あしたのために(その15)実績づくりが重要です!

「もっと練習がしたい? だから奉仕活動を休みたい?」

 川地の訴えを、中平が嫌味ったらしく繰り返した。

「はい」

「だーめ」

 中平が腕を組んで懇願する後輩たちを見据えた。

「もういいだろ、したって意味ねえよ」

 参加もしないくせに、真っ先に小林が反抗した。

「きみたち、すべての体験が、自分のパフォーマンスに役立つってことをわかっていないなあ」

「児童のおもりとか掃除のなにが」

 さすがの川地も反論した。もう飽き飽きしていた。どんどんやろうとしていることから離れていく、そんな焦りがあった。

「カワちん、きみは自分のまわりにはろくな人間がいない。クズはどうせクズみたいな生き方しかできないって言っていたね」

「後半の部分は言ってないし。捏造しないでもらえます」

「これでずいぶん視野が広がったろう? 同世代以外のみなさんと交流し、子どもは子どもらしく健やかに遊び、大人は働き、そして趣味を充実させている、と」

「まあ、はい」

「ただ眺めているだけでなく、飛びこんでみることで感じたことがあるだろう。見る目が変わったろう。子供たちはいずれいまのきみたちと同じ年になる。お年寄りはきみたちと同じ年の頃があった。つまり、誰だって過去はあり、未来もある存在だ。死んだ目をしているおじさんだって、生まれたときは赤ん坊だ」

「まさか意識改革のためにやれってか」

 小林が顔をしかめた。

「そっちはついでだった。とにかく、きみたちは三軒茶屋の皆さんに、自分たちがやろうとしていることを伝えたはずだ。これが第一段階。そして、きみたちが頑張れば頑張るほど、まわりは注目しだす」

きみたちに足りないもの、それはフォロワーだ、と中平は言った。

「ぼくたちSNS禁止です」

「ネットだけがフォロワーじゃない。ネットやっていないやつなんてごまんといるぞ。それよりも、お年寄り、小さなお子さんを持った親御さんたち、指導してくださったみなさんにきみたちを応援してもらうんだ。町のみなさんが、きみたちに注目する、そんなふうにネット以外の広がりを作れ。必ずきみたちの力になってくれる。きみたちが発信できなくても、見てくれている人たちが伝播してくれる」

 なんとなく、説得力があるようなないような。いやいや待て待て、この人、ただの部室おじさんだぞ。お前こそ働けよ。

「でも、出場者はほぼインフルエンサーっぽいんですけど」

 沢本が恨めしげに言った。

「恋愛リアリティショー出演? コレクションのランウェイ? スーパー高校生? 虚飾まみれのいけすかない連中だ!」

 中平が突然鬼の形相で一喝した。なんだか僻みにしか思えなかった。

「ムカつくけど、そういう経歴があったほうが、予選通過しやすそう」

 沢本が食い下がると、

「なので、実績を作る。きみたちに初舞台を用意した」

 中平が尻ポケットから畳んだ紙を取りだして、広げた。


『三茶★ふれあいコンサート 参加者募集中♡』


 とスーパーのポップみたいなフォントで大きく書かれていた。

「え、なにこのダサいチラシ」

 いまどき手書きである。

「いつの時代から使いまわしてるんだろ、これ」

 沢本が紙をぺらぺら揺らした。

 どうやらこのイベント、季節ごとに開催されているらしい。通りが歩行者天国になるタイミングに、傍の空き地で行われるという。

「こんなの出たって」

 イベントの質はチラシで大体わかるものだ。多分これは……。

「そもそもきみら、なにもないんだから。まずは一つ、実績を作るしかないだろう」

 舐めていると怪我をするぞ、と中平が不敵な笑みを浮かべた。

「とにかく、参加するんだったらまず最低二曲は仕上げなくちゃな」

 小林が興奮気味に言った。パフォーマンスを披露することについて迷いはないらしい。

「衣装どうする? みんなでお揃い買う?」

 沢本が声を弾ませた。買い物したいだけだ。

「そんなの、イチ高のトレードマークといったら、ふんどしに決まっているだろう」

 中平が当たり前のように言うと、

「絶対やだ!」

 三人が揃って叫んだ。

「息が合ってんなあ」

 たしかに、伝統だか知らないが、寒中水泳実習だの体育祭の組体操だので、やたらとこの学校はふんどしを装着させられる。いまではすぐに締めることができるようになった。多分、学校を卒業したら永遠に身につけないだろう。

「だったら学ジャーでいいよ。制服だとちょっとあざとすぎだしね」

 ふんどしのほうがやりすぎではないか、と川地は口答えしたかった。

「どうせ誰も見ちゃいないんだから、気楽にやんな。あと、観客を増やすために、奉仕活動は継続、でも、練習はきちんとしておいてね」

「一度練習を見てもらってもいいですか?」

 川地は頭を下げた。客観的なアドバイスがとにかくほしい。

「ぼく、忙しいから」

 いつも暇そうに部室にいる男がきっぱり断った。

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