第13話 京子の想い
楽しかったなぁ。
一日を振り返るとそんな気持ちが溢れてくる。
好きな人と遊んだ後、電車に揺られながら本を抱えて帰宅する自分は青春してるんだろうなと思う。
蒼井隆一は優しくて子供っぽい一面を見せてくれる。
それが自分を信頼してくれているからだと分かっている。
嬉しいことだ。
私はそんなに積極的な人間ではない。
どこか一歩引いてしまう癖がある。
それが良い所でもあり、悪いところでもあると知っている。
いつも肝心な時に大切なモノを逃すと身に染みて分かっていた。
中学の時、親の転勤で友達が引っ越すと言った。
いつも私と二人でいる仲の良い子だった。
寂しくなる。
そう思ったから、出来る限り一緒にいた。
楽しい時間を少しでも長く共有したいから、私はその子とたくさん遊んだ。
彼女は私の親友だったのだ。
また、一緒に遊ぼうね。
一言そう伝えるだけで良かったのに私はそれが出来なかった。
みんなに別れの挨拶をして去っていく姿をただ眺めているだけ。
彼女と過ごした時間は楽しかった。
だから、ちゃんと話し合う必要があったのだ。
でも、私はそれを怠った。
言葉にせずとも分かり合うことが出来ても、言葉にしないと分かり合えないことだってあるんだ。
あの日以来、その子とは疎遠になった。
仲良しだったのに連絡は一度も来ない。
自分から連絡する勇気もなかった。
分かっている。
言葉は重要なんだ。
最後に想いを告げていれば、友達としていられたんだと思う。
そうすれば、あの子も私も関わろうとしたはずなんだ。
バイバイ。
私に向けての最後の言葉だった。
また一緒に遊びたい。
そう伝えていれば、彼女の言葉は変わっていたのだろう。
私の中学時代は後悔の塊だった。
高校生になってから、初めての友達が出来た。
明里ちゃんと真由ちゃんだ。
いつも話題の中心にいて、私を気にかけてくれる大切な人たちだ。
二人の性格は少し似ている。
明るくて元気な二人はよく話題を持って来るし、遊ぶ予定も積極的に立てる。
一方で、私はまた一歩後ろで見ているだけ。
変わりたいとは思っていても、変わろうと行動することが出来なかった。
もしかしたら、怖かったのかもしれない。
そんな思いから、いつも静かに見守ることしかできなかった。
結局、何も変わらない。
二人に憧れながら、あの時と変わらない高校生活を送るのだろう。
そう思っていた。
でも......
京子、おはよう。
隆一君と出会ってから私は変わった。
いつもより前向きに行動するようになった。
彼は真っ直ぐ思いを伝えてくる。
好きなものは好き。
嫌いなものは嫌い。
言葉にするし、表情にも出す。
嬉しい時は照れながら喜ぶんだ。
好きなものを目にすると、少年のように可愛くなる。
彼はいつも私のことを見てくれる。
そんな安心感があった。
だから、つい彼のことを目で追ってしまうし、世話を焼いてしまう。
真っ直ぐな彼には正直になれた。
明里ちゃんと真由ちゃんに隆一君が好きだと伝えたのは本心だ。
彼といると自然体でいられる。
安心できるんだ。
私、冬咲京子は蒼井隆一が好きだ。
これが物語なら誰もが納得するような綺麗な結末を迎えるのだろう。
でも、そんなに都合のいい話は無い。
明里ちゃんも隆一君のことが好きだった。
同じマンションに住んでいて、一緒にアルバイトをしている。
この偶然に驚いた。
いや、必然なのかもしれない。
まるで、おとぎ話を聞いているかのようだった。
二人の関係が羨ましい。
そう思う時が何度もあった。
運命ってあるのかな。
明里ちゃんを見ているとそう思う時がある。
隆一君との関係は日に日に深まっている。
そう感じずにはいられない。
私は嫉妬しているのかもしれない。
もし、私が隆一君と一緒のマンションだったら......
同じアルバイト先で働いていたら違っていたのかもしれない。
そうだったら、きっと私は想いを告げていたと思う。
隆一君が受け入れてくれたなら、私たちは付き合えていたはずだ。
そんな妄想までするようになった。
私は彼に執着している。
隆一君は初めて好きになった人だ。
こんなに信頼できる人はいない。
そう断言できる。
私は想いを言葉にすることが苦手だ。
密かに思いを寄せている悲しいヒロインに共感してしまう臆病な人間だ。
それでも私は......
諦めたくない。
何もしないで後悔するのは嫌だ。
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
中学の時とは違う。
私は成長しているんだ。
明里ちゃんは強敵だ。
積極的に距離を詰めるのが得意だし、とても有利な環境にいる。
変わらなければならない。
このままだと私の想いは届かない。
もっと自分に正直になるんだ。
我儘になってもいい。
本当に欲しいものは手に入れなきゃ意味がないと思う。
だから、ちょっと子供になろう。
隆一君からのプレゼントを開ける。
中には、質の良い革の栞が二つ入っていた。
彼らしいシンプルなデザインだ。
嬉しくて堪らない。
好きな人からの贈り物がこんなにも素晴らしいものだなんて思わなかった。
大切に使おう。
今日からこの栞が私の宝物だ。
覚悟を決めた。
私はもう少し積極的にならなければならない。
そして、それだけじゃあ足りない。
私に足りないのは運命だ。
明里ちゃんはそれを手繰り寄せた。
なら、自分はどうすればいいか決まっている。
運命なんて作ればいいんだ。
明里ちゃん、ごめんね。
私がすることはズルなんだと思う。
どろりとした感情が私の心を満たしていた。
明里ちゃんにあって私にないものはなんだろう?
その考えに対しての私の答えは悪意だ。
両親に恵まれて暖かい家庭で生きてきた。
人に優しく出来るのも家族の愛があったからだと思う。
それは素晴らしいことで誰もが羨む環境なのだろう。
本来ならこれ以上何も望むことはない。
じゃあ、もし家族以外に大切な存在が出来たらどうなるのだろう?
血の繋がりの無い赤の他人を愛してしまったら、どうすればいいのか。
しかもその人は友人からも愛されている。
これが物語なら清廉潔白な人間と結ばれハッピーエンドになるんだろう。
でも、それは本の中だけの話。
彼に選ばれるには必要とされなければならない。
私がいなければ生きていけない。
そう思われなければ結ばれない。
初恋が実らないのには理由があると思う。
それは想いをどう伝えればいいかわからないまま終わるからだ。
相手に何かを伝えるときは、ただ伝えるのではなく受け入れてもらえる状況を作り出さなければならない。
一方的に告白されても、それはこちらの都合だ。
相手にだって都合がある。
距離を縮め、関係を築いて同じ時間を共に過ごす。
そうして断る理由を無くしていき、最後に告白するんだ。
貴方と過ごした時間はかけがえのないものだった。
だから、私は貴方ともっと一緒にいたい。
どうか私と付き合ってください。
どうだろう?
まるで物語のワンシーンの様だ。
このシーンだけだとただ結末を読んでいるだけ。
この結末に至るまでどれだけの努力と葛藤があったのかを考えなければならない。
私たちは現実の世界で結末しか見ていない。
目を向けるべきは過程なのだ。
それを実現するには綺麗なままではいられない。
私はもっとズルくて悪い子にならなければならないのだ。
両親からは愛を貰った。
家族のお陰で、今の私には善意がある。
だから、次は悪意が欲しい。
物語を描くには過程が必要だ。
悪意で過程を描き、善意で結末を迎える。
これが私の考える物語だ。
きっと、私の考え方は歪んでいるのかもしれない。
「お父さん。」
「京子、迎えに来たよ。大丈夫だったかい?」
「うん。楽しかったよ。」
「......そうか。ならよかった。」
「ねえ、帰ったらお父さんとお母さんに相談があるの。」
「相談?」
「私ね。今までいい子だったでしょ? 大好きなお父さんとお母さんに愛されて幸せだったから何も不満はなかったんだ。」
でも......
「でもね。私、悪い子みたい。初めて我儘になるんだ。きっと心配させるし、負担になると思う。」
私は悪者でいい。
あの人は私のものだ。
「ごめんね。」
私は誰に謝ったのだろう?
お父さん? お母さん? それとも、明里ちゃん?
もしかしたら、隆一君かもしれない。
良い子だった冬咲京子は今日、悪い子になったのだ。
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