第3話 念願のアルバイト!!

「おじゃまします。」


「どーぞ、ごゆっくり。」


俺は明里の部屋にお邪魔している。

予め連絡を入れておいたのは、二人で話す時間を作ってもらうためだ。

モコモコしたショートパンツにモコモコしたパーカーを着ている姿は、女の子の部屋着って感じがする。

てか、どこで売ってるんだ?


「それで、急にどうしたの?」


「本題に入る前にちょっといいか?」


「なに?」


「すごく可愛らしい部屋だな。」


俺の視界にはぬいぐるみやお洒落な小物がたくさん並べられている。

明るい色メインで染め上げられた一室だ。

俺の部屋との差で酔いそう。


「ありがと。でも、まだ足りないんだよね。もうちょっと可愛くできたらって思ってる。」


まだ足りないだと!?

これが女子力というやつなのだろうか...


「次、お邪魔するときが楽しみだ。」


「無理無理。今日もいいバイトないか探してみたけど、結局見つからなかったんだ。お部屋の装飾はまだまだ先になりそうです。」


「なるほど、明里はまだバイトを探しているということでいいんだよな?」


「そうなります。」


ならば本題に入ろう。


「じゃあさ、俺と一緒に喫茶店のオープニングスタッフやらないか?」


「喫茶店のオープニングスタッフ?」


店長の堺さんは駅の近くで喫茶店を開く予定らしい。

以前も喫茶店を経営していたと言っていた。

資金が十分に溜まり、好立地を押さえられたのでこうして準備をしているとのこと。

そこで、スタッフを何人か雇おうとしていたらしい。

そのための貼り紙を貰って、こうして明里を誘っているというわけだ。


「平日の夕方5時から9時までのシフトでいいみたいだったから明里も行けそうだなって思って連絡した。どうだ?」


「どうって、いいに決まってるじゃん!! あたし喫茶店で働くの夢だったんだ!! 是非、お願いします!!」


「よかった。俺も同じ条件で働くつもりだからよろしくな。」


「隆一君、ありがとね。すごく嬉しい!!」


「いいって。まだ、決まったわけじゃないしな。でも、話した感じ好感触だったから大丈夫だと思う。少なくとも明里は絶対いける。美人だからな。」


「ちょっ!? またそうやってからかうんだから!!」


「事実だからな。」


「もういいっ。飲み物持ってくるね!!」


というわけで、早速、次の日に二人で例の喫茶店に来ていた。

明里と下校する際、夏野に邪推されたのは不本意だがまあいい。

切り替えて堺さんに挨拶をする。


「堺さん、蒼井です。早速、連れてきました。」


「可愛い子じゃないか。彼女さんかい?」


「そうだったらよかったんですけどね。」


「隆一君、恥ずかしいから止めて!!」


「俺と付き合ってたら恥ずかしいのか......」


「そ、そうじゃないけど......もうこの話はいいからっ!!」


「仲良しなんだね。安心したよ。じゃあ、アルバイトの内容について話そうか。」


店長と話した内容は主に業務内容と勤務時間、研修についてだった。

定休日の火曜を除いた平日四日間の午後5時から9時までのシフトで働く。

そして、開店までの間は準備を手伝いながら接客の研修をするといった感じだ。

取り合えず、時給は1100円から始めて開店後の売り上げに応じて変えていくらしい。


「二人は美男美女だから、集客期待してるよ。」


こう言われてしまえば、結果を出さなければならない。

久しぶりに緊張している。

開店まで一週間とちょっと、気合を入れて頑張ろう。


「あとは、二人の制服なんだけど、このエプロンを着て接客して貰います。中は黒いシャツとパンツね。明里ちゃんはスカートでも大丈夫だから好きな方を選んで。上下二着を用意して欲しい。領収書を忘れないようにね。お金返せなくなるから。」


一通りの業務連絡を受けて今日は解散となった。

無事、採用ということで俺と明里の気分はかなり上々だ。

その勢いで今晩はお祝いをすることになった。


二人で駅近くの大型デパートに立ち寄る。

店長から指定された服とパーティーのための食材を買うためだ。

まずは服を買いに衣料品店を巡る。


「せっかくだから明里に選んでもらおうかな。」


「お!! あたしが選んじゃっていいのかい?」


「女子受けの良いやつ頼むな。」


「何それー。下心丸出しですか。」


「俺はなんでもいいけど、出来れば好印象な服着たいからな。店長は俺たちに期待してるみたいだし。万全の準備しとかないと。」


「そういうことかぁ。じゃあ、隆一君も私の服選んでよ。男子受け良いやつ!!」


「俺はオシャレに疎いんだが......」


「全部任せるわけじゃないから安心して。あたしが気に入った中から良さげなやつ選んでくれればいいからさ。」


「じゃあ、スカートは確定だな。」


「なんで!?」


紳士諸君は好きだからな。

集客にプラスなものは全部採用する。

それが俺たちの給料に繋がるんだ。

頼むぞ、明里!!


「どうせ俺はスカートしか選ばないからな。明里はシャツとスカートを選んでくれればいい。」


「隆一君はスカートが好きなんだ......エッチ。」


俺はただ店のためを想ってだな...

......なんだか言い訳してるみたいで嫌だな。


「ああ、俺はエッチなんだ。だから、早くスカートを選んでくれ。」


「もう、開き直らないでよ!!」


こうして俺たちの服選びが始まった。


明里との買い物は楽しい。

嬉々として服を選ぶ彼女を見ていると、こっちまで気分が良くなる。

俺も明里のオーラに当てられたらしい。

普段なら苦痛な服選びが今日は違う。

悪くないなと感じるくらいには楽しめているみたいだ。


「これ似合うよ!! 隆一君、カッコいい!!」


「決まりだな。こういうのは明里に聞くのが一番だと実感したよ。たまに買い物付き合ってもらうのもありだな。」


「でしょでしょ!! あたし見る目あるからさ。任せてよ。」


「次は明里の番だな。」


「オッケー。しっかり選んでね。」


「任せとけ。」


そして今、俺は後悔していた。

女性の買い物は長いとは聞いていたが、想像以上だった。

二十分で決まった俺とは違い、明里は一時間以上も服を見回っている。


「これも似合うよねー。」


「あ、明里、そろそろ決めよう。もうフロアの服、全部見ただろ?」


「こっちも可愛い。でも、喫茶店だから綺麗な感じにしたほうがいいよね。」


「あ、明里......」


この後、必死の説得でようやく三着の候補を選んでくれた。

そこからは早い。

早速、試着してもらう。


「どう?」


「似合ってる。」


「これは?」


「可愛い。」


「こっちは?」


「綺麗だ。」


「ねえ、ちゃんと選んでくれるんだよね?」


「不安か?」


「だって、せっかく試着したのに感想がそれだけって悲しいよ。」


そうか。

明里はこういうとき、ちゃんとした意見が欲しいんだな。


「わかった。一着目は明里のスタイル良さが際立っていて良かったと思う。これならエプロンを着てても十分映えるから、似合ってると思った。二着目はフリルがついていて愛嬌のあるデザインだった。明里の明るい雰囲気と相まって可愛いらしいと感じた。三着目はシンプルなデザインなだけあって、明里自身の素材の良さを際立たせてる。私的に明里は美人だから、こういうスカートは綺麗な印象を与えてると思う。」


「急にたくさん褒めないでよ!! 嬉しいけどさ。なんか恥ずかしい。」


「明里はこうして欲しかったんじゃないのか?」


「そうだけど......そうじゃない!! 隆一君のバカ!!」


何故だ。


結局、一着目のスカートに決めて無事終了することができた。

長かった。

よく耐えた、俺!!

偉いぞ。


「じゃあ、食材買いますかー。」


「おう。」


「隆一君、何食べたい? あたし作るよ。」


「え? 料理作ってくれるのか?」


「当然!! 食費は節約しなきゃね。二人なら自炊で結構豪華な食事できるよ。」


「正直、嬉しい。 肉じゃが食べたい。」


「はいはーい。肉じゃがね。じゃあ、和食だ。ほうれん草のおひたしと卵焼き、お刺身もいっちゃおっか。」


「ありがとうございます。神様仏様明里様。」


「ふっふっふ、崇め奉りなさい。」


食材を買い込みマンションへ帰宅する。

急いで部屋着に着替えて明里の部屋へ直行した。


「明里、来たぞ!!」


「はいはい、わかったからそこ座ってて。」


「手伝わなくていいのか?」


「あたしにドンと任せなさい。」


「はい!!」


俺の気分は最高潮だ。

久しぶりに温かいご飯が食べれる。

それだけで幸せだと実感できる。

温めたお惣菜を食べた時とは違う。

出来立ての料理は体を芯から温めてくれる。

手の込んだ料理なら尚更だ。


「お待たせ。出来たよー。」


「運びます!!」


テーブルに並べられた料理はどれも美味しそうだ。

空腹も限界にきて音を鳴らす。

目の前のごちそうを食べたい衝動を抑えるので精一杯だ。


「なんか、ワンちゃんみたい。隆一君、可愛いね。」


「そうか?」


「目の前に置かれた餌を必死に我慢してるじゃん。ワンちゃんだよ。」


俺は犬だったのか。

確かにこの状況はそう見えなくもない。

でも、そんなことはどうでもいいんだ。


「食べていいか?」


「どうぞ、召し上がれ。」


「いただきます!!」


まずは味噌汁を啜る。

赤味噌が効いていて美味しい。

次にほうれん草のおひたしを食べる。

ほのかな出汁がほうれん草の苦みを和らげていて、これも美味しい。

卵焼きも甘じょっぱくて美味しい。

そして、今日のメイン肉じゃがを頬張る。

ほくほくのジャガイモと柔らかい肉が空腹を満たしていく。

白米もつやがあって美味しい。

全部美味しい。


「明里、どれも美味い!! 箸が箸が止まらない!!」


「はいはい。おかわりまだあるからゆっくり食べなさい。」


つい夢中になってしまった。

少し恥ずかしくなって明里の方に目を向ける。

まだ食事に手を付けてないみたいだ。

箸も持たずに俺が食べる様子をじっと見てくる。


「食べないのか?」


「ううん。もうちょっと、隆一君が食べるとこ見てようかなって。」


「なんか恥ずかしいから止めてくれ。」


「あ、照れた。可愛い。」


おちょくられていても箸を止めることができない。

悔しい。

悔しいけど、美味しい。


「おかわりいる?」


「いただきます!!」


結局、俺がほとんど平らげてしまった。


「ごめんな。俺ばっかり食べちゃって。」


「気にしないの。あたしそんなに食べれないし。隆一君が全部食べちゃったのは驚いたけど、それだけ美味しいって思ってくれたんでしょ。嬉しいよ。」


皿洗いをしながら謝罪するもあっさり許されてしまった。


「そういえば、俺が食べてるときずっと見てたけど.....俺なんか変だった?」


「違うの......ただ懐かしいなって。」


「懐かしい?」


にご飯作った時も美味しそうに食べてくれてたから、思い出して、つい見ちゃってたんだよね。」


「そうだったのか。ご両親も明里の手料理食べられなくて残念だろうな。」


「......そうだと嬉しいな。」


明里は笑顔でそう言った。

でも、俺には分かる。

その笑顔は嘘だ。

無理やり作ったその表情から彼女には何かがあるんじゃないかと考えてしまう。


「さて、明日も学校出し解散しますかー!!」


「わかった。また明里の手料理食べさせて下さい。お願いします。」


「正直でよろしい。次を楽しみにしていなさい。」


「ありがとうございます!!」


満腹なまま風呂に入って、寝る準備をする。

何故、明里はあんな暗い笑顔を浮かべたのか。

それだけが俺の頭の中をぐるぐる回っている。

いずれ知る機会が来るのだろうか?

その時が来たら、俺にしてやれることはなんだろう。

瞼を閉じるまでそんなことを考えていた。


「喫茶店始まったら絶対いくね!!」


「楽しみです。」


「来て来て!! それまでにあたし接客完璧にしておくから期待してね!!」


「俺はもうすでに不安だよ。」


休み時間にバイト先が決まったことを真由と京子に報告している。

二人とも喫茶店が気になっているらしく行く気満々だ。


「王子、バイトまで春名姫と一緒かよ。仲良しだな。」


「まあ、仲良いからな。」


「ノロけてんじゃねぇよ!! この野郎!!」


「そんなことより、本当に彼女いるのか?」


「いるっつってんだろ!! あいつらが証言してくれただろ!?」


「でも、実際に会ってないからなぁ。」


「わかった。王子のバイト先に連れてくから、しっかり確認しろよ。」


「え?」


「絶対認めさせてやるからな!! 覚悟しとけ!!」


茶々を入れてきた夏野をあしらってたら、面倒なことになってしまった。


「隆一君、お客さんたくさん来るといいですね。」


京子、ありがとう。

でも、このタイミングだと煽りみたいになるから気を付けような。


今日から研修だ。

真由や京子はともかく、夏野にだけは馬鹿にされるわけにいかない。

しっかり、学んでいこう。

小さなプライドのために頑張ることを決意した俺だった。

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