眠り姫の夢は終わらない

マスク3枚重ね

眠り姫の夢はそれでも終わらない…

皆は夢を見るだろうか。俺は見ない。正確には何も覚えていない。ただ何か大切な事を忘れてしまっている気がする。


「おい、米山、米山、起きろ!米山 修斗(よねやま しゅうと)!」


「ふぁい!」


修斗は怒号で反射的に立ち上がる。周りを見ると生徒がクスクスと笑っている。


「米山!毎度毎度、お前は…放課後職員室に来なさい!」


「はい、すんません…」


修斗は欠伸を噛み殺しながら席につく。先生が授業を再開する。

毎日毎日、面白くもない授業を受けて、眠る度に怒られる。そんな生活はいつまで続くのだろうか。

窓際の席、春の風が修斗の頬を撫でる。これで眠らないで授業を受ける方が無理だと思う。

終業のチャイムが鳴り授業が終わる。皆が席から一斉に立ち上がる中、修斗はこれ幸いとまた机に顔を埋める。すると直ぐに誰かにゆり起こされる。




数日前から、どうもおかしい。朝起きると目から涙が止めどなく溢れ、目が充血している。


「またかよ…眼科行った方がいいか…?」


修斗はベッドから起き上がり居間に降りていく。


「おはよう修斗!朝ごはん出来てるよ」


「んー」


修斗は椅子に座りトーストにかぶりつく。目玉焼きを箸で切りトロりと黄身が溢れでる。


「母さん今日、帰り遅くなるからね」


「何かあったっけ?」


「会社の飲み会!言っといたでしょ。まだ寝ぼけてるの?」


「あー」と修斗がグチャグチャになった髪の上から頭を搔く。母は着ていたエプロンをたたみ、手早く準備を始める。


「お昼ご飯と夜ご飯、冷蔵庫の中だからチンして食べて。それじゃ母さん行ってくるわね!」


そう言って母は玄関を出ていく。修斗は朝ごはんを平らげ、伸びをする。今日はどうするかと考える。今日は土曜日で学校は休みだ。ならば…


「二度寝だな」


そうと決めた修斗は早かった。部屋に戻り、無駄のない洗礼された動きでベッドに入る。朝日を受けながらの二度寝は最高なのだ。


ゆっくりと修斗は夢の中に落ちていく。深く深く潜るほどに記憶がよりはっきりとする。そして目が覚める。辺りは静かな夜の街、公園のベンチで横になっている。さっきまで隣にいた彼女が居ない。修斗は急いで辺りを見渡す。彼女は直ぐに見つかる。ブランコを漕いでいた。彼女がこちらに気が付く。


「おはよう修斗」


「おはよう…」


彼女の隣のブランコに修斗は腰を下ろす。


「全く、休みの日だからって二度寝は良くないよ?」


「別にいいだろ。寝るのが好きなんだ…」


「ま、私も修斗に会えるから嬉しいけどさ」


彼女は長い髪を耳に掛け、儚げに微笑む。修斗は目を逸らし、考えない様にする。


「またそんな顔して!きっといい兆候なんだから」


「だとしても、起きたら全て忘れてしまう…」


「きっと私は忘れないよ」


彼女の言うことはいつも正しい。


「そうだな。茨(いばら)なら忘れないかもな」


「うん。そうだよ」


そう言って茨はいつまでも沈まない月に目を向ける。そして左手をこちらに出す。修斗は何も言わずに右手で握る。細く小さな手は弱々しく震えている。修斗の目からまた涙がこぼれ落ちる。2人の時間は後どれくらい残されているのだろうか。


しばらく2人でそうしていると修斗は突然の睡魔に襲われる。どうやら起きないといけいらしい。茨はこちらの様子に気が付いたらしく、はにかんだ様な笑顔を見せる。


「修斗、おやすみなさい。また明日ね」


「おやすみ。また明日…」


最後に見せた茨の笑顔には涙が溢れそうになっていた。修斗も同じだったかもしれない。修斗の意識はゆっくりと浮上していく。忘れたくない。彼女の事を茨の事を…忘れたくない…

