第6話 四人が良い

俺と明里の目の前には、真由と京子が座っている。

豪華な食事を楽しみたいのだが、そうはいかないらしい。


「それでどういうことなんですか?」


どうやら明里から話を聞いていないらしい。

気を使ってくれたのだろう。

二人に事情をざっくりと説明する。


「そんなことあるんだねー。」


「私も驚きました。」


「でも、ちょっと納得したかな。明里と隆一が一緒の時間多いのも、こういう状況だったからなんだなって。」


「はい。二人が一緒にアルバイトを始めた理由も納得です。」


元々、不審な点があったのかあっさり受け入れられた。

確かに俺と明里の共通点は多い。

よく一緒に登校しているし、バイト先も一緒だ。

変に思われても仕方ないなと思う。


「別に隠してたわけじゃないんだよ? あたしも隆一君も特に気にしてなかったから話さなかっただけ。ごめんね。」


「気にしないで下さい。こんな形になったのは急に真由ちゃんがお泊りしたいなんて言ったからですし。」


「真由のせいなの!?」


「とにかく、食べましょう。冷めたらもったいないです。」


「京子が冷たい......」


「た、食べよっか。」


「お、おう。」


珍しい京子に動揺しながらも夕食をとった。

最初こそ静かだったが、美味しいご飯のお陰で会話も弾んだ。


「ご馳走様でした。」


明里と京子にお礼を言う。

やっぱり手料理は良い。

心も身体も満たされていた。


そして、俺と真由は後片付け担当だ。

料理担当の二人にはくつろいで貰う。


「隆一ってさ、明里のことどう思ってる?」


「どうって...良いやつだと思ってるけど。」


「そうじゃなくて異性としてだよ。」


突然、恋バナが始まってしまった。

真由は明里との関係を疑っているのだろうか?


「モテるだろうな。あいつって明るいだろ? 誰とでも仲良くするし、愛嬌もある。男からしたら魅力的だな。」


「じゃあ、京子は?」


「京子もモテるな。優しくて面倒見がいいし、自分の意見をちゃんと言える。信頼できる女性って感じだ。」


「なるほど。」


なんだか尋問されてるような気分だ。

でも、こういうのって青春だな。


「隆一はどっちと付き合いたい?」


「付き合いたいって...」


「言い方が悪かったか。じゃあ、どっちと一緒にいると落ち着く?」


「......落ち着くのは京子だな。どんな時でも受け入れてくれる感じがする。」


「ふーん。」


「何だよ?」


「現状は京子が優勢か。でも、一緒にいる時間は明里の方が多い。明里がその気になったら状況がひっくり返る。こりゃ大変だ。」


「小声でぶつぶつ言うの止めてくれ。なんか怖い。」


「ごめんごめん。そっか京子が好きなんだ。」


「好きだな。」


「はっきり言うじゃん。」


「友達としてに決まってるだろ。これから互いのことを知っていく段階で結論を出せなんて無理な話だと思うぞ。」


「気になってるのは認めるんだ。」


「仲良いからな。」


「良いこと聞けた。ありがと。」


真由は満足したみたいだ。

鼻歌交じりに皿を片付け始める。


片付けを終えた俺は一足先に帰ることにした。

三人の邪魔をするつもりはない。

帰って勉強でもしようと思う。


お邪魔しました。


明里の部屋では着替えを終えた三人が談笑していた。

初めてのお泊り会なので、普段より和気藹々わきあいあいとしている。


「予備の布団だけど大丈夫?」


「はい。すごくふわふわして気持ちいいです。」


「よかった。」


明里と京子を見ながら真由は考えていた。

もし、二人が隆一を好きになったらどうなるんだろう。

二人が隆一に対して特別な感情があるかはさて置き、気になる異性であることは確信している。

四人の関係が好きな真由としては現状維持が理想だ。

しかし、友達の恋愛を応援したいという気持ちもある。

まずは確認することから始めようとしていた。


「二人はさ。隆一のことどう思う?」


「隆一君...ですか」


「急にどうしたの?」


「恋バナしたいじゃん。一番近い異性のことどう思うか気になるのって普通じゃない?」


「私は好きですよ。隆一君のこと。」


「京子ははっきり言うね。」


「隆一君って可愛いとこあるじゃないですか。今日だって楽しそうにスピーカー選んでましたし。普段大人びている分、子供っぽくなる時はなんか甘やかしたくなるんですよね。」


「可愛いか。確かにそういう面あるかもね。明里は?」


「あたしも......気になってる。一緒にいること多いからなんとなくだけどとこあるんだよね。上手く言えないけど、そういう部分に惹かれてるのかも。京子ちゃんが言うように可愛いとこあるし。」


「そっか、じゃあ二人はライバルだ。」


「私は別に今どうしたいという気持ちはないんです。まだ、学校が始まって二か月しか経ってませんから。考えが変わることだってあると思います。でも、同じ人を好きになったからと言って、私たちの関係が終わることだけは絶対に嫌です。」


