魔王編

第1話

「……異様な気配がします」


アイリスがそう呟き、外の壁を破壊して異音がする方を見る。

絶対もう少し穏当な手段があったはずだが、容赦がない。どうやら少し機嫌が悪いようだ。


俺はアイリスが開けた穴からそっと外の様子を伺う。


すると、都市の外に、異形の怪物がいた。


悍ましい赤黒く蠢く肌に、体毛のように生えている気味の悪い触手。あちこちからぎょろぎょろと目がのぞいている。

体表からは得体の知れない液体が滴り落ち、地面を腐らせていた。


ここから門の外までかなりの距離があるにも関わらず、かなり大きく見える。

つまり、実際の大きさは……想像したくもないほどだ。


「あれが……魔王、ですか」


王城で宰相から見せてもらった映像と外見が一致する。

アイリスの言う通り、魔王で間違い無いだろう。


「……もしや……勇者の気配を感じてか?」

「さて、どうでしょうか……どうしますか?戦いますか?」


本音を言えば、逃げたいところである。しかし、おそらく俺たちが逃げても勇者一行は戦う。そして死ぬ。


俺の脳裏に、宰相が見せてくれた映像が再度流れる……確か、魔王は殺した生物を取り込んでさらに強化されていた。

勇者を取り込んだ場合……どうなるか想像もできない。


「……勇者と一緒に戦ってみて……ダメそうだったら、勇者を連れて離脱しよう」

「え、戦うの?」


サンが驚く。


「ああ。それしかないだろうな……おい、起きろ」


俺は『聖女』を揺すって起こす。


「ん……んにゃ……」


随分と可愛らしい声をあげて、むくりと『聖女』は地面から起き上がる。


「うひゃあ!?」


何やら奇声を上げる『聖女』。


「全員の回復をしろ。戦うぞ」

「戦うって……何と?」


俺は無言で外を指差す。聖女は青い顔になると、慌てて『勇者』と『守護者』を叩き起こす。


俺はざっと今ここにいるメンバーを見渡す。

今代の勇者パーティである、『勇者』『聖女』『守護者』『賢者』『剣聖』『呪術師』。

そして一代前の勇者パーティである『悠久の剣聖』、そして『悠久の魔女』。

希少属性『時』の保有者、『太陽』の保有者、そして『根源』の所有者。


おそらくこれを上回る人員を集めることは難しいだろう。

それくらい、豪華なメンツだ。


アイリスとアラタは静かに闘志を漲らせているが、他の面々は緊張した面持ちだ。


と、遠くの魔王の姿がふっと掻き消える。


風魔術『クラウドバースト』


嫌な予感がした俺は魔術陣を展開し、アリステルを抱えてその場から離脱する。


一瞬の後、魔王の巨体が上から降ってきた。

戦闘、開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る