第2話「天使(家政婦?)降臨Ⅱ」
翌日目を覚ますと部屋が綺麗に掃除されていた。
「おお、こんな綺麗だったかな俺の部屋。いや、忘れてただけでまめに掃除してたんだっけ」
「あのー」
「チリ一つ無いや。いや〜普段の心がけって大事だなぁ」
「見えてますよね、あなたが感謝すべき相手が。わざとらしくキョロキョロしてないで目線を下げなさい」
やはりまだいた。
「全くもって足りてませんね」
「……実力とか心構えとかって話?」
「誰がそんな格好いいものを求めましたか。もっと基本の、あなたを導く者に対する感謝とか尊敬とか、そういうのです。それで言うと……」
思い出したようにわなわなと震えだす少女。
「よりによって昨日は、天の使いである私に対して、あ、あんなものを見せようとするなんて、本当にいい度胸してますよねあなた……!」
「ごめんって。掃除してくれてありがとな」
天の使いというくらいなら下等な人間の自慰行為くらい何でもないんじゃないのか、とは絶対に言えない圧を感じた。
「はぁ」
怒って疲れたのか、一旦休憩の様子で椅子に腰かける彼女に、俺は率直な疑問をぶつけることにした。
「なんでここまでしてくれるんだ」
「そりゃガイド役でもありますから。さっさと社会復帰してもらうためにはこれくらいはお安い御用です」
社会復帰という聞き捨てならないワードに思わず反発してしまう。
「なぜ俺に構う。もう魔王も倒されたんだから、天界?に帰ったらいいだろ」
「あなたにもわたしにも、まだやるべきことがあるんです」
「ないね。魔族の残党ならあの勇者の女の子が虱潰しに狩りまくってる最中さ」
話を聞いているのかいないのか、彼女は俺の前腕をじっと見る。
「寝てる時確認しましたけどやっぱり凄い体ですね。ギフトだけじゃこうはならない、使うことに特化された肉体。かなり鍛錬したんじゃないですか?」
「そりゃもう。無意味な鍛錬を2年間もな」
俺は自嘲気味に言った。
「へぇ、2年間も。立派じゃないですか」
意外な反応に少々面食らったが、俺は自分のねじ曲がったプライドを守るように言い返す。
「その2年で魔王を倒すやつもいる」
「それでも立派なものは立派です。……うん、やっぱりこの人には勇者の資格がある」
小声でよく聞き取れなかったけど、何かを勝手に納得されたのは分かった。怖い。
「というか、さっきからその何でも知ってますみたいな口ぶりは何なんだよ」
「天使ですから。あなた達人間のことくらいは大体わかっちゃうんです」
何じゃそりゃ。
「……そもそもあんたが本当の天使なのかどうかも怪しいもんだ」
瞬間、彼女の口角が上がるのが見えた。
「……いいでしょう。証拠を見せろと言うんですね? まあ、本来天使というのは敬われるべき存在ですからね。ここらで反発小僧に天の威光を見せつけてやるというのも一つの使命です」
彼女は立ち上がって指をポキポキと鳴らす。言動と裏腹に天使らしくない行動が面白かったが、正直、彼女の圧倒的な自信に気圧される部分もあった。
「さあ、手を出してください」
おずおずと両の手を彼女に差し出す。
彼女の小さな手のひらが俺の武骨な手の上にかざされる。
「ふっふ。いきますよ~」
途端に俺の手が黄色い光を帯び始めた。
「はいっ。一時的な身体強化のギフトです。どうですか、今までとはレベルが違う、体中をエネルギーが駆け巡る感じがするでしょう?」
少女は自信満々に問いかける。
おお、これが天の使いが持つ力……さながら背中に羽が生えたような……うん?
「まあ、うん……。言われてみれば体がちょっと軽くなった、かも……?」
「なっ」
彼女はうろたえるが、すぐに体勢を整える。
「ま、まあ。あなたは無敵の肉体のギフトをすでに得てますもんね。じゃあ、これはどうですか?」
再び俺の手に力を込める。
「魔力強化のギフトです。あなたは確か炎属性の魔法が使えましたよね。どうです?天まで届く竜のような炎のイメージを感じるでしょう?」
「う、うおおおおっ。これはっ」
指先からライターほどの炎が出た。今まで火花も起こせるかどうかの魔力だったから、正直感動した。魔法なんてしばらく使っていなかったが、これなら結構使い道がありそうだ。あとで干し肉炙って食べよ。
「確かにこれは便利だ。ありがとうな。確かにあんたは天使で間違いなさそうだ」
「……」
俺の好意的な態度と裏腹に、かなーり不満げな少女。
フッ……
「あっもう消えちゃった」
「……」
しばしの沈黙の後、おもむろに彼女は両の手をパン!と叩く。
「……ま、まあ信じてもらえたということで。一息ついたら今日の分の食材を買いに行きましょう! 部屋を見ましたけどロクに食事もとってませんよね? ”無敵の体”だからってちゃんと栄養とらないと精神が参っちゃいますからね。うん」
微妙に嫌味な言い方が引っかかるが、彼女の有無を言わせぬ物言いにだんだんと抵抗が無くなりつつある自分がいる。
まあ、今日くらいはこの子の言いなりになってやってもいいか。
「んん〜〜。気持ちいい朝ですねぇ」
「……眩しいな」
こんな早い時間に外に出るのも久しぶりだ。
俺は隣で伸びをする天使に忘れていたことを一つ質問する。
「そういえば、あんた名前はなんていうんだ」
「あ、確かに言ってませんでしたね」
彼女も忘れていたらしい。
「私、ムエルって言います」
「おお、なんとなく天使っぽい名前だ」
……という俺の言葉に少し満足そうな少女。いや、そんなんで自信を取り戻さないでくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます