第5話 世界

「……興味ない」


リアはそう言って俺に抵抗しようとする。


「世界は広いぞ。本の中の世界より、もっとな」

「……私には、本の中で十分」


リアは抵抗する手を激しくする。俺を制止しようとするカバネを、アイリスとサンが引き留めた。


「特異な力を持つものは、普通の人間とは違う体験をする。それがどういうものになるかは、自分で決められるんだ、リア。鳥籠の中にいる人生が、お前の望んだものなのか?」

「……そう。私は安全な鳥籠の中にいたい」

「ならば、俺たちがその鳥籠となろう。お前をあらゆる危難から守ってやる。どうせ俺たちは追われる身だ。一つ二つ、追う組織が増えたところで変わりやしない」

「…………」


リアが抵抗するのをやめる。リアの膝の上にあった本が、ごとりと地面の上に落下した。


「……どうして?」

「どうして、そこまでするのか、か?」

「…………」


リアは無言でこちらをみる。


「お前が、昔の俺に似ているからだ。自分の持つ能力に振り回され、世界に絶望したあの頃の俺と、な」

「……そう」


リアの心が揺れ動いているのを感じる。


「リア、確かに世界は醜い。美しくなんてない。だからこそ……世界は美しいんだ」


そう、俺がかつて綾華に教えられた通り。

世界はどこまでも醜く、だからこそ美しいのだ。


「……なにそれ」


リアは微かな笑みをこぼす。


「馬鹿みたい」

「だか真実だ。俺たちと共に来い、リア。世界を見に行こう」


俺はリアに手を差し出す。リアはしばらくの間逡巡していたが、やがて俺の手をそっと握る。


「……そういうわけだ。俺が責任を持って、リアの面倒をみる」

「…………そうか。いや……良かった。いや……引き受けてくれて嬉しいよ」


あまり嬉しく無さそうな、むしろがっかりしたような様子でカバネが俺に感謝を述べる。

自分で説得しておいて、いざその時になったらやっぱり寂しくなったらしい。


俺は放っておくことにして、アイリスとサンに向き直る。


「今日はテッタで旅に必要な物を買い揃えつつ一泊して、明日の朝に出る……それでいいか?」

「いいわよ」

「いいですよ」


アイリスとサンは賛意を示す。


「よし、それじゃあメインストリートに早いところ戻ろう。リア、行こうか」


リアはこくりと頷いて、俺の手をぎゅっと握る。表情は元の無機質な瞳の無表情に戻ってしまった。


俺はリアの手を握り返し、アイリスとサンと共に酒場を出た。

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