あしたのために(その44)グラウンドの中心でアイを叫んだけもの

 山内と和田は、後ろを確認しながら、一息ついた。

「文芸部、ありゃビリだろ。ゆるくいこうぜ」

「ああ」

「なんだよ、どうした?」

「俺ら、初めてじゃね? 二人っきりとか」

「体育の時ペアになるじゃん」

「ワっち」

「なに?」

「お前プロなりたくないの?」

「そう簡単になれねーだろ」

「そうかな」

「そうだよ」

 二人は黙った。

 いちに、さんし、ごーろく、しちはち

 いちに、さんし、ごーろく、しちはち

「ん?」

 遠くの方から鬼気迫るカウントが近づいてくる。

「まさか、え、うわっ!」

 とんでもない形相で小林と渡が二人を追い越していった。

 呆気にとられていると、

「ワっち! ヤマ! 指貸して」

 突然川地が二人の手を掴み、朱肉を指につけ、そのまま紙に押しつけた。

「なにするんだよ!」

「はい、拇印いただきましたー! おまえら負けたら強制的にヲタ芸って契約書作っちゃったー! いやなら取り返してみ〜!」

 川地が全速力で走り去っていった。

「あの野郎! ぶっ殺す」

「行くぞ!」

 とお互いを見合わせたときだった。

 クラスメートたちがどんどん二人を追い越していく。

 呆気にとられ立ち止まり、男たちを見送ってしまった。

「なんだあいつら」

「でも、楽しそうだな」

「なんか俺らさ、プロとかよりも、まず楽しくやってみるの、どう?」

「とりあえず、これに勝ってから、だな」

 お互いの肩を叩き合い、二人は再び走りだした。


 宍戸と二谷は独走状態だった。

「もう余裕っしょ」

「当たり前だよ」

「俺らのいないところで騒いでいるのがムカつくんだよ」

「わかる」

 二人は出会ってから、ずっと同じだった。初めて話したとき、趣味が同じことにびっくりした。ファミレスに行ったら同じものを注文してしまう。好きなセクシー女優だって被っている。こんなに感覚が同じ奴がいるのか。自分たちはもしや、ソウルメイトってやつなのかもしれない。

 二人でいれば、他はどうでもいい。最強なのだ。

 教師の見回りポイントが近づいてきた。

「いまのうちになんかジュース飲もうぜ」

 自動販売機が見えた。

「おう、あれだな」

 二人は同時に言った。

「スコール」

「ファンタ」

 驚いて、お互い顔を見合わせた。

「あれ?」

 いちに、さんし、ごーろく、しちはち

 いちに、さんし、ごーろく、しちはち

 渡と小林が猛スピードで二人を追い抜いていった。

「ヲタ芸、一緒にやろう!」

 川地が息を切らしながら、笑いかけ、去っていった。

 ヲタ芸をやってる連中も、続いた。

「勝っちゃってごめん〜」

 ビリッけつの沢本がバカにするように、尻を叩いて見せた。

 そして、

「待てこの野郎ー!」

 背後から山内たちの声が聞こえてきた。


 文芸部の8カウントの掛け声が町内に響き渡った。

「コバやんとワタリ、すごくない?」

 沢本が川地に追いついて、喘ぎながら言った。

「だってうちらのセンターだぜ」

 川地は渡たちの背中を視界に捉え、息を切らしながら答えた。もう迷いはない。二人は最高だ。

「カワちん」

 追いかけてくる山内たち、ペースを崩しながらも食らいついていこうと全力の宍戸たち。

 校舎に入り、山内たちが猛烈にダッシュを始めた。小林たちに並んだとき、和田が山内の肩を強く叩いた。

「止まろう」

 渡と小林がゴールし、思い切り前のめりで倒れた。

 二人の勝利に、生徒たちが堪えきれずに歓声をあげた。

「なかなかやるじゃん」

 渡が起き上がり、素直に、笑った。

「ザクとはちげーんだよザクとは」

 小林もまた、息切れしながら、偉そうに言った。もう終わったのに、なぜか二人とも、身体を離そうとしなかった。

 そして二人はしっかと抱き合った。

「……汗くせーんだよ、サッカークソ野郎」

「……てめえもな、文芸ヤンキー」

 周囲から奇声が巻き起こった。(蛇足になるが、その時の写真が、写真部で過去一売れたそうである)

