第14話 新しいお隣さん


京子から隣の部屋に住むと告げられた。

学期末試験が終わり、休みに入るタイミングで入居するらしい。

春が過ぎて入居者がいないことから、即入居可だったみたいだ。

手続きが済んで荷物さえ運べばすぐ住めると言っている。

俺たちは突然の話に驚いていた。


「京子、正気!?」


「うん。どうしてもってお父さんとお母さんにお願いしました。一学期が終わったら、隆一君たちのマンションにお邪魔します。」


真由がこんなに動揺している姿を初めて見た。

俺は状況が呑み込めていない。

明里は何やら考え込んでいたが、暫くして京子に問いかける。


「それってさ。本気になったってことでいいの?」


「はい。これは私の覚悟と受け取って構わないです。明里ちゃん、ごめんなさい。」


「そっか...そうだよね。今までがフェアじゃなかったんだし仕方ないか。でも、

引っ越すとは思わなかったなー。ちょっと油断してたかも。はぁ......渡す気はないよ?」


「私も同じ気持ちです。」


「ちょっと待って!! 二人とも真由たちの約束覚えてるよね!!」


「勿論です。正々堂々、頑張るつもりです。でも、ちょっとになるかもしれません。」


「意外だね。京子ちゃんはもっとだと思ってた。」


「ふふ、明里ちゃんのこと少しわかったかもしれません。ですね。」


三人の会話についていけない。

何の話をしているのだろう?

女子の秘密というやつだろうか?

まあ、深く詮索するのは止めた方が良い気がしたので聞き流す。

とにかく、俺は京子が一人暮らしを始める理由が何なのか気になっていた。

元々、一人暮らしに憧れていたのかもしれない。

俺にとっては良き隣人が増えることは嬉しい。

京子とは仲が良いので素直に喜べた。


「京子、どうして引っ越そうと思ったんだ?」


「私、気づいたんです。本当に欲しいモノは自分で手に入れなきゃいけないって。今までは見ているだけでした。だから、動くことにします。」


「どういうことだ?」


「いつかは親元を離れるので、一人暮らしを経験しておきたいと思ったんです。ずっと、家族と一緒でしたから。明里ちゃんと隆一君を見て影響されたかもしれません。」


「なるほど。」


そういう考え方もあるのか。

確かに一人暮らしは魅力的に感じるのかもしれない。

クラスメイトも羨ましいと言っていた。

自分の家を持った気分になれて楽しそうとのことだ。

部屋の管理が大変だぞと言ったら、それはそれとはぐらかされてしまった。

困った奴らだ。

自由なのは確かだけど、自己管理が出来ないとまともな生活は期待できないだろう。


その点で京子は心配いらない。

自分のことは自分でやる人間だとよく知っている。

家事全般は出来るはずだし、勉強だってしっかりしている。

俺が心配するようなことはないはずだ。


「にしても、よく両親が許したな。京子のお父さんは反対すると思ってた。」


「反対されました。なので、全力で駄々をこねました。」


京子が駄々をこねる?

想像がつかない話だ。

いつもうまく立ち回る印象なので、今回も話し合いで解決したのだと思っていたが違ったらしい。

まあ、当然か。

一人暮らしはそう簡単に出来ることではないはずだ。

お金がかかる以上、家の経済状況が関わってくる。

二つ返事で了承されるわけがない。

何より京子のお父さんが簡単に許すはずがない。

よく説得できたな。

疑問に思う俺に気づいた京子が話を続ける。


「私、結構貯金してるんですよ? 今までのお小遣いは無駄遣いしないように気を付けてました。本当はアルバイトを始めて説得していこうと考えていたんですけど、お母さんが味方してくれたんです。」


凄いお母さんだな。

一人娘をいきなり一人暮らしさせようなんて考えられない。

保護者視点の立場で言えば、俺は京子のお父さん派だ。


「どうせ早いか遅いかの違いだから諦めましょうって言ってくれました。こういう時のお母さんは心強くて助かります。本当は私のに気づいていたのかもしれません。明里ちゃんたちのことをいつも話していたので、何かあっても助けてくれるから安心して欲しいと説得しました。お父さんも...納得してくれたと思います。」


最後の一言が気になるな。

絶対、納得してないだろうことは前回の買い物で理解している。

原因は当然だが俺だ。

そろそろ、消されるかもしれない。

そんな恐怖心がある。


「実は、お母さんから通帳を預かったんです。いつか必要になるかもしれないからって少しずつ積み立ててくれていたみたいで......」


京子のお母さんはしっかりしていた。

ちゃんと娘のことを大事にしているんだと思う。

まあ、それもそうか。

あの京子を育てた母親だ。

すごく腑に落ちる。


「私から初めてお願いをされて嬉しかったみたいです。いつも気を使ってばかりだから、大人になってから苦労するんじゃないかとお母さんは心配していました。だから、自立する良い機会かもしれないと許してくれたんです。」


