第5話 久々の四人

土曜日の朝はゆっくり過ごすことにしている。

五日間追い込んだ身体を労わるためだ。

学校とアルバイトの両立は想像以上にきつい。

勉強を疎かにしたくないので日中の空き時間は宿題の消化、夜は予習、復習をする。

とにかく、時間を有効活用するために必死なのだ。


「火曜日も放課後は自由時間にしたほうがいいかな?」


Lavenaの定休日は火曜だ。

放課後は図書室か自宅で勉強が日課になっている。

でも、自由な放課後を楽しみたい気持ちもあった。


「たまにはそういうご褒美もいいかも。」


問題集を解きながら呟く。

独り言が当たり前になってきた。

部屋にいるときは積極的に声を出すようにしている。

静かな部屋でずっと過ごすのは気が滅入るからだ。


「いよいよ、スピーカーが必要になってきた。」


PCはさておき、スピーカーがあれば携帯で音楽を流せる。

携帯の内臓スピーカーは音量が物足りなくてあまり使いたくない。

今はイヤホンを使い誤魔化しているが、俺が求めているのは部屋の雰囲気をよくすることだ。

室内に響くBGMを聞きながら生活したい。


給料日早く来ないかな。


そしたら真っ先にスピーカーを買おう。

しかもちょっと良いタイプのやつをだ。

どうせ買うならちゃんとした物にしたい。


「ん?」


携帯が鳴った。

真由からのメッセージだ。

続いて明里と京子からも届く。


いきなりだな。


俺は急いで外出の準備を始めた。


「おーい、こっちこっち。」


デパートの入り口近くまでいくと、真由たちが大きく手を振って待っていた。


「当日に誘うとかチャレンジャーだな。」


「迷惑だから止めようって言ったんですけど聞かなくて...」


「だから京子からは謝罪のメッセージが届いたのか。」


「すみません。」


「いいんだ。ちょうど息抜きしたかったところだし。」


「あたしのメッセージも見たでしょ?」


「ああ、来なかったらメシ奢れってやつか。明里、ちょっと酷いぞ。」


「ちょっとからかってみただけ。」


「ふっふっふ、真由の命令は絶対なのだ!!」


「横暴だ。」


真由が買い物をしたいと二人を誘ったのが始まりらしい。

欲しい物が思いのほか早く手に入ったので俺を呼んだみたいだ。


「平日は明里と隆一忙しいでしょ? 休みの日くらいは遊んでくれるかなって。」


「そう言えば四人で集まるのもクレープ食べた時以来か。」


「そうそう。だからクレープ食べようよ。」


「真由ちゃん、まずはお昼食べないと。」


「あたしイタリアンが良い!!」


デパート内のイタリア料理店で昼食をとる。

俺は食後の予定が気になり聞いてみた。


「え? 特に考えてないよ。」


まさかのノープランだ。

俺は何のために呼ばれたんだよ。


「真由も欲しいモノ買っちゃったし何でもいい。」


「私も大丈夫です。」


「お昼食べてすぐは無理だからちょっと動きたいよね。隆一君は何か希望ある?」


「俺は......」


ふと、スピーカーの件が頭をよぎる。


「実は欲しいものがあるんだ。」


階を移動して家電量販店があるフロアへと向かう。

そして、オーディオ機器が立ち並ぶブースへ来ていた。


「な、なんだこの胸のときめきは!?」


「隆一君? 大丈夫ですか?」


「これがか。」


「はぇっ!?」


「美しい...なんて綺麗なんだ。京子、こっちに来いよ。」


「や、止めてください。恥ずかしいです。」


「そんなことない。嫌か?」


「い、嫌じゃないですけど...」


「じゃあ、こっちに来てくれ。どうだ? 凄いだろ?」


「はい......何だかします。」


「俺もだ。」


「すごい重低音ですね、この。」


「ああ、すごく良い音だな。」


俺と京子は身を屈めてスピーカーの音に耳を傾けている。

ちょっと間抜けな恰好だ。


「真由ちゃん、あたしたち何見せられてるんだろうね...」


「わかんない。考えたら負けだよ。」


明里と真由は放置して商品を見る。

二人はあまり興味がないらしい。

京子だけが俺のスピーカー探しに協力してくれていた。


「予算はどれくらいなんですか?」


「本当は一万円くらいのやつで我慢しようと思ったけど、五万円出してもいいと思ってる。」


「でも、バイト代から出すんですよね? 五万円って大丈夫なんですか?」


「一か月夕飯抜けば大丈夫なはず...」


「絶対駄目です!! 身体壊しちゃいます!!」


「止めないでくれ、京子!! 俺はそれでも欲しいんだ!!」


「隆一君!!」


「すまない、京子!!」


全てはスピーカーのため。

許してくれ。


「間取って三万のやつにすればいいじゃん。」


「さっさと決めなよ。あと、京子を寸劇に巻き込まないで。」


なんか当たり強くない?

ちょっとふざけてみただけなのに...

そんな目で見ないでくれ。


「二人とも言い過ぎです。隆一君が楽しそうにしてるの珍しいんですから、ちゃんと探すの手伝いましょうよ。」


「「えー。」」


「......俺の味方は京子だけだよ。」


結果、三万円のスピーカーが候補に挙がった。

重低音が綺麗で部屋全体に音が響く上に、持ち運び可能な充電式で防水機能もついている。

部屋でも風呂場でも音楽が聴けるのは嬉しい。

俺はとても満足していた。

まだ、買ってないけど......