 泣きだしそうになるのを堪えているクラスメートが小林と渡を取り囲んで、そして、無茶苦茶に叫びながら、おしくらまんじゅうを始めだした。

 いつのまにかその塊は円陣になり、川地が掛け声を始めた。

「文芸部! 全員童貞!」

 津川だけがそっぽを向いた。

「よっしゃ行くぞー!」

 小林と渡を囲んで大騒ぎしている連中を、みな、ただ眺めることしかできなかった。


「俺たちもあれやんの?」

 山内たちはその有様をぼうっと眺めていた。

「契約書あるしな」

 和田が困ったように笑った。

「まあいろいろこれから話していこうよ」

「キノっぴいとスギちゃんが走ってきた」

「ごめん……俺たち、ちゃんと応援してなかった……」

 木下が二人に抱きつき、杉山が続いた。

「いいって、怪我しない程度にやろうって決めてたろ」

 軽音楽部の四人、ヲタ芸に電撃加入、なんてな。山内の口が緩んだ。


「俺、実はスコールよりファンタ派だったんだ」

 宍戸が言った。

「俺はほんとはコーラよりペプシ」

 二谷が言った。

「違うじゃん俺ら」

「ちなみに俺はあいつらのこと、ちょい羨ましい」

「俺も」

「そこは一緒なのな」

 二人は苦笑いを浮かべた。

 趣味が同じでなくても、やっぱり二人はソウルメイトだ。絶対に。


「……よかったですね」

 石原は目を細めた。眩しすぎる。

「最後はきみだよ」

 中平が言った。

「……ぼくは曲を作るから」

 石原は首を振った。中平の顔を見ることができず、前を向いていた。

「でも、まだできないんだろ? 自分史上最高の曲を作ろうとして気負っているだろう。これまできみは、自分のために作ってきた。今回は、みんなの曲を作ろうとしている。だったらきみも、あいつらと一緒になって踊ってみたらいい。アイデアが浮かぶかもしれない」

 中西の言葉に、石原は答えず黙った。

「返事はしないでいい。きみは二年間戦ってきた。頑張っていたことを、あいつらは知らないし、きみだってうまく話せないかもしれない。でも。彼らは見ての通りバカだが。優しさだけは日本一だ。部室おじさん調べたけどね。きみが助けてって言ったら、ない脳みそで考えてくれる。なんの解決にもならないかもしれないけど、一緒に世界を変えてくれる。だからみんなで自分を超えよう」

 その言葉を聞き終えて、石原は横を向いて、

「……中平ニキ」

 返事をしようとした。

 中平の姿は見当たらなかった。

 しばらく混乱して、そして、終わりそうもない騒ぎの方を向いた。

「……よし」

 石原は、文芸部たちの輪に混ざろうと駆けていった。

 文芸部は競技に参加をしなかったこと、大会の最中に大騒ぎをして進行を妨害したことにより最下位となった。


 そして六月、珍しく晴れた日曜日。商店街の歩行者天国は、買い物客で賑わっていた。

「ひやー、緊張する〜っ!」

 ふれあいコンサートの舞台裏にスタンバイしている文芸部員たちが、円陣を組んでいた。

「今日マサちゃんが観にくるんだよ」

 高橋はずっと手のひらに人の字を書いている。

「え、てことはメイちゃんもくるの?」

 三橋がガッツポーズをした。

「キノっぴい、足ツルツルじゃん」

 杉山が目ざとく木下の変化を指摘した。

「今日に備えて剃っておいたんだ〜」

「えーっ、俺もやればよかった、誰かカミソリ持ってない?」

 岡田が聞きつけて、自分の脛をさすった。

「精神集中しろよ。川地、なんか言うことないのか」

 小林が言った。

「え? とにかく、練習でやったことをしっかりやろう、とか?」

「お前さあ、キャプテンなんだから、ちゃんと率いる言葉を持てよ、本読んでるんだしさ」

 長門が呆れた。

「キャプテンじゃねえし」

 川地は首を振った。

「お前が俺たちをここまで連れてきたんだから、俺たちのボスだろ」

 渡の言葉に、全員が頷いた。

「……一番後ろで、みんなのこと、ちゃんと見てるから、安心していいよ」

 川地は言ってから恥ずかしくなり、下を向いた。

「見つめてくれんの? 俺たちのかっこよさにぼーっとすんなよ?」

 赤木が茶化した。

「惚れたって、抱いてやんねえからな!」

 津川が川地に背後から抱きついて、くすぐりだした。

「なんかみんな体育祭以来スキンシップが過剰すぎん?」

 沢本も負けじと抱きつくと、他のメンバーも続いて、膨れ上がった。

「お前ら、ここはあくまで通過点だってこと、わかってるよな」

 その様子を眺めていた西河が仏頂面で言った。威厳を保とうとしているらしい。

「はいはい、『自分を超えろ、世界を変えろ』でしょ」

 青山が口をとがらせた。

「俺ら伸び代しかないんで〜」

 葉山が舌を出した。

「パフォーマンス時間は十五分、自己紹介もMCもなし。自分たちのパフォーマンスだけで客席を沸かせてみせろ」

「はい!」

 体操着姿の二十名が、ステージに飛びだしていった。


 舞台が終わったとき、私立一高校文芸部は、三茶の顔となった。

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