あしたのために(その12)練習練習練習!

 まずすべきことは技の習得である。

「動画サイトを手本にしながら練習するしかないな。探せば結構あるから勉強するのに困らない」

 部室になぜかあった蕎麦打ち棒を両手で握って、川地が言った。

「これでやんの」

 沢本は申し訳程度にシャープペンを持っている。

「この程度の逆境なんぞ、どうとでもなる」

 小林はといえば、音楽室から拝借してきた和太鼓のバチを掲げている。妙にしっくりくる。

「撮影までに完璧な動きをマスターするしかない」

 川地は国語のノートをうしろから開いた。

「うわ」

 沢本が中身を見て、声をあげた。

「動画を見て、いちおうペンラの振り方をノートに書いてきた」

 十数ページに渡って、振りの流れを線で描いた人のイラストによって説明されていた。

「こんなことやってたの?」

「なにせ時間が足りないからな」

「応募締切って年末でしょ、まだまだたくさん時間あるでしょ」

「ゼロからスタートだ。時間は足りない」

 小林が言った。

「なんでそんなマジになってんの? むしろコバやん、キャラ変してない?」

「俺は凝り性なんだ」

「そりゃまた、新たな一面を知りまして」

「ネットで調べたが、まず基本技がある。それを完璧にマスターしなくちゃどうにもならん。まず有名な技でOADってのがあって」

 川地がしゃべっていると、

「狭い部室で練習すんなよ、ぼくの読書の邪魔だ。送る映像は五分以内、本戦は十五分以内。その間集中力を途切れずにやる切るために、技もだけれど精神鍛錬が必要だよ」

 中平が重ねた。

「どうしたらいいんですか」

「そうだなあ、車の清掃とかしたら? 『ベスト・キッド』って映画知ってる?」

「からかわないでもらえますか」

 なんで今からパフォーマンスの練習をしなくちゃいけないのに、清掃なんだよ。そもそもなんだよその映画。

「いや、してない。きみらがこれまでで一番真剣になっていて、むしろ怖い」

「中平さんたちはどんな練習をしていたんですか?」

「まあ、これかな」

 中平は掃除用具入れをあけ、なにかを探し始めた。

「この掃除用具入れ、四次元に繋がってんのかな」

 沢本が言った。

 中平がルーズリーフを放った。

「あ、これ」

 西河の署名入りの記録だった。

「昔あいつが捨てたの、とっておいたんだ。そこにメニューが書いてある。基本的に体力作りが必要。また、持久力と瞬発力を養わなくてはならない。そしてもちろん見た目も。なにせヲタ芸なんて、昔はキショガリかふくよかな体型の人間がするものだと、世間は誤解していた、それを覆さなけばならんと」

「つまり」

「筋トレと有酸素運動、あと。身だしなみ。ボサボサの髪とか汚い肌なんて論外」

 ふくよかでゆるい見た目のおっさんがぬかしたところで、説得力なんてない。

「やだ!」

 沢本が悲鳴をあげた。「マラソン大会も当日風邪を引くように計画して逃げてきたのに!」

「こいつ器用だな」

 中平が呆れた。

「マジです。当日に高熱を出すように一週間前から薄着で過ごして、不摂生な食事をしていました」

「そんな愚かな努力をしないでも、毎日少しづつ体力作りをすりゃいいものを」

「この通りのメニューを今日からしよう。ランニング10キロ、タンパク質を摂りながらの筋トレ、ローファットによる脂肪を抑えた食事……なるほど……ほとんどこれアスリートのトレーニングじゃないか」

 そのリストに、川地も怯みそうになった。

「サワもん、きみも高校を卒業をしたら女子と交流することになるぞ。であるなら今から見栄えを良くしようと頑張ったっていいんじゃないのかね。きみ、どんな女の子がタイプなんだ」

「……顔とかはとくにタイプはないもん」

「性格重視か」

「カワちんと仲良くできる女の子なら誰でもいいもん」

「は?」

 川地が睨んだ。

「カワちんは女の子とまともに会話できないから、カワちんに優しいコがいい」

「なんでいま俺の話題になってんだよ」

「なるほど、カワちんも身体を鍛えて夏にビーチで黒ギャルにモテモテになるはずだから、そこんとこは問題ないだろう。きみは隣にいて見劣りしないようにしておくべきじゃないかね」

 中平が言った。

「それは」

 沢本が口ごもった。

 中平はさすがに年の功というか、へ理屈をつけるのがうまい。

「なにはともあれ、カワちんとサワもんは体力作りだ。コバやんは……きみ、フィジークの大会目指したら? 優勝狙えるんじゃん?」

 中平はべたべたと小林の身体を触った。

「金もらえるならやるけど、賞金がわりにプロテインだけならやだ」

 小林は憮然として答えた。

「了解、あと、きみたちアニメは観るのは好きか」

「あんまり観てないです」

 川地は言った。

「歌詞の世界観を理解するためにもアニメを観なければならん。とりあえず応募曲はなににするつもり?」

「DVDの一曲目がいいです」

 あのパフォーマンスにやられてしまったのだ。あんなふうになりたい、やってみたい。

「『God Knows…』か。じゃ、まず涼宮ハルヒをアニメと原作、全部さらうように。部室に本はあるから、全巻読破ね」

 中平が「終了」と手を叩いた。

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