あしたのために(その13)合トレさせてください!
「合同練習したい?」
川地のクラスメート、高橋ハルキは目の前にいる三人の申し出に首を傾げた。野球部のトレーニングと文芸部の活動を、どう合同させるというのか。
「ちょっと運動を始めようと思って」
ジャージ姿の川地が照れている。どうも信用ならない。
「まあ別にいいけどさ。今日はリクレンだけだし」
高橋は、よれよれの汚れた学ジャーを着ている三人を訝しげに眺めた。
「ターちゃん、ありがとう!」
野球部のランニングに文芸部の三人はついていく。始まって三分も経たずに沢本がへたりこみだし、川地が「ほら! サワもん!」と励まして立たせようとする。
部員たちと同じペースで走っているのは小林だ。
「なにやろうとしてんだよ、文芸部」
高橋が小林の横に入り、おそるおそる話しかけた。
「別に。ダイエットだ」
ランニングをしている連中の誰よりも体格のいい、小林がしれっと答えた。
「一年のとき、運動部に誘われまくってたろ」
高橋は小林を眺めた。惜しい人材だった。いつだって予選一回戦負けの野球部だが、こういうやつがいたら、二回戦、あわよくば三回戦まで進めることができたかもしれない。
「運動とか興味ねーし、つーか無駄だろ」
小林の息はまったく乱れていなかった。
「だったらなんで走ってんだよ」
「それは、文芸部もさ、体力ないと文章なんて書けないんだって」
沢本を捨てて追いついてきた川地が割って入った。
「貧弱な身体では、ほんとうの文学なんてできないんだよ!」
川地が先頭まで走り抜けていくと、小林もそれに従った。
「待って、カワちん待ってえ……」
とむちゃくちゃな走り方して、沢本が泣きべそをかきながら追いかけた。
「なんだあいつら」
高橋はさっぱりわからず太い眉をひそめた。
走りこみを終えた野球部員たちが、ぞろぞろとトレーニングルームに向かっていく。
文芸部の三人も野球部のあとをついていく。沢本が川地に肩を抱かれて引き摺られている。横の小林は肩を貸すつもりもないらしく、口笛を吹いていた。
「もおやだ、帰りたい。帰ってママンのアップルパイを食べたい……」
「なんでフランス訛りなんだよ」
沢本のうわごとに川地はつっこんでやった。
夏にあった修学旅行という名の富士山登山合宿でも、沢本は早々とグロッキーになり、川地が抱えて登山することになった。自分はこいつのおかげで、わりと体力があるのかもしれない。
「始めてから一週間もたってないんだからな」
小林が小馬鹿にするように言った。
「ていうか中平のオジ、永遠に生まれない子供を腹に抱えてるみたいな体型のくせして、ぼくらには体脂肪率10パー以下になれって、何事?」
中平は、他にもさまざまな要求をした。
「休みの日は家の拭き掃除を『真剣に』やれ。親孝行になるし、いいエクササイズになる」
「毎朝ラジオ体操をしろ。ストレッチしろ。柔軟性が必要だから。あと早寝早起きを心がけよ」
と西河のメニューのほかに、百の『あしたのために』リストを渡された。
最も大事なヲタ芸のほうは、「自分で動画見て、振っとけ」と適当だった。
まったく意味がわからん。
「西河のメニュー、他になにか書いてなかったの? 踊りのコツとか、鶏胸肉の美味しい調理法とか」
沢本はなにもかもにうんざりしているらしい。
「全然、熱い思いを語ってるだけだった」
「根性論だけじゃ人は動かねえんだよーっ!」
沢本が無駄に叫び、前を走っていた野球部員たちがぎょっとして振り返った。
「元気あるな、お前」
小林が感心して言った。
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