あしたのために(その10)ボーイ・ミーツ・ヲタ芸

 しばらくして、どたどたと階段を上ってくる音が聞こえた。勢いよく襖がひらき、沢本が入ってきた。

「あっ! なんでコバやんがいるんだよ!」

 不審げに沢本が言った。

 小林はそんなことをお構いなしに、食い入るようにテレビを見つめていた。

「なに観てんの? コンサート?」

 沢本が川地と小林のあいだに割って入り、画面を覗いた。

「じゃあ、最初から観るか」

 それはイチ高の学生服姿の男たちだった。整列し、両手にはぺンライトを携えている。

 激しい音楽が始まった。すると、男たちが突然かっこつけたポーズを決め、ペンライトを振ってコールを始めた。


よっしゃいくぞー!


 絶叫だった。

「なに、オタク?」

 沢本が言った。

「うるせえ、黙って最後まで観ろ」

 小林が画面を凝視したまま言った。

 川地たちは、さっきから十回以上この映像を流し続けていた。

「どういうこと?」

 沢本が助けを求めるように川地に小声で訊ねた。

「まあとにかく、最後まで観ていろよ」

 ペンライトを振り回し、激しく身体を動かし踊り狂っている男たち。川地たちはまったく歌を知らない。

 十数分のパフォーマンスが終わり、全員がやり切ったらしく恍惚の表情を浮かべていた。

「気づかなかったか」

 川地はおかしそうに訊ねた。

「なあに?」

 沢本はぽかんとしており、なにもわかっていないらしい。

「あの真ん中にいたの、西河だよ」

「は?」

「しかも隣にいたやつは、多分」

 小林は興奮し続けている。

「うん、中平さんだ」

「マジで? もう一回観せて!」

 沢本が急に興味を持ちだした。

「これは、エロ動画よりもやばい」

 小林が唸った。

「ひゃー、たしかに面影がある、気がする。ていうか、時が経つって残酷。体重倍になっちゃったの?」

 沢本は自身を抱きしめ身震いして見せた。

 画面の中平は、いつものにやけ面などなく真面目そのものだ。びっしょりと汗を掻いて、晴々とした顔をしている。

 隣を見ると、なぜか小林が涙を浮かべていた。

「コバやん! なに、泣いてんだよ」

「鬼の目にも涙」

 川地はボックスティッシュを小林のほうに放った。

 このパフォーマンスには異常なほどの熱量が漲っていた。全員が大真面目にこのばかなパフォーマンスをしている。意味がわからない。いや、わからなくても、すごいことだけはわかった。

 舞台の奥にあった幕に描かれていた文字を川地はタブレットで検索した。


『全国高校生パフォーマンスフェスティバル サポートby SAKAE』


 サイトがでてきた。毎年夏に開催されているらしい。踊らずにはいられない! 高校生のパフォーマンスの饗宴、とあった。

「こんなのやってんのか」

 全国から高校生のステージパフォーマンスを募集し、夏休み、野外ステージで披露するらしい。

「これ、結果はどうだったんだ」

 小林はタブレットを覗きこんだ。

 これまでの結果を確認すると、

「ない」

 イチ高の名前はいくら探しても見つからなかった。

「出場してたんだから、いちおう名前は残るんじゃないの?」

 貸して、と沢本がタブレットをひったくった。

 三人は映像を何度も観続けた。

「これだ」

 川地はこれから言おうとしていることを、二人がどう受け止めるのか、一瞬、不安になった。

「カワちん?」

 沢本が川地を見た。

「なんか、なんにも面白いことないな、運動とかいくらやっても楽しいって思えなかったけど。俺、これやってみたい」

 画面の男たちの顔。

 真剣な顔、はこれまでだってたくさん見てきた。自分だって、そんなふうになにかに向き合いたい、と思っていたけれど、見つからなかった。

 ばかばかしいほど真剣に、ペンライトをがむしゃらに振り回している西河たち。

 あの人生諦めているように見えるオジたちにもこんな時代があった。

 こんなに晴々とした顔をしているのに、結局年を取ったらあんなふうにくたびれてしまう。

 いや、自分は既に「あんなふう」だ。

 自分は、変わらなくちゃいけない。

 変わって、そして、あのオッサンたちみたいにならない未来を探さなくちゃ。川地のなかで、内臓すべてが喚いているような感覚が起こった。

 自分がこれまで思いもしなかった、しようと考えもしなかったことを、したい。

「俺たちも、出よう」

 サイトを検索すると、すでに来年の夏の募集要項が載っていた。

「資格は現役高校生であること、そして五分以内のパフォーマンス動画を送る。審査結果は四月。もし通れば、夏の大会に出場……」

「カワちん? なに言ってんの? 冗談だよね」

 沢本は川地の肩を揺すった。夢から醒めろ、と。

「参加者人数は三人以上……」

「怖いこと言おうとしてるよね、いま」

「俺とサワもんと、あと」

「やっぱり!」

 沢本の悲痛な叫びを無視して、川地は小林を見た。

 小林は丸めたティッシュをゴミ箱に放って、川地と見つめ合った。

「本気かお前」

 小林のいつもの鋭い目つきが川地をロックオンした。

「うん」

「やるんなら、優勝しかないぞ」

「もちろん。みんな、入学式の約束を覚えているよね。優勝したら、ついでに学校も存続する」

「いいじゃん高校がなくなったって。ぶっちゃけどうでもいいってみんな思ってるし、そんなん無理だって」

「やるぞ」

 小林が頷いた。

「サワもんが嫌ならもう一人誰かを探す」

 川地は言った。

「やりますよ、カワちんがやるっていうなら。やるよ、やらせてくださいよ」

「決まった!」

「でも待って、ぼくら正直あんましわかってないよ。とりあえずペンライトをぶんぶん振り回していたらなんとかなるもんじゃないよね、あとアニメだってカワちん観ないじゃん」

「いまから勉強すれば間に合う」

「受験もあるのに!」

「推薦でまったり過ごすんだろ。時間は腐るほどある」

 川地はこれまで、スポーツもなにも、べつに熱中することができなかったし、やっているやつを見ても、なにも心は動かなかった。

 なのに、この映像の男たちはずしんと胸に入りこんできた。

 自分自身が、なにか熱いものに身を投じなくては、と確信した。

 いままでヲタ芸なんて、テレビで観たときも、「ばかなことやってんな」「そんなことをしている暇があったらもうちょっと役に立つことしろ」と興味も起きなかった。

 いま西河や中平が若い頃に、やっていた映像を見たとき、なにか思いだしそうになった。

 なにか気になる。

 どうしても、自分もやりたい。

「ところで、このペンライト? どこで売ってるんだ?」

 小林が言った。

「アイドルのコンサートとかじゃない?」

 沢本が不貞腐れぎみに答えた。

「ドンキにあるかな」

 川地は立ち上がった。

「カワちん?」

「いまから行って、まず道具を買おう」

 その言葉に、小林も立ち上がった。

「行動早すぎん?」

 沢本もしぶしぶ立ち上がった。

「ギター弾くならまずギター買わなきゃ、だろ」

 川地が言った。

「とにかく、やれるかどうか試してみよう」

「なんで、カワちんどうしちゃったの? ねえ」

 沢本の困惑などお構いなしに、川地は部屋のドアをあけた。

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