第8話 体育祭が終わって

俺は赤組応援団として学ラン姿をしている。

周囲からの視線を無視して必死に応援をしていた。

振付を覚えるのに苦労した分、失敗したくない気持ちが強い。


「普段の制服姿のいいけど、学ラン姿もいいよねー。」


「王子似合ってる。」


「私、今日告白するんだ。」


「ちょっと、抜け駆けは許さないんだから!!」


無視だ。

俺は何も聞こえていない。

目の前の応援に集中するんだ。


女子100m走が始まった。

真由と明里は2位となかなかの順位だ。

一方、京子は息を切らしながら最後尾を走る。

すると、ものすごく大きな声で京子の名前を叫ぶ家族が目に入った。

おそらく京子の両親だろう。

大泣きしながら手を振り、スマホ撮影をしている人がお父さんだと思う。

走り切った京子はそれが恥ずかしくて顔を両手で隠している。


可愛いな。


みんなよく頑張った。

あとは憎き夏野の破滅を願うだけだ。

あいつ、親は来ないとか言ってたくせに彼女連れてきやがった。

夏野と親しげにする他校の女子に同学年が絶句していた光景を思い出す。


「くたばれー!! 夏野ぉぉ!!」


俺は全力で夏野以外を応援する。


「なんでだよ!?」


聞こえていたらしい。

夏野が盛大にツッコんだ。

悔しいことにあいつは1位だった。


「真由の全力疾走見てた?」


「皆見てたぞ。特に男子が。人気者だな。」


「そうでしょうとも!!」


真由は当たり前と言わんばかりに頷く。

その自信はどこからくるんだ?

実際、可愛いのは認めるけど......


