あしたのために(その17)友達にバレたくなんてなかった!

「え、なんか、え」

 沢本が動揺した。

「すごいな」

 小林すらも感嘆の声が漏れてしまう。

 浴衣姿の集団だが、背筋はピンとしており、目線はまっすぐ舞台を向いている。まるで、戦地に赴く兵士のようだ。近寄りがたい雰囲気を纏っていた。一瞬、理事長のことを思いだした。

「覇王色の覇気ってやつだな」

 中平が言った。

 三人は息を呑んで、女性たちが舞台袖からステージに向かっていくのを見届けた。

 まばらな拍手が聞こえ、そして普段聞くこともない三味線が始まった。

「バックステージの殺気を見ていたろう? きみたちはどこかで伝統芸能を下に見ている。なんでそんなことをやっているんだ、と。興味のないものはつまらないものだ、と思いこんでいた、というところかな。しかしそれは、きみたちの好奇心の限界を露呈してるだけ。すべてのものが、面白い。そして、ステージに立つ覚悟ってやつを見たろう。激動の昭和平成令和と生き抜いたみなさんは、面構えが違う」

 ステージに立つ、恥をかいたらどうしよう、失敗したらどうしよう、そんなことばかりに不安になっていた。しかし、舞台にあがったとて、そんなしょうもない、自分を守るようなことにとらわれていては、小さくせせっこましいものしか表現できない。

「自分たちのやっていることを、かっこいいことだと本気で思っていなくては、真のパフォーマンスを、そしてきみたちが大好きな『自分らしさ』だの『ありのまま』なんていう他人からしたらクソほどどうでもいいことすら、伝えることなどできない」

 中平は言い切った。

 三人はしばらく、舞台から流れてくる音を聞き続けていた。音楽が鳴り止み、まばらな拍手があがった。

 舞台から降りて、公民館に向かう日本舞踊おばさんたちは晴々とした表情を浮かべている。

 自分たちもまた、そんな顔をすることができるのだろうか。川地は言葉を失くした。

「文芸部じゃん、なにやってんだよ」

 声をかけられた。見ると同じクラスの軽音楽部の四人、山内、和田、杉山、木下が楽器を入れたバッグを抱えて立っていた。

「なにやってんの? しかも学ジャーで」

 山内ミツルが、メガネを正しながら言った。

「お前らこそなにやってんだよ」

 うまく説明できず、川地が訊き返すと、

「これからふれあいコンサートに出るんだよ。地元のイベント出演はオッケーだから」

 木下トモヒロがニキビだらけの頬をかいた。

「地域イベントに参加すると内申評価アップするから、軽音は毎回出てるんだよ」

 杉山コウタが髪をいじっている。晴れ舞台に備えて散髪してきたらしい。

「リストになかったけど」

「バンド名で出てるから。『ヤング・アンド・スプラッシュ』っていうんだけど」

 さっき貰った、コピー用紙を折っただけのパンフレットをひらいた。たしかに「インストバンド」として、ださい名前が載っていた。

「俺たちもこのステージに出ることになったんだ」

 川地の背後から、小林が代わりに答えた。

「なにやんの? 野外ステージで朗読?」

 和田リツがジャージ姿の三人を、つまらなさそうに眺めた。

「……まあ、楽しみにしていろよ」

 さすがの小林も、ヲタ芸をするとは口にしづらいらしい。

「そうなんだ、今日暇だったらくるってクラスの連中言ってたよ」

 山内は川地の肩を叩いた。

「クラスの? みんな?」

「お前ら昨日、終礼のあとすぐ帰っちゃってチラシ渡せなかったけど、出る側だったか。お互いいいとこ見せてやろうぜ」

 じゃあ、とりあえず荷物置くから、と軽音の四人は、公民館のなかに入っていった。

「みんなにばれちゃうよ」

 沢本が地べたにへたりこんだ。

「いずれどうせばれる」

 小林がそっぽを向いた。

「でも、ずっと先だと思ってたもん!」

「大丈夫だ、芸能人の不倫もワイドショーが取り上げなくなったら、みんな忘れる、厳しい時期は一瞬だ」

 中平があくびをした。十代の繊細な不安や悩みになど、まったく興味がないのだ。

「テレビの話だもん!」

 沢本が叫んだ。「絶対にこれ、いじめにつながるやつだもん。文芸部ついに気が狂ったとか、オタクをこじらせたなれの果てを見たわーとか、エッチできないから棒を振り回してんだろ? とか言われるんだ……」

 稽古のあいだ、ずっと思ってきたんだろう。つらつらと最悪な暴言を並べた。

「されてから悩めよ、想像して勝手に問題にするな。そもそもきみたちなんて、はっきりいって誰も興味なんてもってもらえない存在だ。やられたらやり返せ。できないのなら、コバやんの影にでも隠れていなさい」

 中平は腕時計を見た。

「もうじき時間だぞ。きみたち、さっきぼくが言った深イイ話、もう忘れちゃったよね。ま、いいけど。とにかく、真っ白になってやってこい!」

 その叱咤は沢本には響かなかった。

「サワもん、ごめんな、こんなことに巻きこんで」

 川地が沢本の肩に手をかけた。

 むりやり引きこんだんだ。沢本は、とにかく他人の目を気にする。それは川地のためだった。川地を、他人の野蛮な視線から守ろうとしてくれているのだ。

「カワちん、取り乱してごめん」

 沢本が下を向いたまま、言った。

「俺らのヲタ芸がかっこよければいいんじゃね?」

 小林が言った。「馬鹿にされたとして、ヲタ芸のことじゃなくて、俺らの踊りだろ。だったらもっと頑張ればいいじゃねえか」

「……奉仕活動しなかったくせに」

 沢本が泣きべそをかきながら、言い返した。

「よし、やってやろう!」

 川地は二人を叩いた。「俺たち、ここがゴールじゃないから! もっといっぱい人がいるところで来年には踊るんだから!」

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