修斗は目を覚ます。ベッドから起き上がり欠伸をし、姿見の前に立つ。


「またか…マジで眼科行った方がいいか?」


目から涙が溢れだし、赤く充血している。


時計を見るともう夕方になっていた。流石にお腹がすき冷蔵庫を開ける。中にはオムライスとさば味噌にラップがしてあり、迷わずオムライスをとる。電子レンジで温め食べる。美味い!さば味噌も好きだが卵料理には敵わない。修斗は顔が綻ばせるが、ほんのり1人で食べる食事に寂しさを覚える。


風呂に入り歯を磨き、幾つかのテレビを見た後に布団に入る。修斗はどんなに沢山寝ようが眠れるのが特技である。

ゆっくりと深い、また眠りに落ちて行く。いつもの公園のベンチで修斗は目を覚ます。変わらず空には大きな月があり、公園を優しく照らしている。茨は滑り台の上に座って眠そうに目を擦っている。それを見た修斗は一瞬悲しくなるが、無理やり笑顔を作る。


「おはよう。茨」


「修斗、おはよう。そんなによく眠れるね?」


「俺の特技は何時間でも眠れる事だ。金曜日の夜に眠って起きたのが日曜日の夕方頃、何んてよくある事だ」


茨は可笑しそうに笑った後に「寝すぎは良くないんだぞー」と人差し指を立てる。そしてまた欠伸をし、それを手で隠す。


「やっぱり眠いのか?」


「うん…」


「もう起きるのか…?」


「そうだね…」


茨が滑り台を滑って降りてくる。そして下に居た修斗に駆け寄り抱き着く。細い腕が力強く抱きしめてくる。


「怖いよ…」


そんなに弱々しい茨の声は聞いたことが無かった。修斗も細い茨の身体を優しく抱き締めた。


「大丈夫だ。きっと大丈夫…」


「私、修斗の事忘れたくない…」


「ああ…」


「修斗とずっと一緒に居たい」


「俺もだ」


修斗は抱き締めたまま茨に自分の気持ちを伝える。


「茨…愛してる…」


「うん…私も…愛してる…」


修斗はゆっくりと茨の唇に唇を重ねる。静寂が2人を包み、優しい時間が流れる。だがやがては別れが訪れる。


茨は修斗の腕の中でゆっくりと眠りに落ちていく。


「おやすみなさい。俺の大切な眠り姫…」



茨はゆっくりと目を覚ます。視界はボヤけ朧気だ。誰かが声を上げている。


「先生を呼んでください!」


周りがどんどんと騒がしくなってくる。白衣を着た人がやって来て声をかけてくる。


「茨さん、茨 姫乃(いばら ひめの)さん、ここが何処だか分かりますか?貴女は交通事故で3年間も眠っていたんです。今からご両親がこちらに来ます」


姫乃はゆっくりと思い出してくる。学校に行く途中で横断歩道を渡っていたら車が自分に突っ込んで来たことを…高校の入学式だからと早く出たのが失敗だった様だ。


それからは親が泣きながら喜んでくれた。中学の友達が会いに来てくれた。リハビリで歩けるまでに回復した。でも、どうしても誰か大切な人が居ないような気がする。本当に喜んで欲しい人、本当にお見舞いに来て欲しい人、どうしても思い出せない。ずっと傍に居てくれたはずの大切な人。


病院を退院して高校1年からやり直す。皆とは3年間の差が生まれ、友達が居ないので心配だった。少し遅れて、学校にやって来る。


「遅くなり、すいません」


「大丈夫ですよ。色々分からないこともあると思いますが頑張りましょうね、茨さん」


先生に自分の教室へ案内されていると1年の教室から誰かの怒る声が聞こえてくる。


「おい、米山、米山、起きろ!米山 修斗!」


「ふぁい!」


その声に姫乃は足を止める。ゆっくりと教室を覗くと髪がボサボサで眠そうな顔をした米山 修斗と呼ばれる人が怒られている。


「どうしましたか?茨さん」


「いえ、すいません…なんでもないです」


隣の教室に案内され、授業途中で挨拶をする。それだけすると終業のチャイムが鳴ってしまう。

私は話しかけて来てくれるクラスメイト達に謝りながら、走って隣の教室へと向かう。

隣のクラスに入ると皆がこちらに視線を送ってくる中、1人机に突っ伏して寝ている生徒が居る。ゆっくりと近づいて行く。彼のボサボサの髪が春の風を受けて優しく揺れている。私はゆっくりと彼を揺り起こす。


「おはよう。修斗」


おわり

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