第2話

迷宮都市オーデン中央区。


冒険者ギルドの建物内にある受付窓口で一人の少女がため息をついた。長い蜂蜜色の髪と赤紫色の瞳をした美しい少女だ。白磁のようにきめ細やかな肌をしており、顔は人形のように整っている。野暮ったいギルドの職員服も、彼女が身に着けると、お忍びの貴族のような雰囲気を漂わせる。


少女の名前はマイラ。冒険者ギルドで受付職員をしている。


今はちょうど業務が一段落ついたところだった。昼間の閑散としたギルド内をマイラはぼんやりと眺めながら考えごとをしていた。


(今日もノラは帰ってこなかった……)


マイラは冒険者ノラの帰りを待っていた。彼は約一ヶ月前に迷宮に入ったきり、まだ戻ってきていない。探索期間は三週間と言っていたので、本来ならもう帰還しているはずである。


しかし、一向にノラはギルドに姿を見せなかった。


ノラの所属するBクラス冒険者パーティ『地下の星』は実力者ぞろいだ。そうそう簡単に死ぬことはないだろう。だが、何が起きるのか分からないのが迷宮だ。十数年ギルドに貢献してきたAクラス冒険者パーティが、迷宮の最も浅い階層である第一層で全滅したこともある。


(もしかしたらノラも……)


そう考えると気が気でなかった。今すぐにでも迷宮に行きたい衝動に駆られるが、ギルド職員という立場上、私情で迷宮に入ることは許されないことだ。それにいざ入った所で、自分一人ができることなど何もない。


ただ待つことしか出来ない。マイラは焦りを募らせていた。


「……だから、……無理ですよ」


ふと、奥の窓口から誰かの会話がもれ聞こえてきた。目を向けると二人のギルド職員が話をしている。


(ロナ先輩に部長? どうしたのかしら?)


どうやら部長の方が先輩職員のロナに頼みごとをしているようだ。ロナはあまり乗り気ではないのか表情を曇らせている。


「頼むよ。今度も派遣しないってなるとギルド長からなんて言われるか」

「なら部長が行けばいいじゃないですか」

「出来るならそうしてるよ! 派遣期間中に新領主の就任パーティがあるんだ。ギルド関係者として出席するよう言われている。出ないわけにはいかないんだよ」

「だからって、どうして私が選ばれるんですか? 他にも受付係はいるじゃないですか!」


ロナはかなり興奮している様子だ。離れているマイラの所にも声が届いていた。


(派遣? もしかして……)


マイラは派遣という言葉に反応した。最近、ギルドから職員を前哨基地に派遣するという話が話題になっていた。


前哨基地とは迷宮内にあるギルドの拠点で、広い迷宮のより深層を探索する冒険者たちの最後の準備場所である。迷宮の中という都合上、ギルドが直接管理することは難しく、前哨基地の運営は冒険者の手にゆだねられていた。


それゆえ、前哨基地では独自の風土が形成されていた。法と階級が支配する地上と異なり、基地は実力がものをいう。そんな前哨基地は地上では生活できない後ろ暗い者たちの温床になっていた。


ギルド側は基地内の多少の問題に目をつぶることで運営にかかる費用を節約し、冒険者側は一定の成果をギルドに献上することで自由を得ている。そんな絶妙な関係が長く続いていた。


風向きが変わったのは新領主が就任してからだ。規律を重んじる新領主はこれまで独立していた冒険者ギルドを支配下に置こうと、あの手この手でギルドに干渉してきた。干渉の手は前哨基地にまで伸び、犯罪者が基地に隠れているという口実で領主軍を派遣するという話まで持ち上がる。


ギルド長とAクラス冒険者たちの尽力で領主の管理下に置かれることは何とか回避したが、代わりにギルドから職員を派遣して基地の状況を監査しなければならなくなってしまった。


派遣は年二回、迷宮の滞在期間は約半年におよぶ。ギルドの監視が入ったとはいえ、前哨基地の治安は地上と比べてはるかに悪い。それに基地にたどり着く途中も危険が数多くある。


そのため、ギルドの職員はマイラを除き、誰も行きたがらなかった。


「他も頼んだよ! すべて断られたんだ」

「マイラもですか?」


部長とロナの会話を聞いていたマイラは、持ち場の窓口を離れて二人のもとに向かった。


「……あの子は駄目だ。まだ若すぎる。経験不足だ」

「能力的には全く問題ないですよ。冒険者達からの人気もありますしね」

「あの……」


マイラが声をかけると、部長とロナは驚いた顔で振り向いた。


「マ、マイラちゃん?」

「聞こえていたのか?」


動揺する二人に対し、マイラは姿勢を正して頭を下げた。


「申し訳ありません。こちらまで聞こえておりました」


そして顔を上げて凛とした表情で口を開く。


「その派遣、私に行かせてもらえないでしょうか」

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