第15話 二人の時間
「電球取り替えたぞー。」
「ありがとー。お昼作るね。」
一学期が終わった。
長い休日がやってきたのだ。
連日、勉強とバイトが続いていたので心身ともに限界だった。
学期末試験は本当に地獄だなと思う。
もっと日常的に復習を徹底しておくべきだった。
二学期からは余裕をもって試験に挑めるよう取り組もう。
Lavenaの仕事は大分慣れた。
今ならもっと上手くやれる気がする。
そんなことを考えながら、付け替えた電球を処分していた。
今日は照明を交換するために明里の部屋にお邪魔している。
明日、京子が引っ越してくる。
これからは三人で助け合っていくのだ。
業者の人が荷物を運搬してくれるので、俺と明里は荷解きを手伝う予定だ。
俺は嬉しかった。
高校生活を仲の良い友人と一緒に過ごせる。
しかも、明里と京子は隣人だ。
助け合える仲間は多いに越したことはない。
何より寂しいと思う時間が減ることが大きいと思う。
「お待たせ。食べよっか。」
明里が料理を運んでくれる。
今日の献立は、ご飯、味噌汁、サラダに肉じゃがだ。
懐かしい。
最初に食べた明里の手料理は肉じゃがだったっけ。
身体が芯から温まるやさしい味だ。
「いただきます。」
「はい、召し上がれ。」
俺は黙々と料理を口に運ぶ。
相変わらずどれも美味しいので箸が止まらない。
明里はいつも通り、俺が食べる様子を眺めている。
今日は普段より長めみたいだ。
「今日であたしたち二人の生活が終わるんだね。」
そう、これからは賑やかになる。
三人で一緒にご飯を食べようと決めた。
出来るだけ協力して互いの負担を減らそうと話し合った結果だ。
買い出しや夜の外出には俺を頼るようにも伝えてある。
日常的に二人が安全に過ごせるよう気を付けるためだ。
明里とはバイト先が同じなので、一緒にいる時間がほとんどだった。
俺がついていたので心配する必要はなかったのだ。
しかし、京子が来れば俺は二人を守らなければならない。
自分にはその義務があると勝手に思っている。
「あーあ、なんか勿体ないことした。」
「ん?」
「隆一君ともっと一緒の時間作ればよかった。遠出したり、映画見たり、また服を選んでもらうのもアリだったなぁ。」
明里は俺と遊ぶ時間をもっと増やしたかったみたいだ。
一緒にいる時間が長い所為か、遊んだりすることはなかった。
仕方ないと思う。
俺たちはこの生活に慣れるのに精一杯だった。
この後悔は今だからそう思うのであって、当時の二人には難しかっただろう。
一学期を通して俺も明里も成長したんだ。
だから、大丈夫。
「これから一緒に遊べば良い。時間は作れるんだ。明里さえ望めばいつでも付き合うよ。」
「じゃあ、早速お願い聞いてくれる?」
「もちろん。」
「隆一君の部屋にお邪魔させてよ。」
そんなことでいいのか。
いいですとも。
遂に俺のスピーカーが活躍するときが来たな。
重低音の圧に震えるがいい。
あれは最高だぞ。
初めて音楽を流した時のことを思い出す。
曲を流すと一気に心が満たされた。
部屋全体に響き渡る音はとても綺麗で聴きやすかった。
「本当に何もないよね。」
「模様替えを考えたんだけど、結局このままにしたよ。愛着が湧いたのかもしれない。この殺風景な部屋が結構気に入ってるんだ。」
「うん。隆一君らしい。」
俺の部屋は相変わらず簡素なものだ。
必要な家具が並んでいる中に、買ったばかりのスピーカーが置かれているだけである。
ソファーで寛いでいる明里は気に入ってくれていたみたいだ。
とてもリラックスしている。
「音楽流そうよ。何でもいいから聴いてみたい。」
「任せろ。」
俺は携帯をスピーカーに連携させて、適当なプレイリストを再生する。
喫茶店などで流れるBGMだ。
心地よい音色が耳を癒してくれる。
「ねえ、こっち来て。」
明里に隣へ来るよう促される。
要望通り俺はソファーに座った。
綺麗な横顔に見惚れてしまう。
明里は美人だ。
周りの人間が視線を向けてしまう魔性の魅力がある。
香水の匂いがほのかにした。
「隆一君はあたしのこと嫌い?」
「嫌いなわけないだろ。これだけ一緒にいるんだぞ? むしろ好きな方だと思うんだけど...」
「えいっ!!」
いきなり明里に抱き着かれる。
腕に手を回されてしまい、身動きが取れなくなった。
突然の出来事に俺は動揺してしまう。
「あ、明里?」
「なんか抱き着きたくなっただけ......ダメ?」
「駄目じゃない。でも、急にどうしたんだ?」
「これからは二人の時間が減るでしょ? 少しくらい甘えたっていいじゃん。毎日頑張ってるあたしへのご褒美だと思って欲しいな。」
「そんなこと言われれば断れないって。」
「うん。ちょっと意地悪しちゃった。」
わざとらしい笑顔を向ける彼女はどこか雰囲気が違った。
