あしたのために(その46)先生ってガチで大変なんだよ!
その日、進路指導室で西河はずっと苦い顔をし続ける羽目になった。
一人目、小林。
「あのな」
「なんすか」
「なんすかじゃねえよ。いままで進路志望無記入だったくせに、なんで京都大学とか書いてあるんだ?」
「ああ、行ってやろうかって」
「ちょっとそこのコンビニまで、みたいなテンションで言うな! どうしてお前が上から目線なの? 最下層から見上げる立場だろ!」
「先生、なんとかしてくれよ」
「無理、そんなコネも時間もない。それにお前、学年ビリだろ。なんでいきなり京大なんだよ。俺が無理やりお前のいいところを百倍盛って、適当な大学にぶちこんでやるから、我慢しとけって」
「それじゃ駄目なんだよ。前々から思ってたんだ。あの男と同じ大学入って見返してやるんだ」
義理の父のことだった。
「あの男って、どなた? いやいや、無理です、そんな無謀な戦いに行かせられません!」
「とにかく俺、京大行くから」
「京都なんて高校卒業したらいつだって行けるって。それに今観光客ばっかりで暮らしづらいぞー! バスだって時間通りこないし、どこだって混んでるし」
「だからちげーよ、大仏とか興味ねえよ」
「それは、奈良だ!」
二人目、川地。
「第一志望に書いてある大学、俺、名前聞いたことなかったんだけど、ひとつ聞いていい?」
「はい」
「なんできみら、揃いも揃って急に京都行こうとしてんの? いったいなにがあるの? ワンピースでもあるの? 世はまさに大海賊時代だったの?」
「東京から、離れようと思って」
「だってお前、一人暮らしは。親御さんは、なんて」
「京都におじいちゃんが住んでいるんで、大丈夫だと思います」
「別に文学部なら東京にもいっぱいあるし。やる気あるなら一浪覚悟で早慶にチャレンジしてみても」
「浪人なんて無謀なことしたくないんで。そもそも卒業したら先生、自分に責任ないからそんな雑な提案するんでしょ?」
「現実的なのか冒険家なのかさっぱりわからん。お前、親元離れたってさ、どうせ学校行かないでふらふらしているうちに、気の迷いで人力車のバイト始めて、自分がモテてるって勘違いして女関係もめて、大惨事を起こすぞ」
「なんでそんな具体的なんですか。ていうか先生、大学のとき京都旅行で乗った人力車のマッチョに彼女を略奪されたって本当ですか?」
「……川地、その噂は、デマだ」
「本当だったんだ」
「……デマだと言っている。ただ、俺が伝えられることはただ一つ。爽やか売りをした、口のうまい体育会系に油断してはいけない、とくに大切な人がいるときは」
「すみません、古傷抉りました」
「……だからデマだ」
「なんか、一人になっていろいろ考えたいんです」
三人目、沢本。
「なんで俺が顧問の文芸部だけ、進路決まってないんだよ」
「イシハラだって決まってないでしょ」
「あいつの進路は俺がとやかくいう筋合いではないから」
「なにそれ。もしかして投げてるの? ひどくない?」
「人のことより自分のこと。他人のことばかり気にしていると、人生の階段を踏み違えるぞ」
「ぼく決まってるもん」
「これは進路じゃねえ。なんだよ『第一志望、川地と同じとこ』って。友達と一緒じゃなきゃ嫌って。一生の問題なんだぞ」
「カワちん、ぼくがいないと駄目だから」
「その発想、メンヘラな彼女な」
「だって先生、カワちん、純粋なんだから、誰かがそばで見守っていないと。詐欺に引っ掛かったりでもしたら、どう責任取るつもり? なんかコロッと騙されそうじゃない? ぼくが業者だったら絶対骨の髄までしゃぶり尽くすけど」
「親友で離れたくないってぬかすわりに、結構かますよね」
「だからぼく起業しようと思うんだよね。で、カワちんを雇ってあげようかなって。儲かりそうな仕事探しているんだけど、先生知らない?」
「未来を見据えるのはすごく大事だけどさ、そこから逆算して近未来のことも想像してみない?」
「カワちん、どこに行くって?」
「……それは本人に聞けよ」
「珍しく隠しているんだよね。なんかヒントがあるかと思って、あの芦川って女に渡すはずだった手紙、入手したんだけどさ」
沢本がリュックから、ぱんぱんに膨らんだ白封筒を出した。
「は? 人の手紙を? お前、さすがにひどいぞ」
西河はそれを見て、果たし状かと思った。
「まあ、読んでみてくださいよ……」
さすがに教え子が書いたラブレター読むとか最低すぎる。セカンド童貞をこじらせ、他人の恋バナ(とくに失敗談)が大好きな西河でさえ、躊躇した。
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