京子は優しい。

相手を不快にさせたところを見たことがない。

周囲から信頼されているので、交友関係は広い方だ。

面倒事も上手く解決してしまうから心配したことは無い。

高校生にしては上手く立ち回れ過ぎている。


しかし、大人になれば苦労することは多い。

母さんを見てきたから分かる。

社会には理不尽なことがたくさんあると言っていた。

そういう時に自分の考えを持っていないと利用されるから気をつけなさいと何度も教えられた。

もし、京子が面倒事に巻き込まれれば苦労するだろうと容易に想像できる。

彼女は優しすぎるのだ。

いつまでも養ってあげられるわけではない以上、娘の成長に期待するしかない。

そんな思いがあったのかもしれない。

一人暮らしを相談された時、チャンスだと思ったんだろう。


「...お母さんだね。羨ましい。」


「はい、自慢の母です。」


明里が無理に笑顔を浮かべているように見えた。

笑ってはいるが陰りが見える。

何か思うことがあるのだろうか。

俺にはそれが分からない。


「二人とも喧嘩は絶対ダメだよ!! 何かあったら必ず真由に相談すること!!」


「そんなことしないから大丈夫だって。」


「はい。真由ちゃんは心配し過ぎです。」


「こんなことになったら心配にもなるっての。」


真由もどこか落ち着かない様子だ。

爪を噛んで明里と京子を心配そうに見ている。

三人の事情が少し気になった。

きっかけは京子の一人暮らしの話から始まった。

俺と明里と京子が同じマンションに住むとわかってから明らかに場の雰囲気が変わったことは確かだ。

でも、意味が分からない。

事情はあるにせよ、京子が引っ越してくるのは嬉しい話のはずだ。

俺としては明里に負担ばかりかけていたので、京子が来てくれるのは正直助かる。

二人は仲が良いから、協力してくれればなという想いがあった。

当然、俺も出来ることがあれば喜んでこの身を捧げるつもりだ。

おんぶに抱っこは性に合わない。


おんぶに抱っこは......あれ?

俺って今まで明里たちに何かしたか?

明里にはいつもご飯を作って貰っているし、京子にはよく相談に乗って貰っている。


「俺、何もしてないじゃん。」


「「「え?」」」


まずい!!


俺は危機感を持った。

このままだとクズ男まっしぐらだ。

明里と京子にはいつでも頼ってくれとは言っているけど、頼られたことは一度も無い。

俺の取り柄が思いつかない。

男手が必要な時に役立つことが出来ると思っていた。

でも、あまりにも貢献度が低い。


毎日、食の健康を管理してくれている明里に対して、俺は買い出しと皿洗いしかしていない。

しかも、明里自身が手伝ってくれているので、役に立っているとは言えない。

京子も料理が出来る。

引っ越したら、俺の食事を作ってくれると言っていた。

彼女は世話好きだ。

いつも俺のことを気にかけて連絡してくれる。

朝起きれているか、食事はちゃんととれているか、掃除はしているのかと雑談をしていても必ず聞いてくるのだ。


実は、京子に部屋を掃除をして貰ったていた時期がある。

初めてのアルバイトに慣れていない時期で、掃除が疎かになっていると京子に相談したのだ。

私に任せて欲しいと言われ、つい出来心で俺は合鍵を渡してしまった。

結果、俺の部屋は綺麗になった。

キッチン、トイレ、浴室までも掃除されていた。

そして、冷蔵庫には作り置きされた料理がタッパーに小分けされて保存されていた。

とても美味しかった。

そんな環境に慣れ始めて気づいたんだ。


このままだとマズい。


俺は掃除をサボらなくなった。

京子にもう大丈夫だとお礼を言うと残念な顔をされた。

合鍵を返してもらう時もなかなか鍵を手放してもらえなかった。

あの時、俺は寂しかったんだと思う。

もう京子の料理が食べられないんだ。

残念だなと顔に出してしまった。

京子はそれに気づいたのだろう。

甘えてもいいんだよ、と俺を揺さぶってきた。

あまりの包容力に本気で依存してしまいそうで危なかった。


これは良くない。


京子が来ることで、俺が堕落する可能性が跳ね上がった。

今ですら明里の世話になっているのだ。

このままだと二人に餌付けされるだけのペットになってしまう。

現実味のある話だ。

早急に自分にできることを見つけなければならない。


「京子、引っ越しの日を教えてくれ。手伝う。」


「いいんですか? ありがとうございます。」


「明里は何か困ったことないか?」


「困ったこと? うーん、そう言えば最近照明の調子が悪いんだよね。そろそろ、取り替えなきゃいけないかも。」


「俺がやる。」


「隆一、突然どうしたの?」


これは二人に聞いた方が早いな。

自分で考えていても答えがまとまらない。

俺の役割を明里と京子に決めてもらおう。

うん、それが良い。


俺の決意は固い。

餌付けされるだけの存在ではないんだ。

必ず役に立って見せる。


明里、真由、京子の三人はそんな隆一の変化に戸惑っていた。


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