あしたのために(その42)勢いで賭けるのは要注意!
軽音楽部の和田と山内は、練習を終えて並んで廊下を歩いていた。
「あれ?」
山内が振り返った。
「なに?」
「スギちゃんととキノっぴいがいつのまにかいない」
「便所とか? すぐ追いついてくるでしょ」
二人はまた歩きだした。
「体育祭の二人三脚マラソン、どうするよ」
和田は心ここにあらずだった。しばらくずっとこんな調子だ。自分はもう「終わったやつ」なのだ。練習すればするほど、その想いが膨らんでくる。でもどうしても、捨てきれずにいる。中途半端な状態だった。なにもかもに身が入らない。
「だな」
山内もまた、妙な焦りをずっと感じていて、考えがまとまらず、気持ちがわからない場所へいってしまっていた。このままではいけない、なんとかしなくては。でも、周囲の人間がこんなだから、「自分は不遇」なのだ。
「適当にやればよくね」
「ああ」
「ふれあいコンサートも近いし、練習もある、怪我したくねーし」
「だな」
バンドメンバーの杉山と木下は、そんな二人の後ろ姿を廊下の角に隠れてこっそり覗いていた。
「俺らより全然うまいのに、なんだよ」
「そこそこ才能あるやつの壁ってやつじゃん?」
「あいつらの悩みなんかより、俺たちの一大プロジェクト、元推しと極限まで近づく、が問題でしょ」
「カワちんたちがうまくやってくれるのを期待するしかないんだが」
「本当にあの作戦でいけるのかなあ」
山内と和田の前に、突然川地が立ちはだかった。
「ヤマ! ワっち!」
「なんだよ」
迷惑そうに山内が言った。
「賭けをしよう! 二人三脚、俺たち文芸部に負けたら、一緒にヲタ芸しよう」
川地は言った。『チャート式青春』にも書いてあった。
『交渉は堂々と行うべし。
ゲーム要素を入れることで、人は誘いに乗ってくる。』
「絶対やだ」
二人同時に、即答した。
「ええっ、ちょっと待ってよ」
二人はそのまま、川地を通り越して、川地がいくら声をかけても立ち止まってくれなかった。
「無理だよ、もう別にいいじゃん、結構人数いるし」
呆然としている川地に、沢本が声をかけた。
「でもさ、こうなったらクラス全員でやりたいじゃん」
とそのときだった。
「乗ってやるよ」
声がした。
「え」
声のほうを向くと、宍戸と二谷がニヤついて立っていた。
「逆に俺らが勝ったら、お前らヲタ芸なんてくだんねえこと、やめろよ」
「ちょっと、待ってよ、シシドたちリク部じゃん、そんな」
沢本が慌てた。
「なんかムカつくんだよ」
「お前らごときがダンス大会優勝なんて、無理なんだからさあ。俺らが善意で潰してやるよ」
「恥かく前にやめとけって、なあ?」
「おとなしく家でシコっとけって」
ニヤニヤしている宍戸たちを前に、川地は、決断を迫られた。
そんなリスクのある賭けに乗るのは危険だとわかっていた。小林と渡は、踊り以外はまったくうまが合わない。しかし、
「いいよ。賭けよう」
宍戸と二谷は息がぴったりだ。しかも陸上部で健脚だ。
「カワちん、コバやんたちと相談してからにしようよ」
沢本が川地を揺すった。
「いや、二人は絶対に、勝てる」
川地は、言い切った。
この勝負に、自分自身の目標まで、勝手に託した。
これで負けるようなら、それまでなのだ。
「舐められてもうた〜」
宍戸がバカにするように笑った。
「持っているやつと持ってないやつの違い、気づかないやつにわからせるのも、優しさだもんな」
二谷も薄笑いを浮かべた。小林と渡が冷戦状態なのを知っていた。いまなら、勝てる。あの妙に目立つ、目障りな二人に!
「お前らが辛い練習なんてしないで済むようにしてやるから、さ。感謝しろよ?」
宍戸が川地を睨みつけ、言った。
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