普段の明里と変わらないはずなのに吸い込まれてしまうような感覚がする。
腕を抱いて頭を肩にのせられて動けない。
健全な男子高校生には刺激が強すぎる。
「男にこんなことしたら勘違いされるぞ。絶対に他の奴にしたら駄目だからな。」
「他の人にはしないよ。隆一君は特別なの。頼れるお隣さんだからね。」
「刺激が強すぎるんだって。勘弁してください。」
「嫌だ。もう少しこうしてたい。」
沈黙の時間が続く。
音楽を流していて良かった。
無音の時間ほど辛いことは無い。
俺は隣の美人を意識しながら、自分にとってもご褒美だなとかしょうもないことを考えていた。
「あたしって寂しがり屋なんだ。一人が怖いの。こうして一人暮らししてるのも、苦手を克服しようって気持ちがあったからなんだ。でも、駄目だった。」
明里にも事情があるみたいだ。
確かに一人暮らしは心細い。
女性ともなると不安なことも多いだろう。
明里はよく頑張っていると思う。
このお願いも寂しさから来る行動だと納得した。
「これからは、京子ちゃんも一緒だから楽しくなるね。」
「そうだな。明里の負担も減るし、俺としても京子とは気が合うから嬉しい。」
「......そう。」
表情が暗い。
まだ、不安なのかもしれない。
一学期は一生懸命だったから疲れが出ているとも考えられる。
特に俺は明里にお世話になりっぱなしだった。
もっと、力になれるように頑張ろう。
二学期は長い。
俺たち三人で協力して乗り越えなきゃいけない。
でも、今日が彼女と二人で生活する最後の日だ。
だから...
俺は、明里の頭を撫でていた。
ちょっとした出来心だ。
「隆一君?」
「ありがとう。明里のお陰で俺は一学期を乗り越えることが出来た。一人で生活してたら、きっと酷いことになってたと思う。...いきなり撫でて悪い。嫌だったか?」
「......もっと撫でて。」
そっぽを向いて、そんなことを言われる。
彼女の頬が赤い。
照れているんだろうな。
二人の静かな時間が過ぎていく。
しばらくすると、元気を取り戻した明里がいつもの調子で話しかけてきた。
「よしっ、明日は頑張るぞー。」
「新しいお隣さんを盛大にお迎えするか。」
「あたしはお隣さんじゃないんですけど。」
「確かに。俺だけ隣人が増えるのか。」
明里と京子、二人の友達が隣の部屋にいる。
信じられない話だ。
仲の良い同級生と生活を共にするなんて不思議なこともあるんだな。
あ、京子から借りた本返さなきゃ。
彼女から借りた本がきっかけで読書が趣味になっていた。
時間があるときに少しずつだが読み進めている。
気づけば物語に夢中になっているのだ。
早く新しい本を借りたい。
京子の引っ越しが待ち遠しくなった。
「京子ちゃんが来るからって、あたしを蔑ろにしたら駄目だよ?」
「そんなことしないって。」
「......本当かな?」
大分、信用されていないようだ。
疑いの目で俺を見てくる。
あれだけお世話になっておいて、京子が来たら用無しだなんてことは絶対に許されないことだ。
しっかりと否定しなければならない。
「本当です。絶対にそんなことしない。」
「じゃあ、また頭撫でてくれる?」
「明里が抱き着いてくれるならいいぞ。」
「...約束だからね。」
冗談のつもりで言ったのに......
正直な話、明里に抱き着かれて嬉しかった。
頼りにされてるような気持ちにさせてくれるからだ。
思春期の邪な考えが表に出てしまい、俺には我慢できなかったのかもしれない。
誤解を恐れずに言うと、明里は魔性の女子高生だ。
彼女に求められてしまえば、断る気になれない。
心の距離が近づけば近づくほど戻れなくなる。
そんな感覚があった。
「じゃあ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
「えいっ!!」
挨拶をした途端、思いっきり抱き着かれる。
俺の胸に顔をうずめて動かない。
俺は俺で明里の胸が当たってしまい、パニックになっていた。
どうすることも出来ず、そのままでいる。
甘い香りと彼女の大きな胸のせいで、頭がおかしくなりそうだ。
「......また、明日!!」
明里はそう言い残して部屋を飛び出していった。
しばらくの間、頭の中を空っぽにしてぼーっとする。
今日は刺激が強すぎる日だった。
また、こんなことがあったら理性が飛んでしまうかもしれない。
そんな危機感がある。
......あ
俺は出来心でした明里との約束を思い出して後悔した。
明里は仲の良い友達であり、魅力的な異性でもある。
今後もこれが続くと思うと不安になってくる。
せっかく、仲良くなった相手を失いたくない。
自制心を持とう......
蒼井隆一はそう決意した。
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