第五章
あしたのために(その45)シン・踊れ文芸部
川地は玉砕を覚悟しながら世田谷線に乗りこみ、乗客を掻き分け、芦川を探した。
「おはようございます!」
見つけることができて、川地は周囲を気にせず大声で挨拶した。
「おはよう、暑くなってきたね」
芦川がちょっと困りながら、笑顔で応えた。
「あのですね、実はぼく、夏休みにイベントに出演することになりまして」
川地は咳払いをして、ポケットにからチラシを取りだし、渡した。
ここまでは予行演習通りだ。もうしょうもない言い間違えなんて愚かな失敗はしたくない。本人を前にすると声が上擦ってしまうが、とにかくやり切ることがいまは大事なのだ。
「あ、これ知ってるよ。すごい! 出るの?」
芦川はチラシと川地を交互に見て言った。
「はい、で、もしその日お暇でしたら招待券を」
ポケットに入れておいた封筒を取りだそうとした。その様子は、どうにかして商品を買ってもらおうとへりくだるセールスマンみたいだった。
「実はこれ、知り合いからチケット貰ったよ。行くかはわからないけど。頑張ってね」
想像していなかった返事が返ってきた。慌ててはいけない。とりあえず、
「はい!」
と元気よく返事をした。だが、あとの言葉が続かない。
「じゃあ、またね」
川地の降りる駅に到着した。
電車から降りた川地は、通り過ぎるイチ高生たちの視線など気にせず、電車が見えなくなるまで手を振った。そして、がっくりと肩を落とした。
その様子を見ていた沢本は声をかけられなかった。芦川の「知り合い」って、きっと宝田に違いない。
川地は途中にあるコンビニ『ダイモン』に寄った。棚を見るわけでもなく、商品を手に取ろうともせず、ぼんやり一周した。店を出ると、なにかを決心したような顔をして、封筒を店前のゴミ箱に捨てた。
「サワもん、行こうぜ」
川地は学生たちに混じっていった。
沢本は、ゴミ箱に手を入れた。
石原の曲作りは難航していた。
「……なかなかインスピレーションが降りてこないんです」
か細い声で謝る姿に、クラスメートたちは「気にしないでいい」とねぎらったものの、同時に「降るものなのか?」と口にはできずにいた。山内と和田だけはアーティストぶってうんうん頷いた。
だが、さすがにそろそろオリジナル曲がないと、本番に向けての練習ができない。
「だったらひとまず、これを練習してみない?」
沢本が提案した曲は中学の頃に流行ったアニソンだった。
「べつにいいけど、なんでこれ?」
長門が首を傾げた。
「みんな知っているし、ちょっとね」
と沢本は含み笑いを浮かべた。
「とにかく、イシハラ、自分だけで背負いすぎんなよ。もしなんなら、軽音が作ってもいいんだしさ」
山内が言った。石原が加入し、作曲をすると聞いたとき、ちょっとばかりムッとしたのだ。石原のピアノのうまさは認めるが、オリジナル曲なんて作れるのか? と怪しんでいた。
「ヤマ、うちらにオリジナル曲なんてございましたっけ?」
杉山が茶化した。
「そんなのイシハラだって作ったことないじゃないか」
山内が気分を害して膨れると、
「……作ってはいるんです。学校にいないあいだ、ずっと作っていたんですけど」
石原が下を向いた。
「だったらその曲うちらに聴かせてよ」
和田が無邪気に言った。
「……ネットにあげているんですけど」
「だったらいいじゃん」
「……恥ずかしいんで、ちょっとそれは」
「ネットに出してるのに?」
世界中に発信しているくせに人に知られたくないなんて、クリエイターっていうのはわからないものだ、と思ったが、
「……友達に教えるのはまだ勇気が……」
友達、という言葉に気をよくして、みんな納得した。
「じゃあ文芸部、とりあえず先に歌詞を考えろ。歌詞があったほうがメロディ浮かぶだろ」
赤木が川地たちに言った。
「歌詞ないとダメ?」
川地が伺うと、
「やっぱエモくてメッセージ性があってアガるやつじゃなきゃだめでしょ」
「これまでアニソンでやってきたんだから、そのくらいテンション高いやつ頼んますよ」
周囲の連中が好き勝手なことを述べた。
その様子を沢本はにやにやしながら眺めていた。
「というか、元祖文芸部三人、今度西河と進路面談だろ」
岡田が言った。
「元祖ってなんだよ」
川地が口をとがらせた。
「時代はアップデートされて、シン・文芸部だから」
三橋が笑った。
「仲間が増えたってことよ」
長門が頷いた。
「ズッコケ三人組以外は全員、推薦決まっているし、お前らさっさと将来の大学デビューを考えろ」
岡田の言葉に、三人は顔をしかめた。『三悪』から『ズッコケ』となったのは、親しみがこめられている、としておくことにした。
「……あの、ところで、教室に入ってからずっと気になっていたことがあるんですが」
石原が恐る恐る挙手した。「なんでみんなパンイチなんですか?」
教室で服を着ているのは石原と川地だけだった。
「暑いから〜」
葉山が平然と答えた。
「いや、お前はパンツじゃなくて水着だし」
青山がつっこみ、みんなが笑った。
この高校は冷房をつけるタイミングが気温ではなく七月一日からと決まっている。よって生徒たちは暑くなると脱いでうちわを仰ぎながら授業を受ける。しまいにはパンツ一丁になって、帰り際にやっと制服を身につける。
「……あと、キティちゃんが好きなんですか?」
石原は渡に言った。
「母さんが安売りで買ってきたから」
渡の履いているトランクスには、キティちゃんが散りばめられていた。そもそも渡は自分の身につけるものに対してのこだわりが皆無だ。
「マザコン野郎が」
小林が鼻で笑った。
「んだとコラ」
「あんだコラ」
「いちゃつくなって」
赤木がメンチを切りあう渡と小林を割って止めた。「逆に聞きたい、お前らはことあるごとに顔寄せ合うけど、もしかしてキスしたいのか? 両想いなのか? だったら応援するから真実を話してくれ」
「なわけねえだろ!」
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