あしたのために(その9)エロより興味深いものとは
「なんだこりゃ」
川地はディスクを手に取った。
「いや、そ、それはなんでもない」
中平の態度が豹変して、突然まんがみたいに嘘くさくどもり、慌てだした。
「なんですか、エロいやつですか?」
川地は笑いながらディスクを傾けた。
「いいから元に戻しなさい」
エッチなやつかな。恋愛編にはさまっていたんだから、あれのハウツー動画なのかもしれない。でもいまどきDVDもないだろう。ディスクの表面に、文字が書かれていた。
『少年よ、ペンラを掲げろ! ついでに神話になれ!』
下に署名がある。
「西河タイチ」
思わず口にしてしまった。書いたのは、西河?
「わざわざ名前書くなよ、目立ちたがり屋め」
中平は頭を抱えた。
「どういうことなんですか」
「あいつもこの学校出身なのは知っているよね」
中平は観念したらしかった。
「まあ」
ことあるごとに「俺が生徒だった頃はもっとがんじがらめだったぞ」と西河がほざいていた。
「で、イチ高のもっとも触れてはいけない暗部の張本人が、やつなんだ」
「どういうことです?」
「しょうがない、そのディスクを観ればいい。持ち出し厳禁だが特別に貸してやるよ。他のやつらには見せるなよ、絶対に! 絶対にだぞ!」
まるでこれじゃ、ネタ振りみたいじゃないか。見なかったら、逆に怒るんじゃなかろうか。
「貞子でも出てくるんですか」
「見てのお楽しみ。衝撃で漏らすなよ」
中平はソファにふんぞり返った。
部室を出ると、小林がかったるそうに廊下を歩いていた。
「ああ、コバやん」
「おう」
二人は並んで歩いた。
小林は自分からはなにも話さない。この無口、というより面倒くさがりの同級生と、ろくに会話もせずにこれまで過ごしてきた。
「コバやん、大学はどうすんの?」
「行かねえ」
「まじで?」
推薦で大学に入れてくれるというのに、勿体無い。
「大学なんてべつに楽しいとこでもなさそうだし、金稼いだ方がいいや」
「そうなんだ」
闇バイトでもすんの、と軽口を叩きそうになった。さすがに不謹慎だし、ご両親が学費を出せないのかもしれない。
小林がいったいどんな家庭環境でいるのかは知らない。そういう話はなんとなく訊きづらかった。小林だって、答えやしないだろう。
三軒茶屋駅について、じゃあな、と別れかけたとき、そうだ、と思いついた。
「ちょっとうちに寄ってかない?」
小林を紹介すると、母はいつもよりちょっと高い声になった。
「サワもんちゃん以外が遊びにくるなんて、珍しい。しかもかっこよすぎじゃない」
母はどこかそわそわしながら部屋にシベリアとカルピスを持ってきた。
「お邪魔してます」
いつもは妙に風格のある小林も、気まずそうに頭を掻いていた。同級生のお母さんとなんて、まともに接していないから、困っているらしかった。意外な弱点かもしれない。
「いやあ、あなた、男前ねえ、モテるでしょうねえ」
小林に興味津々な母親が、川地は恥ずかしかった。
「イチ高生はモテないよ」
川地が口をとがらせた。
「高校がどうこうなんて関係ないでしょ、人間力の問題よ」
捨て台詞を吐いて、部屋から出ていった。
「いいお母さんだな」
小林が言った。
「普通でしょ」
なんとなくきまりが悪くなって、川地はそっぽを向いた。
「あ」
小林がカルピスを飲むと、驚いた顔をした。
「なに?」
「濃いな」
「水で薄める?」
川地が立ち上がろうとすると、
「いや、うまい。こんなにカルピスを濃く入れてくれたの初めてだよ」
と止めた。
「ならよかった」
川地は今日持ち帰ったディスクを取りだした。
「なんだそりゃ、エロいの?」
自分と同じリアクションをするのがおかしかった。
「いや、エロよりも興味深い、らしい」
プレイヤーに入れて、再生を始めた。
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