あしたのために(その58)きみに決めた!
「初めまして芦川アカリさん! お時間いただいてすみません! ぼくらのパフォーマンスを観ていただき、感想をもらいたいとお呼び立てしました、よろしくおねがいします!」
津川が代表して挨拶して、続いてみんながお辞儀をした。全員どこか緊張していた。
「川地、お前センターな」
小林が言った。
「なんで、俺聞いてないよ」
川地は目の前のクラスメートと隣の芦川を交互に見た。
「練習していたあの曲、披露しよう」
沢本が川地を押して、列の中心に連れていった。そしてペンライトを握らせた。
「えっ、あれやるの?」
「振りわかってるよな。緊張すんなよ」
小林が肩を叩いた。
「うん」
川地はちらりと芦川を見た。楽しそうに手を振ってくれたので、振り返した。
「ガチだからな」
津川が言った。
「……始めましょう」
石原が持っていたスマホをいじり、音楽が部屋の両脇に置かれたスピーカーから流れだした。
芦川の前でいきなり、なんの準備もせずに踊るなんて、と思いながらも、いいところを見せよう、と思ったときだ。
女性ボーカルの声が、違った。緊張しているのか、少々うわずっており、それが生々しく、素人くさかった。
「これって」
川地はさっぱりわからずに横の小林を見ようとしたとき、
「やめて!」
芦川が突然叫んだ。青ざめた表情をして、頭を抱えている。
「え、どうしたんですか?」
川地が振りを止めた。
「カワちん、止めないで! 芦川さん、見て!」
沢本が叫んだ。
その甘ったるい歌声は、どこかで聴いたことがあるような、ないような。いや、これまで後列でみんなの動きを見てきた。いつもみんなの背中を見ていたのに、今日は目の前に誰もいない。見えるのは、うなだれ気味の芦川だけだ。芦川はおでこに手を当てて、踊っているのを見ようとしない。心配だ。いったいなにが起きているんだ。一度止めようとしたとき、
「お前の本気もここまでかよ」
横にいた小林が言った。
「見損なわせるなよ」
反対側から渡が言った。
そうだ、いま自分は、センターなんだ。あのときみたいな失敗はしない。負けてたまるかと川地はペンライトを掲げた。
捧げること、祝福すること……。どうしたらできるのか、わからないまま、打った。
芦川が顔をあげた。
曲が終わっても、芦川の顔は強張ったままだった。
「芦川さん、大丈夫ですか」
川地が駆け寄った。
「ごめんなさい。芦川さんが中学のときに、動画サイトにアップした『現役JCが「紅蓮華」ガチで歌ってみた』で踊りました」
沢本が言った。
「どういうこと?」
川地は沢本と芦川を交互に見た。芦川は顔を手で覆い、震えだした。
「芦川さんが熱唱しているあいみょんの『マリーゴールド』も聴きました」
「なんで知ってんの!」
芦川が顔あげて叫んだ。その形相は、いつもの涼しげでもはかなげなものとは違い、川地はびっくりした。
「めちゃエゴサしまくったら、見つけちゃいました」
沢本が言った。「でも悪意とかでないです、ほんとに。中平さんが、オリジナル曲にこの声がどうしてもほしいって。で、こっそり練習して、披露して見てもらったら説得できるかもって」
「あ、中平さんってのはぼくらの先輩なんですけど」
高橋が付け加え、
「ニートの」
津川が鼻で笑った。
「……再生回数は振るわなかったみたいですが、バズりには戦略もですが、運にも左右されます。いまはもう歌ってらっしゃらないみたいですが、素敵な声なので、諦めないでください」
石原が言った。
「なに、イシハラ、突然バズりとか戦略とか言いだしてんの?」
山内が驚いて言った。
「……芦川アカリさん、あなたをSFが初めてプロデュースする歌い手として迎えさせてください」
「SF? なに言ってんの?」
和田が信じられずに顔をしかめた。
「そうだよ、イシハラはSFさんで、学校にいないあいだ、ずっと曲を作ってたの」
沢本が代わりに答えた。
その言葉に、全員が口をあけて固まった。言葉が出ない。
「歌姫誕生じゃん」
浜田が興奮して手を叩いた。
芦川の歌で自分たちがヲタ芸するってことか? 川地は起こっている事態にびっくりしすぎて、くらくらした。
「……ぼくは先日、高校の校歌の歌詞を見ました。古臭くって、理想しかないものでした。でも、ぼくらがその歌を、現代に塗り替えてみたらどうだろう、と考えました。みんなの高校の思い出、楽しいことも嫌なこともまるごと付け加えてみたらどうだろうって」
石原は言った。
「みんなで歌詞を作るの?」
川地はそのアイデアに驚いて、クラスメートを見回した。男たちが頷く。
「……カワちんさんが意外と文才あるのも発覚しましたし、みんなの記憶をコラージュしてください」咳払いをして石原は続けた。「あの手紙も組みこんでくれてもいいですよ」
川地は思わず芦川を見た。
「わたしが歌って兄貴に勝てるの?」
芦川が訝しげに訊ねた。
「兄貴? ってどなたさまですか?」
川地は訊ねた。芦川の兄貴も大会に出るってことか。
「兄貴っていっても、学年は同じで、恥ずかしいから内緒にしてほしいんだけれど、花岡高校の宝田ハヤト」
川地は言葉を失った。
ということは……俺は勘違いして、芦川さんの兄上さまに、喧嘩を売った?
