第2話:総理大臣官邸へ行こう①

 黒野喫茶は驚愕した。


「ハァ、ハァッ、一体全体どうなっている……!」


 息切れしながら誰もいない廊下を走り、階段を登り切って屋上に出る。

 人が居ない事を瞬時に確認する。当然ながら居る筈は無い。今の時間帯は一時限目の授業中であり、体調不良と偽って抜け出して来た自分以外、居る筈が無い。

 即座に端末を漁り、昨日登録したばかりの番号をコールする。二回鳴り、三回目でその相手は出て来た。


『喫茶くんか?』

「……同級生が四名が行方不明になっている。それについて詳しく聞かせてください」


 そう、今日、学園のホールルーム来てみれば、四人の生徒が行方不明であり、見かけたら連絡するようにという言葉が伝えられた。


 これが四人揃ってなどでなければ「思春期特有の突発的な家出か?」で済ました処だが、最近多発している破壊跡を含めて異常事態だ。


 そんな此方の焦りとは裏腹に、電話の主の調子はいつも通り、平常運転といった無感情だった。


『ああ、そうだった。私がいる場所で暮らすのは初めてだったね。その辺の感覚は私と異なるようだ……一言で言えばこの学園が存在する半径十キロ県内で起きた『行方不明=死亡扱い』なんです。死体は探しても絶対見つからないという意味の』



 此方が否定したかった事実を何気無く全否定しやがった。

 全身から力が抜け、尻餅付いてしまう。昨日の契約を結んだ時点で、黒野喫茶は亜門光がやけに素直で異常だと思っていたが、余りにも現実味が欠けていた。


 だが、昨日の今日で四人も行方不明、いや、死亡した事実を突き付けられ、背筋が凍り付く思いだ。正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。



『何処の誰に殺されたか、それを完全に把握しているのは、当事者を除けば『総理大臣』だけだろうね。あの人は全ての国民の権利と義務のために行動している。他の新入生さんにも対象問わず幾多の勢力から説明及び勧誘と警告が行われた筈だから、その四人は此方の忠告を聞かずに夜を徘徊したのか、他の勢力の利害に衝突して消されたんだろう』

 

 現実逃避する間も無く、亜門光は淡々と聞きたくもない事を述べる。


『――率直に言うならば、裏の事情を知らない人間の立場は非常に危うい。喫茶くんを通して国家転覆への糸口にしようとする勢力もいるだろうし、それ故に邪魔者として一斉排除を企む勢力もいるでしょう。組織の庇護下にない者を始末するなど容易い話ですから』


 昨日、彼女との契約がこれほど大規模な話に繫がるなど誰が想像できるだろうか。項垂れながら理解する。


『君がどれほど優れた素養を持っていようと、それが完全に華開くのは、戦うために使い始めて数ヶ月経った後。歳月が必要です。今の喫茶くんは天才高校生に過ぎない。この世代に、裏事情を知ってしまったのは不運でしたね』


 幾ら特異な能力があっても、その能力の成長具合が子供程度の能力しか持たないなら、他の成熟した者達にとって格好の鴨でしかないだろう。


『さて、無駄話はこれぐらいにしておいて、建設的な話をしようか。このままでは遠からずに何者かの魔の手に掛かって享年16歳という事になる。だが、君が我々の組織に入るのならば、我々は全力を持って君の生存を手助けしよう』

「……選択肢なんて、初めから無いじゃないですか」

『選択する機会は与えた。理不尽な二択ではあるが、この街では有り触れた事だ。早めに慣れろ、じゃないと死ぬぞ』


 黒野喫茶は大きくため息を付く。

 入学二日目にして早くも人生の分岐路に立つとは。

 しかし、亜門光との出遭いはむしろ幸運だったと言うべきだ。亜門の正誤は正確に見極めてないが、最早一刻の猶予も無い。


「わかりました、私はあなた達の組織に入る。元より選択肢は無いみたいですし。――それで、私は何をすれば?」

『――君の初仕事は簡単だが、同時に至難でもある。これを達成させて初めて俺達は君を信頼出来る仲間として迎えられる』

「まさかライターの火を一日中付けて守るとか」

『漫画の見過ぎだね。取り敢えず放課後に合流しよう』


 黒野喫茶はそのまま授業を受けて、放課後に亜門光と合流した。


「ミッションを説明しよう。それは指定されたコインロッカーから『ケース』を取り出し、丘の上の総理大臣官邸にいる総理大臣に手渡して報酬を受け取る。それが君の、そして私の記念すべき『初仕事(ファーストミッション)』だ」

「……は!? 待て、待ってください。総理大臣!? 総理大臣官邸に行く!? どういうこと!?」

「確かにあの『総理大臣』は恐るべき存在だが、ビジネスパートナーとしては破格の存在だ。――最も恐るべき勢力に我々の庇護下に入った事を知らせる。これ以上に君の生存率を上げる方策は他に無いよ」


 そう言われては反論のしようが無い。そして『ケース』の中身が激しく気になるが、迂闊な事を聞かない方が良いなぁと口を閉ざす。

 必要な事なら喋るだろうし、知る必要が無いなら喋らないだろう。この際、中身は自分にとって余り重要じゃないって事だ、と黒野喫茶は頭を巡らせる。


「幾つか注意事項がある。あの『総理大臣』の前で絶対に隙を見せるな。弱味を握られたら最期だと思え。奴の屋敷の中で間違っても敵対行動を取るな。能力を出した日には瞬時に屋敷の魔術的な仕掛けで抹殺されるぞ」

「この国の総理大臣って凄いんですね……」

「凄いぞ」


『総理大臣の偉業』

①次元の彼方より来訪した傍若無人な侵略者コーラリアンを撃退し、完全武装した吸血鬼による逆侵攻を仕掛ける。


②悪霊と、能力者を抹殺することを使命とする集団『BUTTA』を武力で退けて、秩序と法律を守らせる。


③神への信仰を武器として、悪霊と戦う『スピリット・オブ・マザーウィル教会』と交渉して『裏世界の法律』を作り上げた。


④裏世界の法律を違反した者達を取り締まる『狩人連盟』を立ち上げて、運用する。



「――良いか? 勘違いしているようだからもう一度忠告するが、これは太陽が『東』から昇って『西』に沈むのと同じぐらいの決まり事だ。今一度確認するぞ、解っているのか?」


 感情を表に出さない彼が声を荒たげて深刻さを醸し出して念を押す様に、この物事の重大さを否応無しに察知する事となる。



「……ちょっと待ってください。それは「この世」と「あの世」の境界にある『決して後ろを振り向いてはいけない』のと同じぐらい重要な事か? 月の世界ならある人を『あの名』で呼ぶぐらいヤバい事なんですか?――?」

「その認識で良い。わざわざ核弾頭並の地雷を踏み抜きたい、なんてことはあるまいな?」


 それと同レベルのヤバさとは、一体『総理大臣』はどれほど恐ろしい化物なのだ? 背筋に氷柱を突き刺されたかのような感触を黒野喫茶は味わった。


「ないです」

「よし、じゃあ行くとしよう。初めてのお使いさ。気楽にやろう」


◆◆◆


「重くはない……? 予想に反して何ら変哲も無い『ケース』だが、何が入っているんだ、これ?」

「何だと思う?」


 保健室に行って早々に体調不良の為に早退すると伝え、早足で指定されたコインロッカーから『ケース』を回収する。

 『ケース』そのものはこれといって特徴は無く、子供の自分でも軽々運べる程度のものだった。

 亜門光が、ニヤニヤ、と笑っているのが黒野喫茶は、気に食わない。


(まぁともあれ、邪魔が入らない内に『魔術師』の屋敷を目指しましょうか)


 最速で事を運んだのは、予期せぬ邪魔が入らないように授業中の時間帯を狙ったからに他ならない。


「……ん、あれ?」

「気づいたかい?」

 

 そしてこの時間帯は予想通り人通りは少ない。少なかったのだが――今は誰一人居ない。日常に零れる生活音さえ皆無である。

 まるで異世界に迷い込んだ違和感に苛まれる。嫌な予感がした。


「人払いの結界でしょうか?」

「正ッ解。正式名称は時空両面軸分離隔離世界って名前だね。案の定、何者かが仕掛けてきたかという感じだ。話の流れから『ただ物を届けてそれで終わり』にはならないだろうなぁと薄々思っていただろう?」


 周囲を警戒して奇襲に備える最中、その人払いをやったと思われる張本人は堂々と前から現れた。


「サメイカ。サメのような頭部とイカの体を持つ怪物。あれが悪霊。黒野喫茶は初めて見るだろう? ああやって直接的な敵意を見せる姿は」


 普通には金髪の人間がいるようにしか見えない。しかしその頭部は食われており、触手が生えている。


「はい、いつもは囁かれたり、勝手に物が動いていたり、そういう事ばかりでした」

「悪霊は弱い。故に人を惑わし、弱らせ、寄生する。生き残れたのは運が良かった」

「手荒ナ真似はしたクない。ソノ『ケース』を渡して貰オウか」


 触手を此方に突き付け、『ケース』を要求する。

 疑う余地の無い、非常に解り易い『敵』である。騙し討ちや奇襲をして来なかったのは褒めて良いのだろう。


「……? ン? ああ、私に言っているのか?」

「貴様以外、誰がイル!」


 亜門光は考える。


(ううん、ヤツは囮かと思って魔法で周囲をサーチしたが、他にはいない。マジで何しに来たんだ? コイツ)


 

 現状解っている事は自分の持つ『ケース』を強奪しに来たという事。つまりは此方の動きはある程度筒抜けであり、自分の事を狩人に準ずる存在だと知っている前提となる。

 にも関わらず、真正面から挑んだのは何故か? 此方の能力の全貌は未だ誰にも知られてないし、正攻法で勝てるという勝算があっての行動なのだろうか?


 ――もしかしたら、物凄く舐められているのだろうか?


 幾らこの身は学生でも、前世から幾多の修羅場を乗り越えた前世由来の能力は全盛期のままだ。正確に言うならば、成長している段階のまま。


「まずは深呼吸して息を整えたらどうだい?」

「……テメェ、ふざけてんのか? 人払いの結界は張った。これからいつでも料理出来るんぞっ!?」

「あのっ、あまり刺激しないほうが……」   


 黒野喫茶の言葉を遮る。


「ああ、それはどうでも良いんだが――君『一人』か? 別の協力者がいたりとかはしたりするかい?」

「何を訳の解らん事を! 早く『ケース』を渡せッ! 自分は死なないと思っているなら大間違いだ! 殺して奪っても良いんだぞ……!」

(良かった。人払いの結界を張った奴が別にいたらどうしようと思っていた処だ。十中八九、コイツは単独犯――ならば、後腐れ無くブチのめす)


 黒野喫茶の前を立つ。


「序段顕現:黒蕾」


 奴との間合いは既に十メートル、此方の『能力』の射程距離にぎりぎり入っていた。



「――っ!? ……っ、ィ!?」


 奴の無防備な顎を、地面から生えた黒い植物が打ち抜き、続いて触手を全力で絡みつく。

 くの字に折れて訳も解らず地面に尻餅付く。


「――っ!? な、何……!?」

「へぇ、顎を砕くつもりだったんだが、存外に硬いな」

 

 金髪の男に寄生した悪霊は慌てて此方に触手を向けようとするが、そのぬるぬるしたものを、手刀で即座に叩き斬る。


 此方の方の強度は全然無いようだ。だが、そんな光景を想像していなかったのか、自身の杖の鮮やかな切り口を男は唖然と眺めた。


「冬のナマズみたいにしてやる」

「ま、待て。まいっ――!?」



 顔に一発右拳を叩き込み、続けて左拳も叩き込む。

 勿論、それだけじゃ終わらない。同じ動作を再起不能になるまで繰り返す。


「――これが我が超能力『邯鄲の夢』だ。あらゆる動植物を生み出し、操ることが出来る。無論、条件はあるがね」



 凄絶にボコってぶっ飛ばした後、改めて我が超能力をまじまじと眺める。


 白を主体とした比較的細い人間型の質量を持つ超能力。能面の仮面に白い白衣を纏っている。


「その人型の幽霊は一体……それにあの戦いも」

「総理大臣官邸まで行く道すがら、話そうか


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