第5話 過去

夜。

馬車も人もどうやら休むようで、俺たちは街道の『駅』と呼ばれる開けたスペースに陣を張り、野営を行っていた。


馬車上に寝床を構えられる為、そこまで苦なものでは無い。むしろ、大変なのは護衛たちの方である。

盗賊にとって野営をする商団は格好の的であるため、特に仲間を失った護衛はかなりの緊張感を以って警備にあたっている。


「……シュン、少しお話ししましょう」


夜も更け、満月が南中する頃。アイリスは不意にそういって俺を馬車の幌の上へと誘った。


魔術『静寂』の手印を結ぶと、アイリスは口を開く。


「……眠れていませんね?」

「ああ。まあ心配することはない。少し警戒心が高くなっているだけだ」

「……そうですか」


アイリスは美しいオッドアイをゆらめかせながら、俺の瞳を覗き込んでくる。


「……シュンは、以前に人を殺したことはありますか?」

「……ああ。あるよ」


あれは俺が8才の時だったか。綾香と少し仲良くなり始め、俺は再び人と交流するようになり、何人か友人と呼べる人物もできていたのだ。


しかしあっけなく、俺は裏切られることになった。友人の手引きによって俺は誘拐されることになった。


誘拐犯たちは俺を攫い、小さな部屋へと閉じこめようとした。

反抗心を折っておくためだろう。誘拐犯の一人は笑いながら、俺を殴りつけたのだ。

かなりの強さで殴られた為、俺は恐怖を覚えるとともにパニックに陥ったのだ。


「……それで、どうなったのですか?」

「だいたい想像する通りだ」


そして、俺はなんとか生き残る術を見つけようとした。そうして目をつけたのは、男が身につけていたナイフだった。


Gerber Mark II……殺傷能力が高く、そして鞘から引き抜くのが容易なそのナイフは、たとえ八才の子供であっても男一人を殺すのは容易だった。


「…………結果として、誘拐犯のうち六人が死んだ」


同じことをもう一度やれと言われてもできるわけがない。あれは完全に、火事場の馬鹿力というやつだった。


たまたま誘拐に成功してしまったこと。

救出がたまたま遅れてしまったこと。

俺を殴ったこと。

殺傷力が高くよく手入れされたナイフを誘拐犯が持っていたこと。

カメラアイの保有者だったこと。


「偶然に偶然が重なった結果、起きた悲劇ってやつさ」

「……そう、ですか」


アイリスはフードを取り出す。


「恥じることはありません。他人を害そうとするものは、自らもまた害されることを覚悟しなければなりませんから」

「……そうかな」

「ええ」


月明かりに照らされて、アイリスの白髪が輝く。


「少し肌寒いですよね?」

「…………?いや?今は初夏で」

「えい!」


俺の返事に構わず、可愛らしい効果音と共にアイリスが身に纏っているローブを俺にも被せてくる。

ちょうどすっぽりと、アイリスのローブの中に収まった形だ。


「少しは気を抜いても大丈夫ですよ?このローブに包まれている限りは、絶対に守ってあげますから」


そう言ってアイリスは俺に身を寄せてくる。どうやら、ずっと気を張っていたことがアイリスはわかっていたらしい。


アイリスのふんわりとした柔らかい香りと安心感に包まれ、俺はいつしか眠りについていた。

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