第12話 京子との買い物
目の前に巨大なショッピングモールがある。
待ち合わせ時間には余裕で間に合った。
俺は最寄り駅から数駅先にある電化製品が多く立ち並ぶモールに来ていた。
京子が予めリサーチしてくれていたらしく、ここなら新製品からお手頃価格のスピーカーまで揃っているらしい。
心の高鳴りが止まらない。
今日はタイミングよく特大セールの日だった。
つまり、ちょっと背伸びすれば、より高性能な商品が手に入るということだ。
重低音は外せない。
持ち運び可能な必要はあるか?
風呂に入りながら音楽を聴くなら防水も必須。
だけど、その機能を諦めれば音質に拘ったものを選ぶことができる。
最近はミドルスペックが豊富でブランドによって特色がある。
幸いなことに俺はマンションの端の方に住んでいる。
お隣さんは明里だけだ。
308号室は空き部屋になっている。
騒音の心配は無い。
つまり、遠慮はいらないのだ。
「隆一君!!」
声を掛けられ振り向くと目の前に京子がいた。
考え事に集中していたせいで全く気付かなかった。
何度も呼び掛けていたのだろう。
少し息を切らしていた。
「ごめん。今日が楽しみでつい自分の世界に入ってた。」
「私こそ遅れてすみません。」
時間を確認するが、別に遅刻というわけではない。
集合時間の5分前だ。
どういうことだろう?
疑問に思っていると京子が理由を教えてくれる。
「本当はもっと余裕を持って来るはずだったんですけど、お父さんが今日のことを知っちゃって......」
「つまり、俺と遊ぶことがバレたってこと?」
「...はい。」
最近、京子の機嫌が良いことに気づいたお父さんは気になって直接聞いたらしい。
最初は友達と遊ぶ約束をしていると伝えたのだが、偶然にも俺との通話を聞かれたらしく質問攻めにあったようだ。
仕方なく全て話したとのこと。
当日になると泣きならが扉を塞がれて大変だったらしい。
最終的にお母さんが強引に引き剝がしてやっと出発できたようだ。
「その......大変だったな。」
「お父さんが本当に邪魔で困りました。」
悲しい話だ。
娘を心配しているはずの父親が邪魔者にされる。
俺は京子側の人間ではあるのだが、少しお父さんに同情してしまった。
父の想い、娘知らずってとこか。
娘からしたらそんなの関係のない話だから愛というのは面倒だと思う。
どちらの視点で見るかで立場が変わるのは当然だけど、答えが無いから互いの主張が交錯するだけ。
まあ、心配する気持ちは誰でもあるわけで、見ず知らずの男と京子が遊ぶなんて聞いたら、俺だって絶対同じことになる。
そう考えると、京子のお父さんは血の涙を流して俺を呪っているだろうな。
この罪悪感はそのせいだ。
「良いスピーカー見つかるといいですね。ここならきっと前の商品より良いものが見つかりますよ。」
「そうだな!! 早速、探しに行こう!!」
まあ、俺からしたらスピーカーが最優先だ。
京子のお父さんごめんなさい。
娘さんはしっかり守りますんで、今日は勘弁して下さい。
先ほどまでのことはすっかり忘れて、買い物のことで頭がいっぱいになる。
俺たちは真っ先にスピーカーの並ぶ商品エリアへ移動した。
「そうだ。言い忘れてたけど、京子の私服可愛いな。」
「ふふ、ありがとうございます。思い切って買った甲斐がありました。」
ワンピースの上にシャツを着た京子の私服は誰もが可愛いと納得する姿をしている。
ただでさえ綺麗な京子がオシャレをしたら、より綺麗になるのは当たり前の話だ。
今日の服装が季節限定だと考えれば貴重な光景だろう。
夏限定の綺麗で可愛い京子の姿を目に焼き付けておこう。
これも青春だ。
一瞬、京子のお父さんが頭の中に現れたがなかったことにする。
「本当に種類が豊富だな。」
