あしたのために(その18)ステージに立ったときにぼくの語ること
自分を奮い立たせてステージに駆け上がったものの、全身が震えていた。川地は舞台上から集まっている客を一望した。
「みなさん、はじめまして……」
昨日何度も練習したというのに、声が小さくなってしまう。見物客はまばらだし、先の通りではたくさんの人たちが通り過ぎていく。ちらりと視線を舞台に向けても、そのまま立ち止まってもくれない。
自分たちは、誰からも注目なんてされていない。現実を突きつけられた。それが悲しいのと悔しいのと、そして腹の底からムカついた。
客のあちこちで、知っている顔を見つけた。クラスの連中だった。みんな何事かと驚いていたり、にやにやしていたりしている。どいつもこいつも、自分の中で一番オシャレな私服を着ているつもりらしい。ステージに立っている自分たちは、膝に穴のあいた学ジャーだった。たしかにサワもんの言うとおりだ。明日の学校でなんと言われるか。
自分たちが努力したって、そんなもの、誰からも評価なんてされないのだ。誰も褒めてくれないのだ。好きでやっているだけ、迷惑をかけないのなら、勝手にやっていればいい、そんなふうに突き放される。
負けるか。
ぜったいに、全員をびっくりさせてやる。
「ぼくたちは高校の文芸部なのですが、パフォーマンスを」
気持ちを入れ替えて話しだしたとき、川地の目が群衆のなかにいる人を見つけ、そして言葉を失った。
「カワちん?」
隣にいた沢本が驚いて声をかけた。
「……パフォーマンスをしています。まだまだ未熟者ですが、みなさんに、どうしても見せたくてステージに……」
小林が川地のマイクを取り上げ、かわりに話しだした。
川地の視線を沢本が追うと、そこに、いつも世田谷線で乗り合わせる女の子がいた。しかも、隣にいる背の高い男と親しげに話している。
いじめなんてものより一大事だ。気になっている女の子が見にきているんだ。川地の顔が真っ赤になっていき、脂汗をだらだらとかいているのがわかった。
「……大丈夫?」
沢本の小さな声は川地には聞こえなかった。
「よろしくお願いします! 一曲目はーー」
小林が川地の代わりに怒鳴った。
その場にいた観客全員がびくりとして、波打ったように見えた。さすが小林、三茶の狂犬と呼ばれているだけある。なんならここにいる全員を半殺しにできるという謎の自負があるのだろう。
立ち位置につき、深く呼吸すると、音楽が始まった。
まったく頭が回らない。
散々練習をしてきたから、振りはちゃんとできている。音楽だって聞こえている。でも、ひとつひとつの動きがまったくしっくりこない。緊張していて身体がぎこちなく、うまくいかない。音とずれていく、ぴったり合った感覚がない。
パフォーマンスをしながら、いろんなことに気をとられすぎている。客の反応が見えてしまう。焦る。客の顔はしっかりわからないのに、全体の空気が悪いのを感じる。みんなが気を遣って、自分たちに付き合っているように思えてくる。うまいとか、へたとか、そんな感想すら持たれていない感じ。思考に引っ張られて頭と身体が連動しない。
右の小林はまったく気にしていないらしい。センターは自分だというのに、小林についていこうとして余計にずれてしまう。
左にいる沢本は、そんな焦りよりも、きちんと踊ることに精一杯みたいだ。言いだしっぺの自分がしっかりしなくちゃいけないのに、自分が一番気が散ってしまっていた。
あ、クラスメートが馬鹿にしている気がした。
あ、だれかがつまんなさそうにしている気がする。
あ、誰もが退屈している。
教室にいる自分みたいに。
「なにかおもしろいことないか?」と。
まったくやり切った気持ちも起きないまま、一曲目が終わってしまった。遠くで一人拍手をしてくれている。よく見ると、馴染みの本屋の店員だった。それに救われたような気持ち、そして恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
すぐに、二曲目が始まる。
この曲の西河たちのパフォーマンスを見て、自分は始めたのだ。自分たちも、西河のように、見てくれた人に、なにかを届けたい。でも、なにを届けることができるのかわからないけど、でも、と無理に気持ちを入れ替えようとしたときだった。
背の高い男の腕が世田谷線の女の子の肩に手をかけた。もう飽きたから見るのをやめよう、と言ったのだろう。
そりゃそうだ。貴重な時間を立ち止まらせることなんてできないんだ。
諦めかけたときだ。
女の子が男の手を払った。男だけが去っていき、女の子は、まだ、ステージを見つめてくれている。
目が合ったように、勝手に思った。
「あ」
ぼーっとしてしまった。出遅れた。振りが、飛んだ。まだ頭で順番をいちいち考えながら動いていたから、身体が動いてくれない。
どうしたらいいんだ? まるでひどい風邪を引いたみたいに身体中が震えて。
川地は立ち尽くしてしまった。
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