あしたのために(その40)宍戸と二谷はソウルメイト

 四限がまもなく終わろうとしていた。生徒たちの頭は授業内容がまったく入ってこず、昼飯のことしか考えていない。そのとき教室に、能天気な電子音が響いた。

「おい誰だ! 学校に必要のないものを持ちこんだのは!」

 やる気のない教室の空気に苛立っていた教師が怒鳴った。

「あ、違います俺の昼飯です」

 宍戸ジュンが悪びれず立ち上がり、そして教室の後ろに置いてある炊飯器を見せた。

「出来上がりの時間を間違えました」

 おもむろに炊飯器をひらき、湯気の立つ白飯をうっとりと眺めた。「俺、飯の炊けた臭いが一番好きなんですよ」

 昼休みになり、宍戸は炊き立ての飯をよそって二谷キンジに渡した。

「炊き立てを食えるってのはいいな」

「だろ?」

 炊飯器を学校に持ちこんで、「弁当箱だ」と言い張り、誰にも注意されない男たち。陸上部の宍戸と二谷だった。彼らは異常なほどにくっつき、つるんでいた。二人とも、なかなかの面構えで、よく言えば大人びている。悪く言ったら、老けている。高校生らしからぬいかつい風貌で、周囲から距離を置かれていた。

 彼らは息がぴったりすぎて、他を寄せ付けようとしない。というか、お互いがいればべつに他に友達なんて必要なかった。

「なんか騒がしいな」

 二谷は教室を眺め、眉をつりあげた。

「クラスの連中、川地を中心にキモいことやってっから」

 宍戸が興味なさそうに言ったとき、遠くでプロテインを飲んでいた川地と目が合った。川地はいつだって、声をかけようと狙っているらしい。手を振ってきた。

 宍戸は舌打ちをした。

「くだらねえな」

「わかる!」

「ていうか体育祭、俺ら二人三脚ペアだったぞ」

「マジか、優勝じゃん俺ら」

「格の違い、わからせてやっか」

「だな」


 この学校の体育祭のチーム分けは、クラスでも学年でもなく、部活対抗だった。

 ここ十数年、サッカー部の無双状態。さまざまな称号と優遇を得てきた。特に現在、渡をリーダーとした通称ダイモン軍団(近所の個人経営コンビニ「ダイモン」にたまりがちだから)は、ボスである渡との絆? によって結束され、今年も優勝確実。

 先輩の名を汚すわけにはいかないと、後輩たちは燃えていた。

 体育祭なんて。やる気があるのはサッカー部のみ、他は適当にこなしているようなものだった。

 しかし今回、競技参加者が掲示されたとき、校内に激震が走った。


 二人三脚リレーペア 文芸部 渡・小林


 目下抗争中の二人であった。

 サッカー部員たちの気合いは雪崩を起こした。鬱になる者、病欠する者たちが続出するほどだった。

 三年D組には、運動部のエースが揃っている。そしてヲタ芸参加者は、体育祭で文芸部に兼任することが決まった。去年までは他の文化部とセットだったというのに、今年文芸部は初の単独参加を果たし、注目株となっていた。

「これ優勝できるんじゃないかな」

 稽古の休憩中、沢本が川地に言った。二人は壁にもたれて、座りこんでいた。

「それな」

「優勝したら部の顧問が奢るって伝統らしいけど、西河には期待できないねえ」

「それな」

「おい」

 ぼうっとして生返事ばかりの川地に腹を立てて、沢本は川地の頬を抓った。

「それな」

 痛みも感じられないのか、ただ生返事を繰り返した。壊れたおもちゃみたいになってしまっていた。

「カワちんさ、露骨すぎでしょ」

「それな、え?」

 川地はひとりの世界から帰還し、沢本を見た。

「コバやんとワタリがセンターなのは、ぼくも賛成。二人ともモテるし。みんな見た目は悪くないよ。ツーさんもアカくんもターちゃんも、みんな。カワちんだってまあ、見ようによっちゃ、味のあるイケメンってことにしていいけどさ。でもあの二人はやっぱり、格が違うよ。主役を張れるっていうか、さ」

「……それな」

 川地の目の前で、噂の主役二名はそっぽを向いている。


 小林は渡を認めたくなかった。だが渡がセンターだと、みんなが追いこまれ、上達の速度が速い。これまでが嘘だったようなスピードで、仕上がっていく。確実に、できるやつに引っ張られていく。基準が渡になると、これまで余裕をかましていた津川や赤木でさえ、ついていこうと必死の形相を浮かべた。

 川地時代のポンコツを前に、みんながそれなりに合わせるのとは違っていた。川地の振りは微妙に遅かったり早かったり合わせようとすると、どこか締まりがない。

 小林だってわかっている。中心がしっかりしていると、自分も向上するのだ。

 でも! だが! やっぱり納得いかない!

「小林! いいぞ! キレッキレだな〜」

 西河のかけ声に、ムカついた。

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