第3話:総理大臣に会いに行こう!②
――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『吸血鬼の館』だった。
庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格や威圧感をこの屋敷は漂わせている。
何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を黒野喫茶に感じさせた。
(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのでしょうか……?)
生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。誰も彼も此処に来る事を躊躇する。
重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願いながら、当然のごとく玄関前に辿り着いてしまう。
厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。
「落ち着きたまえ、喫茶。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い」
亜門光は、黒野喫茶が一・二回深呼吸するのを待つと、扉を開く。
「なんというか、気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じですね。遊び人ソロの」
「はっはっは。面白いことをいうね。君が遊び人なら、さしずめ私は勇者かな」
「なんで?」
館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。
「近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んできたりしないですよね……」
「どちらかといえば古典的な落とし穴かな」
程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。
「ロリコン総理大臣……! 労働基準法無視……!」
「お待ちしておりました。亜門様、黒野様、御用は?」
黒髪に蒼いメッシュの入った漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。
黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。質素なミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、ニーソックスの絶対領域が存在する。
「ケースを持ってきました」
黒野喫茶が言う。
「承っております。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さい。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも危険です」
「ふふふ、喫茶も気をつけ給えよ。ここの主は偏屈でね。正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないのさ」
「仰る通り年中無休で発動中です。ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいます」
「あ、私の生死は最初から度外視なんですね……」
黒野喫茶は廊下を慎重に歩きながら考える。
(……あの猫耳、本当に頭飾りですか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まで……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫……!)
そして黒野喫茶は彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、更にその姿を亜門光が眺める。
二人はメイドの歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。
屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。
何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。
地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。
「ご主人様、亜門様と黒野様をお連れしました」
「入れ」
スッと扉を猫耳メイドがあける。
「――初めまして。私がこの街の保有者である総理大臣、ポロシャツ・ベストだ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」
そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『総理大臣』と対峙する事となる。
――薄影の中にいる黒い髪はオールバックで、細い両目と銀色のフレームのメガネをかけている。その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。
(年齢は十八歳ぐらい……威圧感が凄い)
豪華絢爛な洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの喪服である。
確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さを感じさせる認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。
「黒野喫茶です。はじめまして。よろしくお願いします」
失礼の無いように細心の注意を払いながら黒野喫茶は挨拶する。まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だった。
「これが私が亜門光さんと持ってきた『ケース』です。お受け取り下さい」
「へぇ、随分と頑張ったようだね」
運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。
『総理大臣』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、『ケース』を開いた。
黒野喫茶も『ケース』の中身を確認する
其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。
黒野喫茶にはこれが何なのか解らなかった。こそこそっと、隣りにいる亜門光に問いかける。
「これは……?」
「悪霊の卵だよ」
「……なっ、悪霊の卵、ですか!? し、しかも十個も……!?」
「何だ、亜門から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」
「実際に現場で見せたほうが早いと思ったんだ。新人には実地研修こそ最大の成長の早道さ」
「まずは理論を教えないと無意味だろうに」
「現場の臨機応変な対応がないと、理屈だけじゃ人は動かないよ」
やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『総理大臣』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。
一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『総理大臣』は口元を嬉々と歪めた。
「最近、この横浜では『悪霊』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『悪霊の卵』を一つ二百万円で取引している」
「そうなると、あの道中襲ってきた寄生悪霊は卵目当てだったという事か?
そう考えると、納得出来る話である。仲間を増やしたいなら、それが一番だ。
「尤も、これは『悪霊』討伐して、その卵を回収した報酬であって――『悪霊』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」
「全力で遠慮させて貰います、はい!」
全力で怖がる此方の反応を見てか、『総理大臣』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ている。
(早く帰りたい。にしても、悪霊討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)
本当にこの人に渡して良いのだろうかと思う。
程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、亜門光と黒野喫茶の目の前に丁寧に置いた。
それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。
一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が目の前にあった。
「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」
「確認させてもらうよ」
(うわぁ、すごい。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。そりゃあ総理大臣とも言われる)
「喫茶も、数えてくれたまえ。これも練習だ」
「はい、亜門さん」
最初から底知れぬ『総理大臣』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。
数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。
「そうだ、喫茶が一つ聞きたいことがあるそうだ」
「はい。行方不明になった四人の生徒の事です。貴方なら知っているんですよね?」
「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」
世界を裏から支配する大魔王の如く『総理大臣』は愉快気に嘲笑う。
それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。
真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。
「うちをテーマーパークか何かと勘違いしたのか、昨晩未明に訪れた。来訪理由を丁寧に尋ねたのだが、同学年のクラスメイトに『街に蔓延る悪の成金を倒して』と唆されたそうだ」
「ははっ、ソイツの生死は最早聞くまでもないな。ご愁傷様として言い様が無い。楽に死ねた事を祈るばかりだよ』
亜門が愉快そうに笑う。
「――『白河逆羽』。事前調査では能力者では無かった筈だが、今現在では『眼』と『耳』を送っても即座に潰される始末だ。実にきな臭い、年不相応の少女だと思わないか?」
その『総理大臣』の口振りから、白河逆刃なる人物が『能力者』なのではと疑っているのは間違い無いだろう。
というよりも、全てを把握している『総理大臣』が発見出来てなかったイレギュラーだと? きな臭い処の話じゃない。見えている核地雷じゃないだろうか?
そこで黒野喫茶は想い至る。
……あ、やられた。これは聞いてはならない話だった、と今更ながら猛烈に後悔する。
背筋に冷や汗が止め処無く流れ落ちる。そして『白河逆刃』の顔を改めて恐る恐る窺う。
――『総理大臣』は愉しげに笑っていた。袋小路に迷い込んだ哀れな獲物に最後の一撃を加えようとする狩人のように。
目が見えない癖に、まるで此方の心理状況を全て見透かされているかのような錯覚すら感じる。嫌な感覚だった。精神的な圧迫に気負されてか、掌から滲み出る汗が気持ち悪い。
「狩人連盟として君の所属をに認める。初任務だ。彼女に関する情報を買おう。どんな些細な事でも良い。彼女について調べて欲しい。――君には期待しているよ、黒野喫茶」
「やってしまったねぇ、喫茶くん」
ケラケラ笑う亜門光を黒野喫茶は睨む。
「わかっていたなは教えてください。ご依頼承ります。」
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