13――同じ人を好きになるということ


「私たち? バスケだよー」


 放課後にいつものように俺の家に寄った花音と一緒に帰宅した鈴にふたりが何の競技に参加するのかを尋ねると、花音が楽しそうに答えた。『私たちってことは、鈴も?』と聞くと、鈴はコクコクと頷く。


 これまでふたりがバスケ部だったなんて話は聞いたことがなかったので、俺みたいに経験者として選ばれたわけではないのだろう。特にバスケが得意というイメージはないのだが、そんなふたりがどうしてバスケを選んだのかちょっと気になる。


 それに対するふたりの答えはすごくストレートで、バレーはレシーブすると手首とか腕に跡ができるからという女子らしい理由だった。ふたりがそう思うということは同じ考えを持つ他の女子も複数いたみたいで、ジャンケンでなんとかバスケのメンバーに入れたらしい。


 活動的な花音はもちろん島育ちの鈴も運動が苦手ということはないので、明日はふたりとも結構活躍できるんじゃないだろうか。俺がそんなことを考えていると、さっきまでニコニコしていた花音が少しだけ苦笑を浮かべながら口を開いた。


「明日は、久しぶりにサッカーする奏汰が見られるんだね」


「そう言えば小学校の頃、来なくていいって言ってるのに試合のたびに応援しにきてくれてたよな」


 補欠で試合にほぼ確実に出ないってわかっているのに、雨の日でもわざわざ足を運んでくれた花音。監督やコーチに嫌われてたから、試合に出してもらえなかったんだよな。


「ねぇ、鈴ちゃん? なんで奏汰が試合に出られなかったか、理由わかる?」


 突然鈴にそんなことを問いかける花音を静止するように、俺は少し強めに花音の名前を呼んだ。その声にびっくりしたのか、大きな目をさらにまん丸にした鈴がおずおずと俺に聞いてきた。


「……そ、それって私に原因がある話?」


「別に鈴に何か責任があるわけじゃないよ。隠すのもおかしいからちゃんと言うけど、監督とコーチが根性ひん曲がってたって話だから」


 落ち着かせるために鈴の頭をポンポンと撫でながら言うと、安心したように俺の二の腕に頭を預けてきた。反対側では花音がズルいとでも言いたげだったが、『自分がこんなことを言い出したせいで俺に昔のことを思い出させてしまった』とちょっと落ち込んでいるようだ。ヘンな遠慮は花音には似合わないので、俺はちょっと強引に後ろから左手で花音の肩を掴んで軽くこちらへと押した。


 ちょっとだけ勢いがある状態で俺の二の腕に花音の頭がぶつかったので、軽い痛みがあったのか花音が拗ねたような表情で俺を上目遣いに睨む。俺も花音の頭がぶつかったから少しだけ痛かったのだが、それは無視して花音の頭も鈴と同じように撫でてやった。


「別に大した話じゃなくて、俺が鈴に会いに毎年の夏休みに島へ遊びに行っていただろ?」


「う、うん」


「それで合宿とかミニ大会とかに出られなかったことを、監督とかコーチに協調性がないって言われたんだよ。チームメイトも上に嫌われたくないから、監督たちの前では結構よそよそしい感じでさ」


 別に絶対参加って決まりはなかったし、他にも家族旅行とかで合宿に行かなかったヤツらもいたみたいなんだけどな。俺にだけそういう強い当たりをしてたってことは、見せしめだったのか嫌われてたのかのどっちかだと思う。


 思ったよりもあっけらかんと俺が言ったからなのか、若干責任を感じたようにしょんぼりしていた鈴もちょっとだけ安心したような表情で微笑んだ。サッカーは好きだったしできなかったことが練習してできるようになるのは楽しかったが、その時に自分の協調性がないのを自覚したんだっけ。


「あ、ごめん……ちょっと席を外すね」


 鈴がちょっとだけ慌てたように席を立つと、トイレの方に歩いていった。でも、迂闊にそれを口に出すことはしない。そんなことをしたら、ふたりから白い目で見られるのは目に見えて明らかだからな。


