第16話 ようこそ
朝起きて朝食をとる。
今日は新しい隣人を迎える日だ。
温かいシャワーを浴びて身だしなみを整えた。
動きやすい服装に着替えて、軽く勉強して時間を潰していると隣の部屋から音がする。
大きな物を運んでいるのだろう。
少し響くような音がした。
始まったか。
引っ越し業者が308号室に荷物を運んでいる。
俺は邪魔にならないよう自室で待機だ。
作業が落ち着くまでの間、引き続き勉強に集中する。
30分ほどが経った。
業者の明るい挨拶が聞こえる。
一通りの仕事が片付いたのだろう。
タイミングを見計らって部屋を出る。
すると、京子が俺の部屋の前に立っていた。
インターホンを鳴らそうとしていたらしい。
「隆一君、おはようございます。」
「おはよう。」
「丁度、挨拶に伺おうと思っていたところです。急に扉が開いてびっくりしました。」
「ごめん。驚かせたな。」
「気にしないで下さい。今日はよろしくお願いします。荷物は最小限にしたんですけど、重いものとかも結構あるので頼りにしてますね。」
「おう、任せろ。」
「あ、京子ちゃんだ!! あたしたちのマンションへようこそ!!」
「いつの間に俺たちのマンションになったんだ?」
明里も丁度良い時に出たみたいだ。
手伝う気満々の服装をしている。
これで三人が揃った。
早く終わらせてゆっくりするため、早速荷解きを始める。
「何というか...本が多いな。」
「これでも我慢した方なんです。まだ、読んでない本ばかりを選んできました。」
京子の荷物は最低限の家具と日用品、そして本が中心だった。
明里は京子と二人で荷解きをしている。
俺は積み上げられた段ボールを運んで中の本を棚に移していく。
途中、照明を取り付けたり、家電を設置したりもした。
必要な時は、二人のヘルプに入る。
「この段ボールも片づけちまうぞー。」
「あ、待ってください!! それは...」
京子の声も虚しく、俺は箱を思いっきり開けてしまった。
迂闊だった。
クリアケースに入っているモノが目に飛び込んでくる。
綺麗に畳まれた下着がびっしりと並んでいた。
可愛いものから大人なものまで揃っている。
中には大胆な下着も確認できた。
突然の出来事に俺は思考停止してしまう。
「見ないでください!!」
京子は勢いよく段ボールを閉じて守るように抱きしめる。
相当恥ずかしかったんだろう。
顔がゆでだこのように真っ赤だ。
「......エッチ」
「すみませんでした。」
うっかりしていた。
女の子の荷物には当然そういうものがあると警戒しておくべきだったと反省する。
確認が面倒でつい自己判断で行動してしまった。
異性の私物は確認してから扱うように気を付けよう。
それが鉄則だと自分に言い聞かせる。
「隆一君は本当にスケベだね。京子ちゃんも怒っていいんだよ?」
「いいんです。私も不注意でしたから。悪気があったわけではないことは知っています。でも、気を付けてくださいね? 次からは直接相談してください。どうしてもと言うなら、その.......か、考えますから。」
「俺は京子に変態認定されてしまったんだな。」
時すでに遅し。
俺の尊厳は失われた。
友人からの信頼をこんな形で失ってしまったと悲しい気持ちになる。
それからは黙々と荷解きに集中した。
気づけば作業はあっという間に終わっていた。
「いい加減元気出しなよ。」
「京子に嫌われたかもしれない。最悪だ。もうおしまいだ。」
京子がゴミ出しに行っている間、俺は明里に慰められている。
メンタルがボロボロになってしまった。
この気まずさが苦痛で耐えられない。
「悪気はなかったんだ。」
「知ってる。隆一君はそんなことする人じゃないって、あたしも京子ちゃんも知ってるよ。だから、切り替えよ。このままだと本当に雰囲気悪くなるからさ。」
「そうだな。明里、ありがとう。」
「でも、もし下着が見たくなったら、あたしにちゃんと教えること。ちょっとなら見してあげる。」
「......やっぱり、俺は変態だと思われてるんだな。」
色々あったが、俺は何とか元気を取り戻すことが出来た。
明里と京子が食べたい料理を全部作ってくれたからだ。
子供かとツッコみたくなる。
事実、喜んでいるから否定できないということには触れないで欲しい。
三人で寛いでいたら夕方になっていたので、三人で買い物に出掛ける。
京子は必要なものが必然的に多くなるので結構な荷物になった。
昼食に加えて、夕食も豪華な献立に決まる。
今日は明里の部屋で歓迎会をすると決めていたからだ。
作るのは明里と京子なので、俺は黙って待機している。
仲良さそうに料理する二人の姿をずっと眺めていた。
今の俺ってすごく贅沢だよな。
美人二人に囲まれてながら生活できて、食事もご馳走になれる。
傍から見たら嫉妬されても文句言えない立場だ。
俺は友人で隣人の二人に世話を焼かれる存在になりつつある。
何なら、すでにそうかもしれない。
非情によろしくない状況だ。
性格は違えど、二人は面倒見がいい。
俺がお願いすれば嫌な顔せず受け入れてくれると思う。
それに甘えるのは良くないと自分では分かっている。
分かっているけど、どうしても甘えたくなってしまうのだ。
二人は甘えて欲しくて、俺は甘えたい。
利害が一致しているが故に依存してしまいそうになる。
俺は甘えて欲しいという行為は甘えたいという気持ちの裏返しだと思っている。
もっと自分を見て欲しい。
大切にして欲しい。
そう思うから、自分が求めることを相手にする。
俺が甘えたいと思うのも、相手に受け止めて欲しいという気持ちの他に、自分にも甘えて欲しい、互いに信頼し合いたいという気持ちがあるからだ。
明里と京子はそういう見方をすると似ている所がある。
二人はきっと甘えたいんだ。
昨日の明里を見ているとそう感じる。
京子だってそうだ。
二人の喜ぶ姿を見ると俺は満たされる。
いつの間にか蒼井隆一にとって春名明里と冬咲京子は大事な存在になっていた。
この関係性が健全なのかは分からない。
それでも一緒にいるんだろうということは確かだ。
互いに欠けている部分を補う形で今の関係が成り立っているのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいいんだ。
俺には明里と京子が必要だ。
それを理解出来ていればいい。
友達と一緒にいるのに理由なんて必要ないのだから。
「たくさん作っちゃった。全部は食べきれないね。」
「余ったら三人で分けて持ち帰りましょう。お陰でしばらくはおかずを作る手間が省けました。」
「どれも美味そう。これだけの量を作るの大変だっただろ?」
「明里ちゃんと作ったので大丈夫です。一緒に料理するの久しぶりだったので楽しめました。」
テーブルいっぱいに並べられた豪華な料理に圧倒されてしまう。
献立は和食、洋食、中華にイタリアンと数を挙げればキリがない。
食欲をそそるいい匂いが部屋中に漂っていた。
「それじゃあ、京子の引っ越しを祝してかんぱーい。」
「これからよろしくお願いします。」
「俺の方こそお世話になります。」
三人の生活が始まった。
長い付き合いになるだろう。
寂しがり屋の明里と構って欲しい京子、それに頼って欲しい俺が揃った。
これから色々なことがあると思う。
でも、三人で協力すればきっと大丈夫。
不安がないわけではない。
明里の秘密は未だに分からないし、京子の雰囲気が前と少し変わった感じもする。
些細なことかもしれないけど、頭の片隅に置いておこう。
今はとにかく楽しむんだ。
こうして、俺たちの夏休みが始まった。
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