山に籠って修行2年、魔王は死んだ。
@kak427
第1話「天使(家政婦?)降臨Ⅰ」
【魔王討伐の英雄が帰還】
街の至る所に張り出されたその掲示を避けるように俺は人混みをすり抜けていく。
記事の写真に映る少女の顔を俺は知っていた。俺と一緒に異世界に転移してきた日本人の一人だ。高校の制服を着た彼女を見た時には少し気の毒に思ったのを覚えているが、彼女の妙に真っ直ぐな瞳が誰より強い信念の現れだったことに、当時の俺は気づかなかった。
俺は、俺だけが選ばれた存在なのだと信じきっていた。実際与えられたチートスキル「無敵の肉体」はかなり強いものだったし、それでいて慎重派な自分、というのに正直酔っていた。まずはこの未知の力をコントロールすることが最優先。そう考えた俺は周りが我先にとギルドに向かう中、一人山に籠って修行を始めた。
そうして2年間を、スキルを活かすための試行錯誤に費やした俺は、変幻自在といえる打撃技の数々を編み出した。例えば一点に集中した打撃で岩をくり抜くことが出来たし、拳の衝撃で海を割ることだって出来た。
だが、それらの技が使われることはついぞ無かった。世界は平和になったのだ。
あと少し魔王討伐が遅れていれば、とは意外にも思わなかったし、その知らせを聞いて内心ホッとしている自分がいた。自分がただの臆病者だったと気づくのにそう時間はかからなかった。
逃げ帰るように家に着いた俺は買ってきた酒も冷やさぬままベッドに倒れ込む。日中ベッドの上での生活だ。前の世界の休日と何も変わらない。
こんな日常を1年以上も続けていると、嫌でも自分の心の形が分かってくる。そうだ、魔王討伐どころか、そもそも俺は何もしたくなかったんだ。
脳が無意味な自虐に満たされていく。この流れはよくないと感じた俺はティッシュを探してベットの隅をまさぐった。1枚のティッシュで3回は発射できる、この辺に朝使ったやつがあったはず……。
手の先に丸いカプセルのようなものが触れる。
「ん? ああ」
女神がくれたお助けアイテムというやつだ。戦闘時の助けになるとかなんとか言ってたような。
世界が平和になった今回収されるという通達があったが俺のアイテムは未だこうして手元にある。女神様ですら俺の存在を忘れてるんじゃあるまいな。
自慰行為のやる気すら無くなった俺は気まぐれでカプセルを開いてみた。
パカッ
カプセルからモクモクッっと煙が立ち上がり、一瞬で部屋中に立ち込め、俺の視界は塞がれる。
眼の前に薄っすらとなにかの影が浮かびあがる。
「全くもう! いつまで待たせるつもりですか〜!」
「……え」
ゆっくりと姿を表したその正体は、あろうことか小さな少女だった。
突如視界に現れた少女を俺は観察する。銀色の髪を2つに結び、純白のワンピースを召した彼女はこの世のものではない存在感を放っていた。
「すごいな、こんな物まで用意されてたとは」
「なに顎しょりしょりしながら感心してるんですか。あなた勇者候補の転移者さんですよね?」
「らしいな」
「ハァ~」
深いため息。
「あなた私を頼ってアイテムを使ってくれたんですよね? それで、敵はどこですか?」
「敵っていうか、もう魔王倒されちゃってさ、今平和な世界なんだよね」
「ああ、もう倒されちゃったんですか」
納得速っ。
「でも世界が平和なんてことは無いはずです! これから見回りにいきましょう! ……ってなんですかその究極に嫌そうな顔は」
少女は俺の異様に肥大した胸筋を指でツンツンしながら嫌に"天使っぽく"言う。
「一人でも多くの人を救うためにあなた達はギフトを受け取ったのですよ〜?」
「そういうのは他の奴らとやってくれ。俺はもう冒険者ですらないただのニートなの」
「……」
少女は言葉が出ないようだ。
「じゃ、今日は自分を救うことにするから」
俺は後ろを向いてベッドに横になりズボンを下ろす。
「ピャ」
変な鳴き声を上げた少女は、一目散に家を飛び出した。
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