あしたのために(その14)やるべきリストに従え!
にしても、中平がやれと命じたことがさっぱりわからない。
中平の手書きのリストを見てみると、そこには、
あしたのために(その1)自宅を完璧に清掃するべし
あしたのために(その2)老人ホームでお手伝いをするべし
あしたのために(その3)放課後クラブのお兄さんをするべし
あしたのために……
と、百の「べし」がある。そのすべてをやれというのだ。しかも、それらがいったいヲタ芸となんの関係があるのかさっぱりわからない。うちの手伝いや地域活動をしろ、とばかりある。
「いったいなんでこんなことしてるんだろ」
保育園のプレイルームで、へたりこみ、途方にくれた。部屋では子供たちが大騒ぎしている、阿鼻叫喚の状況になっていた。
「カワちん助けてえ……」
声の方を向くと、沢本は何人もの児童に乗っかられて、手を伸ばして呻いている。
「ほんとうに助かる」
保育士さんがやってきて、川地に声をかけた。
「やっぱり若い子だと、チビたちのパワーに負けないわねえ」
「いえいえ」
……完全に惨敗です。もうほんとに、こいつら全員もう少し歳を取ったらなんか奢れよ、って思ってます。どうせ忘れちゃうんだろうけど。
忘れる、というのは、なんてありがたい機能なんだろう。
甲高い声の洪水のなかで、川地はときどき、自分の内側がとても静かで暗いように感じた。そこに目を向けていたら、足元を掴まれそうになる。
川地はかぶりを振った。
「もう時間でしょ、ありがとうね」
ぐったりしながら二人は保育園をあとにした。
放課後と土日は、奉仕活動、そして町内で開催されているイベントの手伝いをしている。
ありとあらゆる人々に、「なんで手伝ってくれているの?」と訊ねられた。珍しいのだ。
「人生経験を積もうと思いまして。ぼくらはいま、ヲタ芸っていうのをやろうと思っておりまして、師匠からさまざまな体験をすることで、芸の肥やしにしろと」
中平に、そう答えろと言われていた。
「なんだかさっぱりわからないけどすごいねえ」「応援するねえ」と不思議がられた。いや、こっちもさっぱりわかっていないんですけどね、と頭をかくことしかできなかった。
川地と沢本が本日のミッションを終え、世田谷公園へ向かうと、小林がかったるそうにベンチに座っていた。
「なんでコバやん、奉仕活動にこないの」
沢本が不平を漏らした。
「用事があるから」
絶対ないに決まってる。と思いつつ、あくまで自主的に、自分たちは中平の指示に従っているのだ。しないという選択だって尊重しなくてはならない。そもそも小林に「やれ」と強くは言えなかった。
「じゃ、練習しようぜ」
小林はパーカーのポケットからキンブレを二本出し、スイッチをつけた。ぱっと光が放たれる。
夜にその光はとても目立ち、輝いている。
「学校じゃできないからって、わざわざ公園で夜に練習なんて」
沢本はぶつぶついいながらキンブレを出した。
「お前らが来る前に、ちょっと練習してみた」
小林が言った。足を広げ、カウントしながら腰から上半身を左右に動かし、ペンライトで円を描いた。
「OADじゃん」
川地は拍手した。
「一人で振り回してたの? 恥ずかしくないの?」
沢本の顔がひきつった。
「みんなでやったって恥ずかしいだろ。気にしねえよ。そもそも大きな野望がある人間が周りの視線なんて気にしていられねえだろ」
小林はたまに妙に実感のこもった発言をする。「早く本番用の使い捨てペンラでやりてえな」
「よし、やろう」
川地がカウントをとりながら、ネットの動画で見た基礎技をさらっていく。歌に合わせて動きを流していくなんて、まだ到底できない。
とにかく練習をしなければ。
「自分たちの動きを動画で撮って確認する必要があるな。鏡の前でやりたいから、どっか鏡張りのとこ探すか」
小林が悔しそうに言った。
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