祝福(その1)
杉山コウタはかっと目を見開いた。
まるで客席は巨大な夜の海のようだ。ゆらゆらと揺れていて、近寄ったら呑みこまれそうだ。大勢の前でパフォーマンスをする。これまでやってきたステージとは違った。
観客から強烈なエネルギーを受けた。
振りを完璧に揃えた俺たちに、みんなびっくりしているだろう。
雨のおかげで、足元があぶなっかしい。
自分は一番後方の端だ。
フォーメーションが決まったとき、不満だった。しかしいまはそんなことはない。
俺と、反対にいる木下が、この群舞の最も重要な役目を担っているのだ。
自分たちがやろうとしていることは、個人プレイじゃない。
俺たち二十人が、完璧な、動きをすることに仰天しろ!
足を大きく広げて踏ん張って、腰を使って大きく振り回す、OAD!
木下トモヒロは遠くの杉山のことを思った。
あいつ、ちゃんと揃えているだろうな?
推しのいるグループのコンサートに参戦したとき、まず推しの立ち位置を探す。そして推しの動きに凝視する。
しかしそのうち、全体の素晴らしさに目を凝らすことになる。
その動き、そしてその振り付けに。
うまい者もいればヘタな者もいる。個性を示そうと、踊りをアレンジするコもいる。
だが、らしさや個性をアピールするよりも強烈なインパクトを与える者に釘付けになる。
それは、精度を高め続け、性格な動きをするコだ。
俺は、それを目指す。
クラスで自分は一番格好悪い。肌だって汚い。
でも、俺は職人として輝いてやる!
基本技を散々練習してきた。
ロマンス警報発動!
手先から足先まで一直線に伸ばし、反動を使いすぎて勢いに任せてかまさないこと!。
岡田タカシは気づいた。
なんだろう。
これまでもずっとやってきたことをこなす。
とても冷静だ。振りはもう身体に叩きこまれている。
だからいま、どこか自分の頭の上から眺めているような錯覚に陥っているのか?
違う。
こんなテンション初めてだ。
いままで演劇部の公演のときも、ずっとドキドキしていた。
間違ったらどうしよう。
セリフが飛んだらどうしよう。
いつでも入念に準備してきた。でも、これまでの準備なんて、ありゃなんの意味もない気休めみたいなものだった。
舞台の上で、楽しみ、生きる。
そうか、大学デビューの準備なんて、必要なかったのかもしれない。
空気を切り裂くように、右、左、右、左、右、左!
長門レンは動揺していた。
大ステージでのパフォーマンスに超ビビってた。
逃げだしたい、と思っていた。そもそも俺、美術部だし、運動部の連中と一緒なんて、足手まといになったらどうしようって。
でも、曲が始まり、動き出した途端、そんな気持ち、吹っ飛んだ。
俺たちの持ち時間は十五分。
この、あっという間に終わってしまう時間が永遠に続いたらいいのに。
遠くでセンターの川地が踊っている。
川地のブレを、自分たちは絶対に見逃さない。
少しでもずれたら、あくまで俺たちがフォローする、つもりだった。
川地はまったくずれることもなく踊っている。
なんだ?
川地の背中、こんなにでかかったっけ?
精一杯遠くまで回そうとする腕は、あんなに長かったっけ?
川地の持っているペンラ、そしてみんなの持っているペンラが美しい光の曲線を描いている。
綺麗だ。光って、こんなに優しいのか。俺の光も、届け!
赤木ユウヤは川地の異変に気づいた。
あいつ、こんなに動きにメリハリあったっけ?
やっぱり渡と小林をセンターにしたほうがいいのではないか。ずっと懸念していたけれど、これは。
誰だよ、稽古でできたことしか本番では表現できないって言ったやつ。
いま、川地と共に踊っていることで、自分も腕や、足がこれまで以上に大きく伸び、そして身体能力が突然あがった気がする。
こんなにも、人は、本番で変わるものなのか。
ああ、本気のやつ。しかも超本気のやつがそばにいる。
それは自分を本気にさせてくれる。
なんか、
なんか、
気持ちいい!
時間潰し感覚でヲタ芸に付き合ってきたけれど、こんな気持ちになったのは初めてだ。
俺よりすげえやつはたくさんいる。
まさか、川地、お前もだったのか!
サビ技行くぞ!
テンポよくサンダースネイクをぶちかます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます