第7話 体育祭

中間試験が終わった。

自分でも満足な出来だったと感じている。

限られた勉強時間でよく頑張った。

成績はそれなりに期待していいと思う。


6月には体育祭がある。

俺には何の関係もない行事だ。

担任の先生には予め見学すると伝えてある。

怪我のこともあり、あっさり受け入れられた。


「王子んとこの親は、体育祭見に来るか?」


「当日、ほとんど見学だから来なくていいって伝えてある。」


「そっか。俺んとこは仕事忙しいから無理って言われた。」


「残念だな。」


「仕方ねぇよ。食わせてもらってる分、文句言えないからな。ところでさ...」


「......なんだよ?」


「うちの彼女可愛かったろ?」


昨日、夏野が彼女を連れてLavenaに来た。

今でも信じられない。

夏野にあんな可愛い彼女がいたなんて。


「どんな弱みを握ってるんだ?」


「握ってねぇよ!! 見ただろ? 俺たちのイチャイチャを!!」


ああ、見たとも。

あまりの惚気っぷりにぶん殴ってやろうかと思った。

俺に向けてしたドヤ顔をも許せない。

いつか報いを受けさせてやる。


「まあ、王子は良いだろ? うちの三大美女と仲良いんだから。」


「またそれか。」


と一緒なんだ。文句いうのは贅沢ってもんだぞ。」


「ちょっと待て。なんだその名前は?」


「最初は春名姫とか秋世姫とかいろいろ言われてたけど、時間が経ってこう呼ばれるようになったんだとよ。まあ、前のよりはしっくりくるよな。」


知らない間にそんな変化があったのか。

待てよ。

だとしたら......


「俺も呼び方も変わってるなんてことは?」


「王子は王子だよ。残念だったな。」


淡い希望は儚く散った。


バイト終わりに明里に今日の話をする。

本人はどう思っているか気になった。

苦笑いしながらも答えてくれる。


「春姫か。なんか恥ずかしいね。」


「俺なんて王子だぞ。最悪だ。」


「良いじゃん、王子。似合ってるよ。」


「勘弁してください。」


話題は体育祭になる。

明里は俺と同じ一人暮らしだ。

家族が来るのか興味があった。


「隆一君の親、来ないんだ。」


「ああ。」


「同じだね。」


「明里もなのか?」


「うん。」


一瞬、明里が暗い顔をする。

俺はそれを見逃さなかった。


「体育祭、一緒にご飯食べないか?」


「え?」


明里との距離をもう少し縮めてみることにした。

嫌がられたら離れればいい。

彼女の不安がなんなのか興味がある。

もしかしたら、何か力になれるかもしれない。


「当日、俺たち一人だろ? みんな家族と食べるだろうし、明里さえ良ければどうかなって。嫌か?」


「...嫌じゃないよ。嬉しい。」


「よしっ、決まりだな。」


「あたし、お弁当作るよ。」


「荷物持ちと後片付けは任しとけ。」


体育祭の準備は結構あっさりしている。

実行委員と競技参加者を決めたら、後は練習と準備をするだけだ。

進学校だからなのだろう。

これといった特色はない。

それでも、みんながソワソワしているのには理由がある。


「春姫の体操服姿って良いよな。胸あるし。」


「冬姫の真っ白な肌綺麗過ぎ。」


「分かってねぇな。健康的な身体した秋姫が良いに決まってんだろ。」


思春期真っ盛りの男たちにとって体育祭はオアシスのようなものらしい。

練習中もどこか上の空で女子の方ばかり見ている。


「男子って本当馬鹿だよねー。あーあ、王子が走るとこみたかったなぁ。」


「仕方ないよ。なんか怪我の影響で激しい運動できないんだってさ。」


「残念。でも、当日応援してくれるみたいだから期待していいんじゃない?」


「王子の学ラン姿楽しみー。」


全部聞こえてます。

これはアレか?

わざと聞かせてるのか?


男子と女子の間で見学している俺はいたたまれなくなる。

そういう話はこっそりして欲しい。


一方、その頃


「そっか、隆一と一緒に食べるんだ。」


「うん、だから前もって伝えようと思ってさ。二人もどう?」


「真由は家族が来るからパスかな。」


「私も遠慮しておきます。」


「その......京子ちゃんは良いの?」


「はい。お互い邪魔しない約束ですしね。それに、隆一君と一緒に食べるなんて言ったら、お父さんが泣いちゃいます。」


三人は少し離れたところで体育祭の話をしていた。

真由と京子は家族が来るらしく、明里と一緒にいる時間は少ない。

必然的に隆一と明里が一緒になることが予想できた。


「なんか不思議な感覚。この関係って奇跡だよね。」


「真由は奇跡を起こせるのだ!!」


「はいはい、真由ちゃんは静かにしてましょうね。」


「京子が冷たい!!」


先日のお泊り会で三人の絆は深まった。

以前より互いを思いやる気持ちがある。

たとえ同じ人を好きになっていたとしても、それは変わっていない。


「......隆一君の怪我痛そうでしたね。」


京子は隆一の手術跡を思い出す。

痛々しい縫い目が怪我の酷さを物語っていた。


「昔、バスケしてたって言ってたよね。怪我が原因で引退したのかな?」


「あんな怪我するまで頑張ってたんだよね。あたしには想像できないよ。」


「ま、隆一が気にするなって言ってんだから、いつも通りでいいのよ。気を使ってたら真由みたいにチョップされるんだから。」


「ふふ、ちょっと羨ましいかもしれません。」


「あたしもされてみたいかも。」


「そんないいもんじゃないわよ。」


練習が終わり、俺と明里はバイト先へ向かっていた。

同じ場所で働いていることもあり、二人でいることが多い。

加えて、同じマンションのお隣同士でもある。

不思議な関係だ。


「お弁当のおかず何が良い?」


「明里が作る料理はどれも美味いから迷う。」


「褒めるねぇー。」


「じゃあ、唐揚げ食べたい。あと、卵焼きも。」


「はいはーい。じゃあ、おにぎりも作らなきゃ。具はどうする?」


「鮭!!」


「了解!! 前日に下準備終わらせたいから、買い物は金曜日にしよ。」


「よろしくお願いします。」


何かお礼をしなきゃな。

明里は確かぬいぐるみが好きだったはず。

良さげなものを探してみようと思う。


「一緒にお弁当食べるなんて青春ねー。」


「仲良しなんだね。」


楓さんたちに体育祭について話したら、いじられてしまった。

明里との関係が気になるのか、よく問い詰められる。

なので、いつもはぐらかしているというわけだ。


「明里には助けてもらってばかりです。」


「そんなことないよ。いつも買い物手伝ったりしてくれるじゃん。」


「あら、夫婦みたいな会話ね。」


「楓、あまり踏み込むのは良くないよ。」


「お似合いだと思うんだけどなー。」


いつもこんな感じになる。

明里は恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いているようだ。

俺も照れ臭いので仕事に戻る。


気が付けば今週は体育祭だ。

入学からもう三か月が経とうとしている。

こんな感じで時間が進んでいくのだろう。


俺は変われてるのかな。


過去から立ち直るために、一人暮らしを始めた。

自分と向き合い、前を向くためだ。

学校生活は楽しい。

アルバイトも始めた。

時間を有意義に使えていると思う。

後は時間が解決してくれる。

そう思うことにしよう。


体育祭前日になった。

買い出しを終えた俺は明里の部屋にいる。

バイト終わりなので夜も遅い。

キッチン越しに下準備をする明里をぼーっと眺めている。

手際よく調理する姿に見惚れていた。


「隆一君は休みなよ。もうちょっとかかるからさ。」


「じゃあ、もうちょっといる。」


「気にしなくていいのに。」


「明里が料理してるとこ見たいんだ。」


「明日寝坊しても知らないよ?」


「その時は起こしてもらうから大丈夫。」


仕方ないなと明里は軽くため息を吐く。

暫くの間、静かな時間が流れた。


「もう怪我隠さないんだね。」


今の俺は半そで短パン姿でいる。

真由たちとの一件で俺の右膝を見られていた。

今更、隠す気はない。


「明里はもう知ってるからな。気をを使う必要なくなったし、短パンの方が楽だからさ。」


「......私、隆一君の怪我の理由知りたい。教えてよ。何があったのか。」


全ての準備を終えた明里が俺の前に座る。

話すまで逃がさない強い意志を感じた。


「そんなに気になるか? あまりいい話じゃないぞ?」


「それでも聞きたいと思ったんだ。隆一君、自分の右膝見て暗い顔してた。あたしは知りたい。そして力になりたい。長い付き合いになるんだもん。隠し事は少ない方がいいと思う。」


「わかった。話すよ。でも、体育祭が終わった後でいいか? 今日はもう遅いし。」


「うん。」


「いつか明里の秘密も教えてくれよ。」


「も、勿論!!」


「待ってるからな。」


部屋に戻った俺は寝る準備をしてベットにいた。

明里は俺のことを知ろうとしてくれている。


怪我のこと、どこまで話せばいいのか迷うな。


全て話してしまった方は良いのか。

それとも、は省いてはなすべきなのか。

明日までに答えを見つけなければならない。


それに明里の秘密についても気になる。

過去に何があったのかは知らないが、彼女にとっていい思い出ではないことは確かだ。


考えがまとまらない。

もう休もう。

全ては明日決まる。


そして、体育祭が始まった。

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