第八話 異世界への渡航

俺は生まれつき、見たものをそのまま記憶することができる。“瞬間記憶能力”や“カメラアイ”などと巷で言われている能力だ。


「……かめらあい、ですか……あまり聞いたことがありませんね」

「……そうか」


元の世界でもメディアやフィクションでは有名だったが、実際に同じ能力を持っている人は見たことがない。

能力が発現してても気付かれない––––ただの記憶力に優れた人程度の認識をされている可能性も高い。


いずれにせよ、これは俺の大きなアドバンテージになりそうだ。

俺は『魔術論』のページをめくっていき、魔術陣を即座に記憶しつつ魔法の概要に目を通していく。


「……羨ましい能力ですね」


アイリスが俺のその様子を見ながらそんな感想をこぼす。


「よく言われる。だが……そんなにいいものでも無いぞ」


今でこそ瞬間記憶をある程度制限できるようになった。


しかし、昔はそうではなく、文字通り見たもの全てをそのまま記憶していた。そのせいで、俺は“人の悪意”を必要以上に読み取ることができてしまったのだ。


そのせいで、俺の心は子供とは思えないほどに疲弊していた。あのままでは、いずれ心が壊れてしまっていただろう。


親も色々と手を打ってはいたが、あまり効果がなく。いよいよを使う瀬戸際。そんな俺の心を癒してくれたのが綾華だったのだ。


そして今は、強く”覚えよう“と思った物や、感情が揺れ動いた瞬間など、特定の瞬間にしか記憶することはない。

しかし、突発的に“カメラアイ”が起動し、全てを記憶するモードに入ってしまうこともある。

それに、新たに記憶する分は制御できるが、今までの記憶を消せるわけでは無い。昔の記憶が常時フラッシュバックし、眠れないこともあった。


そんな俺を慰撫してくれたのも、また綾華だったのだ。


「……へえ。綾華さん、ですか」

「……声に出てたか?」

「ええ。思いっきり」

「…………」


俺は頬が暑くなるのを感じる。


「……大切な、人なんですね?」

「ああ」


大切で、特別なひとだ。


「帰りたいですか?元の世界に」

「……ああ。できることなら……もう一度会いたい。会って話がしたい。そして……できることなら、共に生きたい」


俺の口から出た声は、自分でも驚くほどに悲痛だった。


「……そうですか」


アイリスは優しい顔になると、三本の指を立てた。


「異世界への渡航……となると、私が思いつく手段は三つですね」

「……三つも?」

「ええ。先代の“剣聖”による次元切断、次元魔法もしくは根源魔法による次元跳躍、そして転移魔術です」

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