなんて、どれだけいい人なんだろう。
この人なら信頼してもいいかもしれない。
それにしてもあの平地に俺を閉じ込める更なる魔法の壁があったとは。
となるとあれは二重構造じゃなくて三重構造だったと言うことになる。
ここまで厳重に閉じ込める必要はあったのか。それとも、他に何か意図が?
やはり分からない。こんな事は今考えていても仕方ないか。一先ずこれからの事を考えないと。
「ありがとうございます。とりあえずは近くの町にでも行ってどうにか生活してみようと思います」
「おいおい、ここは『帰らずの森』だよ。そんな簡単には出られないさ」
「え・・・どういうことですか?」
「単純に、危険な魔物が多いのさ。お前が殺されかけたオオカミ達ですらこの森じゃあ底辺もいいところだよ。それに1番近い町でさえ歩いて1週間だ。そんな場所なんだよここは」
「そうなんですか・・・・・烏滸がましいお願いですが、町まで送って下さったりは━━━」
「それはダメだね。送ってやりたい気持ちは山々だけど、ちょっと訳あってね。あたしはこの家から離れられないのさ。だからあんたが1人で行くしかない。もちろん今のあんたじゃ到底無理だけどね」
そんな・・・なら俺はどうすればいいのか。
最寄りの町にすら行けないなんてスタート地点があまりにも不親切すぎる。八方塞がりじゃないか。
だが、その様子を見た老婆がニヤリと口元を歪める。
「何勘違いしてるんだい?『今のあんた』には無理さ。だから━━━あたしがあんたを特訓してあげるってんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます