第4話:総理大臣官邸へ行こう③


「無料ほど高く付く買い物は無い。今後の教訓にする事だね」


 街の目に入った店で反省会をする。二千万の札束を渡し、手早く数え終わった後、亜門光は札束を一つ抜き取って、黒野喫茶の前にぽんと置いた。


「この百万は君の取り分だ。受け取れ」

「付き添いをしてもらったのにそんなに貰って良いんですか?」

「誰もやりたがらないからな。好き好んで『総理大臣』と相対したい奴はいない。……正確に説明すると、50%が組織の取り分で上納、『悪霊の卵』を入手した者に45%、配達人に5%だ」


 黒野喫茶は嘆息した。

 ……まぁあの『総理大臣』に二度と遭いたくない気持ちは同意だった。けれど、自分はあの『総理大臣』と何度も遭う事になるんだろうなぁ、と今から憂鬱な気分になる。

 それもその回数を自分で増やしたのだ。自業自得とは言え、中々に笑えない。


「……さて『総理大臣』の新たな依頼だが、相変わらず厄介極まるね」



 オレンジジュースを飲みながら、亜門光は真剣に語る。

 

「あの『総理大臣』はどうやって街の状況を把握していると思う?」

「……『眼』と『耳』になる使い魔を大量にばら撒いているとか」


 よくあるアニメとゲームの魔術師でも動物型の簡易使い魔とかで偵察とかやっていたよなぁ、と思いながら亜門光が頼んだ枝豆を摘む。結構美味しい。



「恐らくな。そしてそれは手段の一つに過ぎない。我々の想像すら付かない方法で、この何気ない会話も奴には全て筒抜けという可能性がある」



 情報を制する者が世界を制する。誰よりも苦心しているのはあの『総理大臣』なのだろう。厄介な奴に眼を付けられたものである。



「『白河逆羽』はその情報網を掻い潜る能力の持ち主であり、擬態能力に長けた人物だろう。今の今まで『能力者』だと発覚しなかった最大級のイレギュラーの内情を探るんだ。覚悟しろ」

「言われなくても、今回のがどれだけヤバいヤマなのか実感しているさ」


 亜門光とてと黒野喫茶としても、首を突っ込んだから、もう覚悟完了済みだ。それに自分の身近に潜む巨悪を無視するなんて、自分にはどう頑張っても出来ないだろう。


 『総理大臣』はこの街にとって『必要悪』だろう。

 意図しているかしてないかは別だが、『魔術師』の利益は基本的にみんなにとっても利益となる。と、不確かな目測を付けておく。


「――ターゲットと二人になる状況を間違っても作ってはいけないよ。戦闘に自信があるのなら、別だけど」

「……人をなぶれと?」

「逆にその立場になる可能性があると言っているんだよ。正真正銘の規格外だ、ミス一つで死にかねない」

「……わかりました」


 表情には欠片も出さないが、本気で心配してくれている亜門光の親切さが身に染みる。


「あぁ、そうそう。君の前任者から『絶対に死ぬなよ。死んだらオレがまたあの『魔術師』の処にいかなきゃいけないじゃないか!』と、有り難い応援メッセージが届いている」

「何処も有り難くない!?」


 内心で褒めた傍からこれである。空気が読めるのだか、読めないのだか。


「にしても今回は『総理大臣』にまんまとやられた感が強いなぁ。何かアイツの弱味とか握ってないの?」

「……聞きたいかい?」


 物凄く微妙な表情しながら尋ねる。多分参考にならないだろうが、一応頷いて聞いてみる事にする。


「――『総理大臣』は生後間もなく捨てられた孤児だ。生まれた直後に医師を一人焼き払ってな、両親からは忌み子扱いで『教会』に投げ捨てられたそうだ」

「医師を? 何でまたそんな事を……?」

「恐らくは正当防衛だろう。その産婦人科の医師の来歴を調べたが、妙なほど生後間もない赤子が不審死している。これは推測の域が出ないが、その医師は能力者で、能力者らしき赤ん坊を片っ端から間引いていたんだろうな」


 ……うわ、其処までするのかよ、と思えるような悪魔の所業だ。


 実際にその時『総理大臣』が焼き殺してなければ今尚間引きが続けられたという訳か。ぞっとしない話である。

 そしてこの話で重要なのは『総理大臣』が『教会』の孤児だったという事か。表立って対立していないのはそれが最大の理由なのだろうか?


「……? それが何で弱味なんだ?」

「まぁ焦るな、話はこれからだ。その数年後『総理大臣』を捨てた夫婦の間に女児が産まれてな、この少女は大切に育てているそうだ。――その家庭に直接訪ねる事は無いが、その家だけ『総理大臣』の監視は目に見えるほど異様に厳重なんだよ」



 意外な事実である。


「敵を多い『総理大臣』が監視する実家。普通は守ろうとしているように見える」

「逆だと?」

「逆に、身内の敵がいるからこそ監視をしている、なんてね」

「恐ろしい話です」


 黒野喫茶は冷めたコーヒーを啜った。

 


 


 

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