「給料日が待ち遠しい。」


「欲しいものが見つかってよかったです。」


「京子のお陰だ。ありがとう。」


「ふふ、どういたしまして。」


「あたしも探したんですけど。」


「真由も手伝った。」


「お前たちは美容機器見て時間潰してただけだろ。気づいてないとでも思ったか?」


「「ごめんなさい。」」


その後は適当に散策してクレープを食べに行った。

今回はチョコクリームのチョコとクリーム追加にする。

次来た時は何を食べようか考えていると真由が突然声を上げる。

何か閃いたみたいだ、


「今日、お泊りしたい!!」


「急にどうした?」


「真由、帰るの面倒臭くなった。明里の家、お邪魔していい?」


「真由ちゃん、迷惑だよ。」


「やだやだ!!今日はそういう気分なの!!」


子供かよ。

どうやら真由の変なスイッチが入ってしまったらしい。

絶対泊ると息巻いている。


「あたしは大丈夫だよ。ちょっと狭いのは勘弁してね。」


「ありがとー!!」


「いいんですか、明里さん?」


「うん。むしろ嬉しいよ。家帰っても一人だし。」


「やったー。京子、親に連絡するわよ。」


「え、私も!?」


「当然!! あ、ママ? 今日友達の家泊るー!!」


真由はそうと決めたら行動が早い。

早速、親に連絡を入れていた。


「お母さん? 実はね......」


京子もおずおずしながらも許可を取る。

本当はお泊りしたかったのかもしれない。


「許可取れましたー!!」


「私も取れました。」


俺は気づいている。

二人は母親に連絡を入れたが、父親にはそれをしていない。

父親に連絡を入れれば面倒なことになると分かっているからだろう。

一応、二人に聞いてみる。


「なあ、父親には連絡入れないのか?」


「パパ? 面倒臭いからいい。」


「お父さんは凄く心配性なのであまりしたくありません。」


「なるほど。」


この感じだと娘を溺愛していることはわかった。

つまりだ。

俺みたいな男と遊んでることを知ったら大変なことになるのではないだろうか。


「ちなみに俺と遊んでることは知ってる?」


「知らない。友達と遊んでるって伝えてるよ。」


「私もそうです。」


とても良くない予感がする。

そんな俺の様子を見た真由が気にしなくていいと言った。


「パパは適当に構ってあげれば心配事なんてすぐ忘れるから、気にしなくていいの。」


なんだか扱いがひどい気がする。

可哀そうだ。


そんな話をしていると、京子が小さく手を挙げる


「あの......私、ちょっと買い物したいです。」


何か買いたいらしい。

欲しいものでもあったんだろうか?

特に気にせず了承する。


「わかった。行こう。」


「あ、えっと、その...」


「どうした? 遠慮する必要はないぞ。京子には世話になったからな。俺にも何か手伝わせてくれよ。」


「っ!?」


京子の顔が真っ赤になっていた。

恥ずかしそうに俯いてしまう。


「隆一君は馬鹿だねー。今日はお泊りだよ? 下着が欲しいに決まってるじゃん。」


「下着選びを手伝いたいとはなかなかの変態さんだ。」


確かに。

そりゃそうか。

悪いことをしたなと京子を見る。


「......隆一君のエッチ。」


ごめんなさい。


一旦、三人とは別れて再度集合する。

食材の買い出しをするらしい。


「真由は荷物持ち頑張るね。」


調理担当は明里と京子だ。

明里は以前食事をご馳走になったから納得の人選。

京子も昼休みに自分で作ったお弁当を食べていたので、料理ができることは知っている。

真由は......まあイメージ通りだな。


食材を調達はすぐ終わった。

結構な量の荷物を抱えてマンションへ向かう。


「二人の料理楽しみだなー。」


「そんなに期待しないでよ。」


「緊張しちゃいます。」


「真由には絶対作らせないようにしないとな。」


「何それ!! 真由がまるで料理下手みたいじゃん。」


「違うのか?」


「その通り!!」


自身満々で言わないで欲しい。


「ところでさ。」


「ん?」


「なんで隆一が一緒にいるの?」


そうだった。

同じマンションに住んでること言ってないな。


「お泊り女子会は男子禁制なんだからね!!」


「そうだな。」


「わかったならよろしい。荷物を真由に渡しなさーい。」


「その必要ないぞ?」


「どういうこと?」


「後で分かる。」


そう伝えて前を歩く。

明里も気づいたようで俺に困った顔を見せた。

まあ、隠す気はない。

秘密にしてたら後々面倒だ。


マンションのエレベーターに乗って明里の部屋まで着いた。


「明里、荷物ここに置くぞ。」


「はーい。じゃあ、準備するからゆっくりしててね。」


「ん?」


「隆一君だけのけ者にはできないからさ。ご飯くら一緒に食べようよ。いいよね? 二人とも。」


「はい。隆一君も是非。」


「真由が作るわけじゃないし全然オッケー。」


「ありがとう。じゃあ、俺一旦帰っていいか? 先にシャワー浴びて着替えてくる。」


「はーい。」


「何言ってるの? お腹すいてるから隆一のこと待てないよ。」


「大丈夫だ。すぐ終わる。」


「どういうことですか?」


真由と京子は困惑している。

面倒なのでさっさと教えてしまおう。


「実は俺、明里の隣に住んでるんだ。」


二人が固まる。

俺は無視して帰宅した。

服を脱ぎ棄てシャワーを浴びる。

明里の部屋に戻ったら真由たちの追及が待っているだろう。

ため息が出た。


俺の土曜日はこれから始まる。





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