第六章
あしたのために(その59)前夜
大会前夜、公園の噴水前で、小林は一人、最後の自主練をしていた。さっさと寝ておきたいのに、眠ることができなかった。
その姿を、同じく眠れずにランニングをしていた渡が見つけた。
「なにやってんだよ」
「俺のシマ荒らすんじゃねえよ」
「公園自分のものにすんなよ」
「明日早いんだからさっさとクソして寝ろ」
「お前もな」
「足手まといになるんじゃねえぞ」
「いまからローソン行くけど、パピコ半分やろうか」
「……全部よこせよ」
駅前のベンチに、青山と葉山が座りこんでいた。
「ここ、前にドラマの撮影やってたよな」
「あー、めちゃ女の子たまってたね〜」
「もうすっかり、いつもの駅な」
「みんなすぐ忘れるんだよな〜」
「流行って通り過ぎるもんだから」
「寂しいもんだね〜」
「明日が終わったら、俺らもひと段落か」
「ですよ、気楽に行こうぜ〜」
スーパーでは、岡田と長門がお菓子を選んでいた。
「そんなおやつとか、現地で買えばいいじゃん」
「当日忙しくて買えないかもしれないだろ」
「アルフォートにソフトサラダ……お前のチョイスってなんかお母さんっぽくね」
「お母さんが選ぶものに間違いないだろ」
「否定はしませんけどね」
「なんか足りない気がする」
「川地用のシベリアじゃね?」
神社では赤木と津川が祈っていた。
「もう一回祈っておこうかな」
「願って優勝できたら楽すぎて草だろ」
「じゃあやっぱやめとこ」
「じゃあ俺、お賽銭課金しとくわ」
「俺も入れる」
「神さまに届くかねえ、俺らの熱い想いが」
「祈るってのは、神さま越しに、自分に誓いを立てるってことなんだって思った」
「その考え、悪くないじゃん」
ファミレスでは軽音楽部の四人がドリンクバーでねばっていた。
「ヤマまだ帰んないの?」
「もう帰ろうよ」
「明日早いしさ」
「だって帰って寝てたらもう本番だぞ」
「いいじゃん別にさ、むしろ早く本番になんないかな」
「ワっち強気」
「明日推しと話せるかもしんないし。美容院行きたかった」
「俺もニキビ直しておきたかった」
「あー、明日にならなきゃいいのに」
「ずっと本番前日ってきつすぎだろ」
「でも終わったらもうみんな」
コンビニから出た宍戸と二谷がジュースを飲んでいた。
「明日で終わりって考えたら、謎に寂しくなってきた」
「俺も」
「ソロの振りさ、やっぱどうしても自分のなかでハマんないんだよ」
「明日確認すりゃいいじゃん」
「眠れねーし」
「まあいいや、そこの空いてるとこでやってみろよ」
「やるぞ」
「ねーみー」
「ちゃんと見ろよ」
「お前は大丈夫だよ、俺を信じろ」
図書館の脇で、高橋がマサコと初めてキスをした。
「なんか照れちゃうな」
「なんかキスとかってもうちょっとなんかドラマっぽいものかと思ってたけど、普通だね」
「ごめん」
「ううん、そういうほうがいいよ。ドラマっぽいの嫌いだもん」
「そうなんだ」
「明日本番だね」
「うん」
「終わったら、プール行こうね」
ドラッグストアで三橋がメイに声をかけた。
「偶然を装ってストーカーしないで」
「そんなことしてないよ!」
「明日、本番でしょ。こんなとこにいていいの?」
「だって、なんか、歩いていないと気持ちが」
「ふーん、繊細なのね」
「明日、観にくるよね」
「宝田くんをね」
「そうか」
「ついでに、楽しみにしとく」
交差点では、浜田が妹のサユリと信号を待っていた。
「お兄ちゃん、塾の迎えとかいらないから」
「夜道をひとりなんて、危ないだろ」
「いつまでわたし、子供扱いなの」
「コバやんと付き合わせてやるまで」
「小林くんはもういいって、それに彼氏いるってば」
「俺はあんなの、認めないぞ、赤髪なんて」
「いまはハマってる漫画を意識して、ピンクになってる。アーニャ?」
「余計無理!」
石原が幼い頃に暮らした、祖母の家へやってきた。
「……おばあさま、お話があります」
「入りなさい」
「……おばあさまが前言撤回するまで、入りません」
「ヤスユキさん、あなたはなにか誤解してるみたいよ。あの学校はすでに役目を果たした。若者の精神性の低下によってね。これ以上の維持は無意味」
「……そうでしょうか。今の若者は昔の若者と比べて、なにも変わっていません。誠実で危なっかしいけれど、純粋です」
「そんな偏った統計に意味はない。私の肌感覚では」
「……だったら明日、見にきてください。理事長の横暴を止めようと、立ち上がった二十人です。ぼくも、含まれてます」
石原はチケットを理事長に渡した。「それに……絶対に、聴いてほしい歌ができました」
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