あしたのために(その48)西河狂乱

「すまん、もう一度言ってくれ」

「……OBの中平さん」

「中平って、まさか中平イチゾウのことじゃないよな」

 その名前を口にして、西河は震えた。

「いつもジュース奢れって、ぼくらをパシリにする」

「持ちこみ禁止のゲーム機でずっと『モンハン』してた中平じゃないよな」

「それはわかんないけど、ずっと部室のソファで寝転がって漫画読んでる」

 中平だ。絶対に中平イチゾウだ。

「どこで会ったんだ」

 西河は訊ねた。けれど、知りたくなかった。

「いつも部室にいるし。ねえ、あの人無職ですよねえ。でも卒業生だからってなんで簡単に学校に入れーー」

 沢本の言葉を聞き終える前に、西河は立ち上がった。

「って先生?」

 こんな西河の顔、沢本は見たことがなかった。

「それはお前だけのか?」

 怯えている沢本に向かって、西河はきつい口調で訊ねた。自分はそれ以上に怯えている、と思った。いや、これは、怒りだ。こんなにブチ切れているのは令和になって初めてだ。

「見える? クラス全員知っていますけど」

「なんでいままで言わなかった!」

「だって、中平さんが、先生と仲が悪いから内緒って、中平さんにぼくがチクったって秘密にーー」

 西河は進路指導室から飛びだした。通路を歩いている学生たちは、その勢いにびっくりして道をあけていく。文芸部の部室のドアを勢いよくあけた。

 誰もいない。

 西河は部屋にあった掃除用具入れを乱暴にあけた。いない。西河は混乱し、あたりをしっちゃかめっちゃかに荒らした。中平、お前、どこにいるんだ?

「やっぱ仲悪いんじゃん」

 沢本はその荒れ狂う様を怯えながら眺めた。

 物騒な音を聞きつけ、通りかかった生徒たちが部室を覗きこむ。ついにこいつ、カノジョできなくて、いかれたか? と学生たちは思った。

 西河はすっかり荒れ果てた部室に一人、立ちつくした。

 中平、全部お前の目論見か。

 まだしてないのか、あのデブ。

「沢本」

 西河は沢本のほうを向かずに言った。

「はい」

「お前、さっきの計画を誰かに言ったら、退部な」

「そんな横暴すぎ」

「遊びじゃねえんだよ、これは! もうおしまいだお前らのくっだらねえ青春グラフティは」

 掃除用具入れに向かって言った。かつて貼った神社の札がないことに、西河は気づいた。

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