「あたしもみんなと一緒にいたい。」


「じゃあさ。ルール決めようよ。恋も友情も大切じゃん? ルールさえあれば面倒事も少ないだろうし、結果がどうであれ後腐れもないと思う。どう?」


「あたしは賛成。このままだとお互い気を使いそうだし。」


「そうですね。良いと思います。」


「決まり!!」


こうして三人のルールができた。

真由は自ら行動を起こし、事前に問題提起する。

二人は隆一に気がある。

それが分かれば、後はこじれることを防げばいい。


四人の関係を誰よりも大事に思っているのは真由だから。


真由が気を許せる相手は少ない。

周囲から好意的に見られることが多いのは自覚している。

だからこそ、三人のことが大好きだった。


自分を理解してくれる。

受け入れてくれる。

私たちは似ているんだ。


この関係は終わらせない。

壊れる前に止めてみせる。

そんな思いが彼女にはあった。


もう、みたいな思いはしたくない。

それだけだ。


「真由ちゃんは流石だね。」


「急にどうしたの?」


「だって気づいてたんでしょ? あたしと京子ちゃんが隆一君のこと気になり始めてるって。」


「だから、こうして話し合いの場を作ってくれたんですよね。」


「あはは、バレてた?」


「いきなりお泊りしたいなんて普通言わないですから。」


「気使わせちゃったね。」


「いいのよ。誰かを好きになるって高校生なら当たり前だし、それが早いか遅いかって話でしょ?」


「でも、真由ちゃんが動いてくれたから、これからも私たちは仲良しでいられるんです。」


「そうそう。こういう時は頼りになるよね。」


「失敬な。真由はいつでも頼りになるの。」


「そうだね。」


「はい。」


「なんか調子狂う。」


この二人ならきっと大丈夫。

何があっても私たちの関係は変わらない。

そう信じている。


真由は覚悟を決めた。

最後まで見届ける。

それが私の義務だから。


問題はがどう動くかなんだよなぁ。


唯一の不安要素に頭を抱える真由だった。


日曜日の朝、何も知らない王子が起床した。

欠伸をしながら洗面所へ向かう。

歯を磨きながら昨日のことを思い出していた。


好きな人か。


彼女が欲しいという気持ちはある。

でも、恋愛経験が無い。

中学時代は自分のことで精一杯だった。

自分と向き合うのに必死だった俺がいきなり異性と交際するのは無理がある。


でも、今のままだと何も変わらない。

いつか誰かと一緒になりたい。

その気持ちがあるなら、少しずつでも成長する必要がある。


誰かと付き合えば変わるのか?

結局、答えは自分で見つけなければならない。


「走るか。」


運動は隆一の日課だ。

軽い有酸素運動と筋トレを欠かさない。

健康的な身体を維持するためだ。


身体を動かしている間は無心になれる。

この時間が俺は好きだ。


一通りの運動を終え、シャワーを浴びた。

そして、ドライヤーで髪を乾かしているとドアが開く音がする。

うっかり鍵をかけるのを忘れていた。

慌てて音を消し耳を澄ます。


「あれ? いないじゃん。」


「真由ちゃん、勝手に入っちゃ駄目だよ。」


「なんかワクワクするね。」


聞きなれた声がしたので扉を開ける。


「お前たち何してるんだ?」


「あ、隆一君おはよ。って、裸なんですけど!?」


「ど、ど、ど、どうしましょう!?」


「何? 隆一は自分の身体見せつけたい変態なの?」


「よし、説教だ。」


三人は俺の前で正座している。

Tシャツと短パンを着た俺は仁王立ちだ。

鍵を閉め忘れたのは俺の責任だが、勝手に入ったことは注意した。


「一応、インターホン鳴らしたけど反応ないし、鍵開いてるからいいかなって。」


「俺だったからよかったけど、他でこんなことしたら大変なことになるんだぞ。」


「はい。」


「京子はともかく、真由と明里は反省しなさい。」


「「すみませんでした。」」


「よろしい。」


まったく、朝からどっと疲れた。


「......ところでさ。言いづらいならいいんだけど、その膝どうしたの?」


明里の視線の先には、痛々しい手術の跡が見られる右膝があった。

真由と京子の表情も暗い。

遂に見られてしまったか。


「別に見せる気はなかったんだけどな。前十字靭帯断裂って言って、膝の関節を支える部分が千切れたんだ。これはその手術の跡。」


「痛そうですね。」


「もう痛みは無いから大丈夫だ。」


「隆一が体育で短パン着ないのもそれが理由?」


「そうだ。気を使われたくないからな。」


「スポーツの時とかよく見学してるもんね。」


「軽い運動ならできるけど、膝を酷使する激しい運動は極力控えてる。はないから。」


「そっか。」


「まあ、俺も家だからって油断してた。忘れてくれ。」


「隆一、その...ごめん!!」


俺は真由の頭を軽くチョップした。

驚いたようだ。

頭を押さえて俺を見る。


「別に見られたくなかったから隠したんじゃない。お前たちが気を遣うと思ったから隠したんだ。俺はこの傷に未練はない。だから、この話は終わり。いいな?」


「...うん。」


そう。

未練はない。

いずれこうなると知っていても同じ行動をする。

たとえ二度とバスケが出来なくなったとしてもだ。

一度、靭帯をしたときに覚悟はできていた。


「今日はどうするんだ?」


「あたしたちはご飯食べて解散するつもり。だから、隆一君もどうかなって。」


「ちょうどお腹すいてたんだ。是非、お願いします。」


少し早めの食事をとった。

俺が積極的に話題を振ったお陰か雰囲気は大分マシになったと思う。

そうであって欲しい。

その後、真由と京子を駅まで送り解散となった。

今、俺と明里はマンションへ歩いているところだ。


「聞かないんだな。」


「何を?」


帰り道、明里に話しかける。

話題は勿論この膝についてだ。


「怪我の理由だよ。気にならないのか?」


「気になる。でも聞かない。人にはなんてたくさんあるから。」


「そうか。」


「もし、言いたくなったら教えてね。そのときは力になるよ。」


明里は笑顔でそう言った。

とても眩しい笑顔だ。

俺は明里の嘘の笑顔を思い出す。


...か


いつか、明里は教えてくれるのだろうか?

明里の抱える秘密をいつか聞いてあげられればなと思った。

その時は俺も力になろう。

お隣さんのよしみってやつだ。

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