 バタン、とドアが閉まる音がしてから、花音がちょっとだけ不機嫌そうな表情で口を開いた。


「……鈴ちゃんの意思はともかく、あの頃は奏汰の周りの環境って本当に悪かったから。その原因を知っておくべきだと思ったの」


「別に言うほど悪かったこともなかっただろ、無視とか陰で悪口言われてたぐらいで別に俺はなんとも思ってなかったし」


 正面切って向かってくるヤツはいなかったので、聞かないように意識したら本当に気にならなくなった。だから俺には実質ダメージはゼロだったのに、花音にとってはそうじゃなかったらしい。


「近くで聞いてる私はすごく辛かったよ、奏汰は何も悪くないのになんでこんなことを言われないといけないのかって」


 うっすら目の端に涙の珠を浮かべながら言う花音に、はじめて彼女の気持ちを知った俺としては申し訳なく思った。そりゃあ好きなヤツが周囲にバカにされてたら、腹が立つよな。俺だってもし鈴や花音の悪口を言ってる女子がいたら、泣くまでガンガン詰めるかもしれん。


「花音、ごめんな。お前に負担を掛けちゃって、悪かったと思ってるよ。鈴のことも仲良くしてくれて、本当に助かってる」


「……はぁ?」


 俺としては真剣に謝ったつもりだったのだが、どうやら花音の中の何かに触れてしまったらしい。低い声で『お前が何を言っているのかわからない』と言わんばかりの短い疑問の声が、ちょっとだけ怖かった。


 一度だけトイレの扉の方に視線を向けてまだ鈴が出てこないことを確認すると、声量を抑えつつも勢いは怒りのままに花音は言った。


「私たちが本当に仲がいいと思ってるの? 本当に? 好きな人が同一人物で想っていた時間も同じくらい長いライバル同士が? そんなことあるわけないでしょ!?」


「……もしかして、無理して鈴と一緒にいてくれているのか? だとしたら花音に負担を掛けるのも申し訳ないし……」


「だから奏汰が一緒にいるって? 好きな人がライバルとふたりきりで仲良くイチャイチャする時間を、誰がそうやすやすと自分からプレゼントするもんですか」


 まだ花音と鈴の初対面からほんの数日だけど、花音的には色々と不満が溜まっていたらしい。でも根はいいヤツなので鈴の環境に同情してるのも本当だし、同じ男子が好きなもの同士の連帯感みたいなものもあるそうだ。ただだからこそ『ふたりが仲良くしてくれてありがたいな』みたいな、俺の態度や言動には余計に腹が立つらしい。


「鈴ちゃんのことは本当にいい子だと思っているし、状況が違ったら友達になりたかった。だから鈴ちゃんがこっちに馴染めるようになるまでは色々とお手伝いはするけど、最終的にはライバルとしてキツいことも言うだろうし場合によっては本気でケンカするかもしれないから、奏汰は覚悟だけはしておいてね」


「……あんまりギスギスはしないでほしいけどな」


「それは無理でしょ。絶対に譲れない気持ちがふたりとも同じところに向いてて、用意された座席はたったひとつしかないんだから」


 多分現在の状態で花音と鈴がケンカしていたら、俺は鈴をかばって花音の前に立ちふさがるだろう。それは恋愛感情がどうこうじゃなくて、鈴にトラウマがあることを考えて言い方は悪いけど弱いものいじめを咎めるのと似ているんだと思う。花音もそれがわかっているから、鈴のトラウマが緩和されたりこっちで花音に頼らずとも友達が作れるぐらいの状況になるまで待つつもりなのだろう。


「その時にはちゃんと私たちを公平に見て、選んで欲しいな」


 上目遣いで言われて、いつもとは違う意味でドキリとした。ダメ押しで釘を刺さなくても、俺もふたりには誠実でいたい。ちゃんと時間を掛けてふたりのことをしっかり見て、答えを出すよ。


 ただ時々思春期の男子がひょっこりと顔を出して、欲望に負けそうになるのは許して欲しい。なるべく抑え込むつもりだけど俺だって健康的な男子なんだから、魅力的な女子ふたりに迫られたら我慢ができない時だってある。


「我慢できなくなった時は、私にならえっちなことをしてもOKだからね」


「その誘惑自体が、すでに花音が言った公平から外れてるんだが」


 俺の表情を読んでそんな冗談を言ってきた花音にツッコミを入れつつ、そうやって無邪気に挑発するのはやめてほしいと胸の中でため息をつくのだった。

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