「全部見るのは骨が折れそうですね。隆一君が欲しいスピーカーは重低音が効いた音質重視のものですよね。」
「実は防水機能を除いた設置型のものにしようか、利便性を追求した持ち運び型にしようか迷ってる。」
「持ち運ぶ? どこにですか?」
「どこって......どこだろう? 風呂場とか?」
「お風呂はゆっくり浸かる方でしたっけ?」
「いや、すぐ上がる。」
「なら、据え置きが良さそうですね。」
「はい、そう思います。」
京子はこうやって迷った時に答えまで導いてくれる。
俺のことをよく理解しているので、納得する形で考えをまとめてくれるありがたい存在だ。
前回も値段と機能を考慮した上で、俺に提案してくれていた。
一緒に考えて選んでくれる京子は心強い味方なのだ。
ふと、二人ほど俺の敵が思い浮かんだのだが忘れるよう努める。
まったく、真由と明里も見習ってほしいものだ。
「これが良さそうだな。」
「はい。大きさも丁度よさそうですし、音質もばっちりです。これなら納得して使えると思います。」
一時間ほどで条件に合ったスピーカーを見つけた。
数量限定の大特価商品だ。
本来なら4万円の商品を3万円で購入することが出来た。
素晴らしい成果だ。
京子に感謝しなければならない。
会計を済ませて商品を預かってもらう。
これからは自由時間だ。
「よし、次は京子の番だな。何か欲しいものとかないのか? 遠慮するなよ?」
「じゃあ、本屋さんに寄りたいです。」
「わかった。好きなだけ選んでいいぞ。俺はもう満足してるからな。」
「隆一君、ご満悦ですね。」
「当然ですとも!!」
大きなショッピングモールなだけあって、とても広い本屋さんだ。
俺は暫く京子の横で真剣に選ぶ様子を眺めていた。
本好きな京子が探すものはどれも冊子が分厚いものばかりだ。
聞けば、最初は読みやすい本を好んでいたが、段々と物足りなくなり長編小説を読むようになったらしい。
どこまで読んだか忘れたりしないのか尋ねると、章ごとに分けて読んでいるから大丈夫だと言っていた。
しっかりと時間を設けて読書をするみたいだ。
分厚い本には栞が必要だろうなと思っていると、大体そういう場合は本に紐がついているのでそれを栞として使っているとのこと。
その紐のことをスピンと呼ぶようだ。
京子からそんな雑学まで教えてもらった。
本の話を聞きながら書店を回っていると、俺も興味が湧いてくる。
気づけば自分でも読めそうな作品を探すようになっていた。
それに気づいた京子が今度オススメの本を貸してくれると言ってくれた。
大きな買い物の後なので、出費を気にしていたことが分かったのだろう。
こういう気づかいは本当に京子らしいと思う。
心から感謝します。
神様、仏様、京子様だ。
京子が真剣に本を選んでいたので、少し離れて雑貨が並ぶコーナーに足を運ぶ。
本屋に並ぶ雑貨はどれも洒落たものばかりで、デザイン性重視だ。
ペンやブックカバー、メモ帳などを適当に眺めていると、気になる商品があった。
「これ......いいかもな。」
少し吟味して商品を取り、レジへと向かう。
簡単なラッピングをして貰った。
有意義な一日のお礼は大事だと思う。
包みをリュックにしまい、京子の元へ戻った。
「面白そうな作品が見つかってよかったです!!」
「あんな真剣な顔した京子は珍しかったな。」
「本になるとつい我を忘れてしまうんです。」
「なるほど。それにしても...分厚いな。何キロあるんだ?」
京子が両手で抱える本はちょっとした箱くらいの大きさをしていた。
一枚一枚が紙だと考えると相当な重さだと分かる。
これは流石に京子に持たせるわけにはいかない。
「じゃあ、これは俺が預かるよ。大事に持つから安心して欲しい。」
「悪いですよ。私が欲しくて買ったんです。これくらい平気ですから。」
そう言って、力こぶを見せるポーズをとる。