「確実に、可能性はあがるって、中平さんが」
沢本が言った。
「根拠は?」
「芦川さんの歌でカワちんがセンターとして覚醒しさえすれば、可能性は爆上がりするって」
そもそもは、川地のラブレターを歌わせるつもりだったけれど、さすがに沢本は言えなかった。
「なんでわたしが歌うと川地くんが覚醒するの?」
芦川の質問に重ねて、
「このようなことを踏まえて、やってもらえませんか」
渡が言った。
「やります」
芦川も言葉を被せた。
全員がおお〜! と感嘆の声をあげた。
そのやりとりを聞いていた西河は、まだ納得がいかなかった。中平の計画の一部は阻むことができたものの、結局自分はなにもできなかった。川地をセンターにすることも、自分の目からすると危うかった。しかし、川地を中心に据えることを生徒たち全員が求めている。西河は、彼らに委ねようと、密かに決めた。中平や俺が決めたんじゃない、あいつらが決めたんだ。
「よかったな! 好きなコの歌で踊れるなんて、最高だろ、さっさとセンターに戻ってこい」
小林に景気良く肩を叩かれ、川地はむせて咳きこんだ。
「え、川地くん?」
いま、しれっと暴露されてしまった。
「これってみんな知ってる、共通認識だよな?」
小林はあたりを見回した。凶暴な天然、一番始末が悪い。
「ええとですね、それはですね」
川地は挙動不審となり、ぶるぶると震えた。なにを口にするのか、全員が注目していていて、いたたまれない。
「川地、もう言えよ」
小林は自分の失態に気づき、ごまかすように言った。
「みんな、後ろ向こう」
葉山が声をかけ、男たちが川地たちに背を向けた。「先生も!」
西河も無言で従った。
「俺たちいないもんと思ってくれていいぞ〜。全員耳塞ごうぜ」
青山が耳に手を当て、全員が従った。
「なに言ってんだよ!」
「川地くん?」
芦川が不安そうに名前を呼んだ。
川地は芦川を前に、喉がからからになりながら、言った。
「あのですね、本当に同情とかなしでいいんで」
「はい」
「卒業したらアイフォン買うんで、そのときはライン交換させてもらえませんか」
川地は芦川の目を見て、言った。
「……え?」
沢本が思わず声をあげた。
「なに言ってんだ?」
みながざわつきだした。
「カワちんにとっての最大限のやつ……」
沢本が祈った。とりあえず、川地が幸せなら、オッケーです、と。
「もちろん。インスタもする? 相互しよ」
芦川が笑った。
やった! 川地がクラスで初めておな中おな塾以外で女子のラインゲットした!
男たちがガッツポーズをして、振り向き雄叫びをあげた。
「改めて、よろしくお願いします」
芦川が顔を赤らめ恥ずかしそうに挨拶して、照れながら微笑んだときだ。
全員つばを飲みこんだ。そして、急にもじもじしだした。
(綺麗だ)
(川地にはもったいなさすぎる!)
(姫!)
(沢本め、なにが、ちょっとかわいいくらい、のよくあるタイプだ)
(女神だろ)
(きみに、決めた〜っ!)
その場にいた男たちは、芦川に恋し、「みんなの」姫となった。
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