「私は全然ダメでした。」


「京子はよく頑張ったよ。俺の応援聞こえたか?」


「はい。すごく嬉しかったです。」


運動が得意じゃないのは知っていた。

それでも、京子は一生懸命走った。

頑張っている人の動きは見れば分かる。

俺は素直に褒めた。

頑張ったな、と。


「午前中の競技は終わったね。真由は家族と合流しなきゃ。」


「私も失礼します。」


「お疲れ。また午後にな。」


二人と別れた俺は明里を探す。

クラスメイトに居場所を尋ねるがみんな知らないようだ。

俺は仕方なく学校周辺を見回ることにする。

校舎を半周したところで明里を見つけた。

水飲み場にいたみたいだ。


「探したぞー。」


「隆一君!? ごめんね。すぐ行くからちょっと待ってて。」


足首に水を当てている。

怪我をしているようだ。

捻ったのかもしれない。


「大丈夫か!?」


「うん、ちょっと捻っただけ。もうちょっと冷やしたら合流するね。」


「駄目だ。保健室行くぞ。」


「これくらい大丈夫だって。ちょっと痛むぐらいだし。」


「悪化したらどうするんだ。もういい勝手に連れていく。」


「連れて行くって...えっ!?」


明里の肩と足に手を回し抱え上げた。

俗に言うお姫様抱っこだ。

あたふたするお姫様を無視して保険室へ向かった。


「軽い捻挫ね。湿布貼ったから安静にしてなさい。先生には私から伝えておくわ。」


「「ありがとうございます。」」


「素敵な王子様に助けて貰えてよかったわね。」


保健室の先生にいじられながらも無事応急処置が終わった。

俺はまた明里を抱えて会場へ戻る。

周囲から凄まじい視線を向けられたが、気にせず食事の準備を始めた。


「勝手に抱えてごめん。恥ずかしかったろ?」


「だ、大丈夫。あたしのために動いてくれたんだし。......膝、大丈夫?」


「これくらいなら平気。一応、鍛えてるからさ。よし、食べよう!! 俺、お腹すいてるんだよ。」


「そだね。食べよっか。」


待ちに待った昼食だ。

弁当の中身は俺の好きなおかずばかり入っている。

箸が止まらない。


「喉詰まらせるよ。はい、お茶。」


「ありがとうございます。」


明里は俺が食べる様子を静かに眺めている。

箸を持つ気配がない。


本当に見るのが好きなんだな。


「おにぎり食べる?」


「食べる。」


まるで餌付けされているようだ。

でも、悪い気はしない。

美味しいからな。


「どうしてあそこまでしてくれたの?」


「怪我のことか? 誰でも同じことすると思うぞ。」


「そうだね。でも、隆一君はすごく深刻な顔してたから何か理由があるのかなって思った。」


俺はそんな顔をしていたのか。

もう立ち直れたと思っていたのに......

いつまでも前に進めていない。


「明里、明日時間あるか?」


「うん。」


「じゃあ、その時に全部話すよ。怪我のことも...俺のことも。」


「わかった。」


それだけ伝えて黙々と食べ進める。

せっかく作ってくれたのに料理の味がしない。

さっきまであんなに美味しかったのに。


「ご馳走様でした。」


「お粗末様でした。」


「結局、俺がほとんど食べたな。」


「そのつもりで作ったからね。」


「明里は見学か。ゆっくり休むんだぞ。」


「安静にしてまーす。」


「よろしい。」


後半戦のことはほとんど覚えていない。

ひたすら無心で応援していた。

明日、明里にすべてを話す。

俺はもう一度過去に向き合うことになるんだ。

なぜ俺がこうして一人離れた高校に通っているのか。

その理由もすべて分かる。


全てを知った明里は俺になんて言うんだろか。

それだけが気がかりだ。


「やっぱり春姫と付き合ってるだろ?」


「付き合ってない。」


見せつけといてそりゃないだろ。」


「怪我人への妥当な対処だろ。」


「男子の絶叫と女子の悲鳴聞こえなかったか? みんなそういうことだと思ってるぞ。」


夏野にお姫様抱っこの一件を問い詰められた。

誤解だと伝えたが、周囲はそれを認めていないらしい。

それでも理由を教えれば騒ぎも落ち着くと思っている。

今は自分のことで精一杯だ。


優勝は青組だった。

赤組は二位とまずまずの結果だ。

閉会式を終え、後片付けを行い。

解散となる。

あっという間の体育祭だった。


「明里、大丈夫?」


「平気平気!! ゆっくり帰るから大丈夫!!」


「無理しないで下さいね。」


「勿論!!」


捻挫のことを知った真由と京子が心配する。

明里は一人で帰るつもりのようだ。


「親が車できてたら送れたのに...パパこういうときだけタクシーで来るんだから!!」


「私の家族も電車なので力になれません。ごめんなさい。」


「気にしないでよ。そんな酷い怪我じゃやないからさ。」


「同級生の誰かに送ってもらうわけにはいきませんか?」


「それはちょっとね。お互い気を使うだろうし。今日は疲れたからゆっくり帰りたいんだ。ありがとね。」


「無理は駄目ですよ。」


「わかった!! ありがとね!!」


二人を見送った明里が帰り支度を始める。

俺は明里の荷物を拾い上げ肩にかけた。


「隆一君?」


「荷物持ちは俺に任せろって言っただろ。ほら行くぞ。」


そう言って一緒に教室を出る。

明里が無理をしないようにゆっくりとだ。


「優しいね。」


「怪我人置いていくほど薄情じゃないからな。お弁当の恩もあるし。」


「じゃあ、作って正解だったね。」


「帰ったらちゃんとシップ貼り直せよ。」


「わかってるって。」


マンションまでの道を時間をかけて歩く。

ただの通学路だった道を眺める余裕ができた。

広い歩道の周りを木々が囲っている。

住宅街は静かで時折犬の鳴き声が聞こえてくる。

俺たちはあまり会話をすることなく部屋まで帰った。


「夕飯食べてく?」


明里から誘われる。

凄く魅力的なお誘いだな。

それもこれも俺の料理の腕が壊滅的だからだろう。

俺の夕食は適当な炒め物やスーパーのお惣菜、冷凍食品が中心だ。

育ち盛りには、お世辞にも良いものを食べていると言い難い。


「是非、お願いします。」


「じゃあ、先にお風呂入るから一時間後に部屋来てよ。」


「わかった。」


部屋に戻った俺は部屋を掃除してシャワーを浴びた。

その後、少しゆっくりして明里の部屋を訪ねる。


「どーぞ。」


まだ乾ききっていない髪から甘いシャンプーの香りがした。

風呂上りだからか、頬が火照っている。

思わずドキッとしてしまった。


「お邪魔します。」


部屋へ入るといつもの席へ座る。

明里の部屋にお邪魔するときの特等席だ。


「なんだか隆一君が部屋にいるの日常になってきたね。」


「なんかごめん。」


「嬉しいんだよ。前は一人で生活すんだって心細かったんだから。頼れるお隣さんのお陰で助かってるよ。」


「足はどうだ?」


「だいぶ楽になったよ。」


「ならよかった。って、おい。湿布貼ってないじゃないか。」


「これから貼ろうと思ってたんだよ。ただ、ちょっとやりづらくてさ。」


「俺が貼るよ。」


テープを剝がして足首の腫れに湿布を貼る。

明里のほっそりとした足が震えた。


「痛かったか?」


「ううん。ちょっと冷たくて驚いただけ。」


足の具合を確かめた明里はキッチンへと向かった。

食材を探しているようだ。


「夕飯なんだけど、残り物と簡単な料理でいいかな?」


「明里の手料理なら大歓迎です。」


邪魔にならない程度に手伝いをする。

相変わらず手際が良い。

長いこと料理をしてきたことがわかる。

今日の夕食も美味しいご馳走になりそうだ。


「はい。出来ましたー。召し上がれ。」


「頂きます!!」


さっそく料理に手を付ける。

明里は相変わらず俺の食事を眺めているみたいだ。


「いっつも俺のこと眺めてるけど楽しいか?」


「楽しいよ? 沢山食べてくれるから嬉しいし。」


か?」


「...だよ。」


それから黙々と食事を続けた。

暫くして明里もおかずを食べ始める。

今日はなんだか落ち着かない。


「明日のことなんだけどさ。何時が良いかな?」


「あたしはいつでもいいよ。昼からなんてどう? ご飯作るからさ。」


「ご馳走になってばかりで悪いよ。」


「あたしが食べて欲しいの。決まり。」


明里はいつも料理を作ってくれる。

美味しいし嬉しいけど何故ここまでしてくれるんだろうかと疑問に思う時もある。

俺にはまるで彼女が料理に囚われてるように見えた。


「今日も美味しかったです。」


「よかった。」


「明日も楽しみだ。俺、明里のご飯ばっか食べてるな。もうちょっと、自炊しなきゃ。」


「いいよ。全部あたしが作ってあげるから。」


「そ、それは悪いって。魅力的すぎる提案だな。」


「ねえ、隆一君。」


「どうした?」


「あたしは隆一君の力になりたい。だから、忘れないでね。隆一君にはあたしがいるから。」


「どうして......どうして明里は俺のことを気にかけるんだ? お隣さんだからか? それとも同級生だから?」


「どれも当てはまるけど、一番の理由はあたしと隆一君は気がするからかな。」


俺には分からない。

でも、引っかかることはいくつかあった。

明里がたまに見せる暗い顔、食事中に俺を眺める癖、異様に明るい性格......

気のせいかもしれないけれど、どうしても頭の中から離れない。


明日、俺は過去と再び向き合うことになる。

覚悟を決めた。

俺はすべてを明里に教えることにした。

それがお互いの信頼を深めることになる。

上手くいけば明里の秘密が分かるかもしれない。

そんな期待があった。


「今日は色々ありがとね。また、明日。」


「ああ、おやすみ。」


すべては明日になってみなければ分からない。

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