華奢な身体を見せつけただけなのだが、余計なことは言わない。
俺は、そうだな、と言ってそのまま本を抱えて歩き始めた。
昼食には遅い時間なので、モール内の喫茶店で休憩することにする。
相当夢中になっていたようで午後三時を過ぎていた。
楽しい時間はあっという間だなと思う。
「時間も忘れて歩き回ってしまいました。」
「俺も時間気にしてなかったから驚いたよ。」
「夕食は何が食べたいですか?」
「京子の希望を聞きたいところだけど、俺はパスタが食べたい。」
「前にスピーカーを選んだ時もイタリアンでしたね。あの時も楽しかったです。」
「二人ほど俺の敵がいたけどな。」
「明里ちゃんも真由ちゃんも興味が無いのに無理に合わせるようなことはしないですからね。正直なんですよ。」
「多少は気を使ってもらいたいな。」
「私は楽しかったですよ? 私だけでは不満ですか?」
俺の顔を窺うように視線を向ける京子にドキッとしてしまう。
美人にこういうことをされると弱いんだよな。
特に京子のような一緒にいて自然体になれる相手にそれをされると不意打ちを食らう形になってしまう。
一息ついて平常心を保った。
「不満なわけないだろ。京子と一緒にいると落ち着くから俺は好きだ。自然体でいられる相手って貴重だなと思う。今日だって時間忘れるくらい楽しめたのも京子がいたからだしな。ほんと、感謝してます。」
「り、隆一君、好きだなんてそんな...」
どんな時でも、俺は正直に伝えるよう努力している。
真っ直ぐな言葉は相手に届きやすい。
言葉にせずとも分かり合える相手はいるんだろうけど、だからと言って言葉にしないのは違うと思う。
俺は言葉にしなかったから後悔した。
同じ失敗を二度するつもりは無い。
「こうして誘ってくれて嬉しかった。また、一緒に出掛けるのも良いかもしれない。京子さえ良ければ、また付き合ってくれ。」
「はい。勿論です。」
それからは雑談を楽しんだ後、夕食をとった。
時間の流れが今日だけ違うのではないかと疑うくらい、あっという間だった。
スピーカーの入った少し大きな段ボールと京子の本を抱えて駅まで向かう。
駅に着くまで会話が止むことはなかった。
「今日は楽しかったです。」
「こちらこそ、ありがとうございました。本重くないか? もし、辛いなら途中まで送るけど......」
「これくらい大丈夫です。それに駅に着いたらきっとお父さんが待っています。」
「そ、そうですか。」
すっかり忘れていたお父さんが急に話題に挙がってビクッとしてしまった。
今日は生きた心地がしなかっただろうな。
真っ先に駅で娘を待つ姿が想像できた。
その顔が鬼の形相なのか心配する顔なのかはわからない。
怖いので考えないことにした。
「そうだ。 京子、これ。」
「えっ!?」
俺はリュックからラッピングされた小さな包みを渡す。
ささやかな感謝を込めてのプレゼントだ。
「いつもありがとうな。」
「開けていいですか?」
「もうすぐ電車が来るからな。帰りにでも開けてくれ。」
わざわざ足を止めてまで見るほどのモノじゃない。
実際は重たい本を持つ京子への気遣いと少し恥ずかしい気持ちがあったからなのだが内緒だ。
「じゃあ、また学校で。」
「はい、また学校で。」
こうして京子との一日が終わった。
帰りの電車で段ボールを大事に抱えながら、今日のことを振り返る。
京子といると本当に落ち着く。
何故かはわからない。
波長が合うというか、彼女の前だと素直になれる自分がいる。
ちょっと、子供っぽくなってしまうのだ。
京子はそれを嬉しそうに受け入れてくれる。
安心できる存在、心から信頼できる存在が京子だと思う。
「また、一緒に遊びたいな。」
そう呟くほどに二人の時間が心地よかった。
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