あしたのために(その57)とんだ邪魔者
映画を観ているあいだ、川地はうわの空だった。隣に芦川はいるし、さっきの不思議な出来事が気に掛かり、まったく集中できなかかった。
「今日は無理に誘っちゃってごめんね」
三軒茶屋に戻ったとき、芦川はすまなさそうに言った。川地が観る直前から急に、口数が減ったのを気にしていた。
「いえ、とんでもないです!」
川地はぶんぶんと首を振った。なんとなくお互い黙ってしまった。
世田谷線の改札前で、二人は立ち話をした。
「わたしね、なんにもなさすぎて。いつも困ってる」
芦川が夜空を見上げた。
まだ若い夜で、星は見えなかった。
「両親が離婚していて父親の方で暮らしている兄貴がいるんだけど、なんていうか、あの人、派手なの。とにかく、派手なの」
派手、と言われても、川地にはイメージがつかなかった。派手な格好が好きってことか?
「とにかくあいつの妹だって身バレするのが本当に嫌で、ずっと極力知らないふりしていたら、なんだか人ともあんまりうまくしゃべれなくなっちゃって。男子とこんな話できるの、川地くんだけ」
もちろんそんな言葉は、さほどなにも考えずに口にしただけのものだったが、川地はときめいた。自分が特別になったみたいだった。
「光栄です」
川地は胸いっぱいだった。「もしよかったら……」
これからも映画とか誘っても、と言おうとしたときだった。
「カワちん!」
大きな声で呼ばれ、沢本が駆け寄ってきた。
「風邪引いているんだろ、大丈夫か」
もちろん心配してはいたが、いい雰囲気を壊されたような気がして、ちょっとうとましかった。
「ごめん嘘ついたの。ぼくが全部悪いの」
「嘘? よくわかんないし」
「川地くん、お土産」
芦川が目配せした。「さっき買ってあげたでしょ」
「いや、これは」
あなたに帰りがけに渡そうと、と言える状況ではない。仕方なしに、川地は沢本にマスコットを渡した。
「ええっ、こんなぼくのために、ハチワレ……いい人すぎるでしょ……。ハチワレってカワちんに似ているから、好きなんだ……、これ、カワちんだと思って大切にするね」
「それはそれでやめてくれ」
まさかこいつ、自分のことを「なんかちいさくてかわいいやつ」だと勘違いしていないだろうな。川地は泣きべその沢本を撫でた。
芦川はその様子を見て、なぜか頷いている。
「俺を探してたの?」
川地が訊ねると、
「今日……芦川さんとここで待ち合わせしてたの。でもぼくが待ち合わせに行けなくて……。ごめんなさい」沢本は芦川に謝った。「練習を見にきてもらおうと思って」
「なんで?」
わけがわからず川地は訊ねた。
「ちょっと区民集会所まで一緒にきてもらっていいですか」
沢本は芦川に言った。
「いいけど……」
芦川は不思議そうにしていた。
「サワもん、なに企んでいるんだ?」
川地は沢本を睨んだ。
「もう当初の目的とは方向が変わったから。絶対に変なことはしないから」
沢本は拝んだ。「協力してほしいんです!」
集会所に入ると、
「ちょっと待ってて」
と沢本が先に部屋に入っていった。
なかでなにやら話し合っているらしい。
「なにをしようとしてるんだよ」
川地は言った。芦川に、ヲタ芸の練習を見せる? なんでまた。
「おっけーです」
ドアが開いて沢本が顔を覗かせた。
入るとメンバー全員が奥の壁際に整列して立っていた。入り口のそばで、西河が顔をしかめ、腕を組んでいた。
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