あしたのために(その16)ついに本番がやってきた!

 我流での稽古をこなしながら、日々は過ぎていった。

 ネットで検索してみると、多くのパフォーマンス動画がある。いまやヲタ芸は一つのメディアとして成立していた。新作アニメの主題歌で踊って何百万再生、なんてものもざらだ。

 技やテクニックをメモし、ひとつずつ技を練習して身につけていく。今回は、西河たちが踊っていた楽曲のほかに、観客もわかるように、去年大ヒットしたアニソンも最初に踊ることにした。

 中平はまったく稽古を見てくれようとしなかった。

「ぼくらだって指導者なんていなかった。まずは自分たちでやってみて、そしてお客さんの前で打ってみればいい。それからだ」

 と中平は興味なさそうに言うだけだった。

 なんとなくさまになりだしたのは、本番直前だった。

「大丈夫かなあ、大会に出場するのにも、こんなに練習しないとできないなんて」

 川地は肩を落とした。

 まったく思うようにいかない。

「じき慣れるだろう」

 小林は意外と覚えが早い。奉仕活動をまったくしていない分、自主練をしているのかもしれない。

 一度保育園にきまぐれにやってきたとき、小林はやたらと園児にモテた。

「あんないつ襲いかかってくるかわからないような人なのにねえ」

 子供たちが夢中になって、小林へ群がっていく様子に、二人はびっくりした。

「いや、子供は本質を見抜いているのかもしれんぞ」

 川地もまた驚いていた。あれだけさんざん遊んだというのに、キッズたちは自分たちに見向きもしてくれなかった。

 小林は子供に怯えられもせず、舐められもせず、一緒に遊んでいる。精神年齢が一緒なんじゃないか、と負け惜しみを言ってやりたいくらいだった。

 しかし小林は、一度出たからお役御免と、それから一切参加しようとしなかった。

「とにかくやってみるしかないだろ。しかし、日本舞踊と和太鼓の合間にアニソン爆音でかけるって、このふれあいステージって、意外とぶっ飛んでいるかもね」


 ふれあいコンサート当日、参加者の控室代わりになっているステージそばの公民館に三人が入ると、そこは戦場だった。

 参加団体が入り乱れ、あちこちから大声で叫んでいる。

「ねえ、わたしの帯どこにいったか知らない?」

「あの人まだきてないんだけど、晩御飯のお買い物? ふざけないで」

「おさらいする時間なんてないわよ、あんた」

 声の多くは年配の女性たちである。

 なんだ、これは。

 三人は入口の前で、立ち往生した。

 もうすでに場は埋め尽くされており、床には衣装や道具が散乱していて、足の踏み場もない。自分たちがお邪魔するスペースはどこにも見当たりそうもなかった。

「あのう、ぼくたちどこに荷物を置いたら……」

 近くにいたおばさんに声をかけると、

「どこでもいいから、歩くの邪魔になんないところに置いといて!」

 鬼気迫る声で吐き捨てられた。

 三人はすみっこに荷物を置き、ひとまず外で本番前の最終点検をすることにした。薄暗い、まわりの建物の影になってしまって、地面が湿っている駐車場を見つけた。

「わかったようだね」

 中平が三人の元へ近づいてきた。

 慣れない場所に不安だらけななか、ただのむさ苦しいだけのおっさんなのに、まるで救い主のように思えた。

「初舞台おめでとう」

「よかった、もうぼくたちほんと、どうしたらいいのかわからなくって」

「見てみろ」

 中平が舞台袖を顎で示した。

 ちょうど、日本舞踊のグループのおばさんたちが、ステージに向かうところだった。

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