14――試合中


「慌てずにいこう! 相手に直接ぶつかっていかなくても、パスをカットするだけでも十分チームに貢献できるから」


 ゴールの前で腰を落として構えながら、なかなかボールが飛んでこなくて退屈しているディフェンダーのみんなに声を掛ける。『素人に無茶言うな』だの『簡単そうに超難しいことを要求するな』だのと文句を言いつつ、手を挙げて返事をしてくれた。


 中盤でボールの奪い合いが起こっているみたいだけど、ここからだと遠すぎてよくわからない。まぁでも、曇空で日差しもそんなに強くないし。外で球技するには絶好の天気だよな。


「三村、ボール!」


 真ん中から元サッカー部のひとりである名倉が、少し切羽詰まったように声を掛けてきた。何事だと顔を上げると、なんと超ロングシュートがこっちに向かって飛んできている。しかも狙ったのかそれともまぐれなのかはわからないが、しっかりと枠の中に入っている。相手もサッカー経験者か? マンガなら得点ゲットという展開になるんだろうけど、あいにく現実だとそうはいかない。


 こちらに向かって飛んでくるボールの軌道をじっと観察し、勢いを殺しつつガッチリとボールをキャッチ。『攻めろー!』と前線に聞こえるように声を張り上げて、ボールを勢いよく蹴り上げた。


 ひと仕事終えて肩をぐるぐると回していると、ゴールの正面にポジショニングされたクラスメイトのひとりが駆け寄ってきた。なにかあったのかと思って『どうした?』と声を掛けると、どうやらボールがまたこっちにはしばらく来ないだろうと踏んでダベリにきたらしい。


「さっきのボール、よく取れたな。小学校の時は、別にキーパーをやってた訳じゃないんだろ?」


「ボールのスピードもそこまで速くなかったからな。特にボールが自分に向かってきても怖いとは思わないし、あとはボールの軌道とタイミングがわかればキーパーじゃなくても取れるよ」


 サッカー未経験者だと厳しいかもしれないけど、他の球技をやってたヤツなら普通に取れるんじゃないか? 競技経験がそれなりにあれば、ボールが怖いなんて思わなくなるだろうし。さすがに野球の硬球みたいに投げる場所が近くてボールが速いと俺だって怖く感じるけど、サッカーボールなら大きいしそこまでのスピードは出ないからな。


「ところでさ、あそこで大きな声でお前を応援してる……栗原さん、だっけ? 付き合ってるの?」


「幼なじみだよ、まだ付き合ってない」


「じゃあ、その隣で控えめに応援してる三村さんとは?」


「従兄妹だよ、まだ付き合ってない」


 サッカーの話は前フリだったのか、本題の如く恋バナを振ってきたクラスメイトに俺は棒読み&定型文で返した。本当なら答える義理も義務もないのだが、俺から答えを得られないとふたりの方に突撃するアホが出てきてもおかしくない。それだったら俺のところで最低限の情報だけ渡して、後はスルーするしておけばいいやと考えたのだ。


「いやいや、ふたりに対して同じ答えなのはおかしいだろ。お前、二股でもする気なのか?」


「そんな誠実さのかけらもないことをする気はない、こっちにも事情があるんだよ」


 やけに踏み込んで聞いてくるなと思ったら、どうやら鈴か花音のどちらかは知らないけど一目惚れでもしたのだろう。俺に向ける視線が明らかに邪魔者を見る感じだったので、やれやれと肩をすくめてしまった。彼にとっては俺はライバルに該当するんだろうけど、俺に構うよりまずふたりの視界の中に入ってない自分をなんとかする必要があるだろう。


 もしかしたらライバルがいなくなったら、自動的にふたりが自分のことを見てくれると思っているのだろうか。だとしたらめちゃくちゃ自信過剰だなと、逆に感動してしまう。


 ただ絡まれたら面倒くさいので、俺の知らないところでやってほしいと思う。そんなことを考えていたらどうやらカウンターを喰らったらしく、ドリブルしながら敵チームが自陣になだれ込んでくる。とはいえこちらはディフェンダーを多く配置しているから、慌てずに指示を出してプレッシャーを掛けてもらった。


「お前も右にいるフォワードに付いてくれ、うまくいけば女子にかっこいいところを見せられるんじゃないか?」


 俺がそう言うと、彼は舌打ちを一度してから敵フォワードのマークについた。と思ったら、パスに翻弄されてあっさり置き去りにされているのが辛い。動きから見て多分相手もサッカー経験者だろうし、素人である彼が敵わないのは仕方がない。


 出したパスがすぐに敵フォワードに返ってきて、俺とフォワードの一対一になった。ただパスが戻ってくる位置が悪かったのか、一瞬足からボールが離れたのが見えたからダッシュしてそのボールを奪い取る。一瞬罠である可能性を考えたのだが、どうやら違ったようだ。


 スコアはどっちも0点、残り時間はあと数分しかない。ずっとゴール前で立ってただけだったから、俺の体力にも全然余裕がある。さっきクラスメイトに言われたことにイライラもしていたから、キーパーだけどそのままボールをドリブルして敵陣に向かって上がっていくことにした。


 元陸上部の足をナメるなよ、とドリブルしているとなんだか懐かしい気持ちになる。何しろチームに所属していた小学校時代、試合に出なかったから練習する時間はレギュラーに比べたらめちゃくちゃあった。ボールを見ずにフェイスアップしたまま、足からボールを零さないドリブルの練習はずっとやってた。あとはコーチと監督がいないところでは、俺と同じくベンチにも入らなかったメンバーはこっそり練習に付き合ってくれたので、そいつらを相手にフェイントやターンで抜く練習をしたりもした。


 特に一番得意だったのは、走りながら足でボールを浮かせてヒールで進行方向に蹴り上げて相手を抜くヒールリフト。久々だけどできるかなと思っていたら、ちょうど俺の前に敵ミッドフィルダーが立ちふさがった。こういうのは足を止めると効果が半減するので、スピードに乗ったままフェイントを繰り出す。


「……ええっ!?」


 相手が驚いて俺の背中の後ろから急に宙を舞ったボールを呆然と見送るのを気配で察しながら、すぐ目の前にいた相手ディフェンダーの股を抜くようにボールを転がした。スピードをさらに一段階上げてダッシュし、すぐにボールに追いつく。こういうサッカーって現代の組織的なチーム運用から見ると古いけど、仕方ないよな。だって俺、チームプレイとか練習してこなかったし。


「奏汰、ゴールまでそのままいけー!」


「が、がんばれー!」


 花音と鈴の応援の声が聞こえたけど、相手チームも戻ってきてディフェンス固めてるし。ドリブルでこのままひとりで攻めるのは無理だと判断した俺は、ちょうど同列の逆サイドでフリーでいたクラスメイトにパスを出した。足元にドンピシャで届くパスって練習が足りなかったから苦手な方なんだけど、このパスは出来過ぎだと思うくらいクラスメイトの足元に届いた。


 久々にボール蹴るのも気持ちいいなと思いつつ、くるりと後ろに向き直って自陣ゴールの前へと駆け出す。ここでカウンター喰らったら、無人のゴールにボールが入って負けるからな。でもジョギングぐらいの速度で戻っている途中で歓声が聞こえて、走りながら振り返るとどうやらうちのクラスの元サッカー部がうまくゴールを決めてくれたらしい。試合の合間に応援しに来てくれた女子たちの黄色い声援が、背中越しに聞こえてくる。


「……目立ちたがり屋かよ」


 さっき俺に絡んできたクラスメイトがすれ違った時にボソッと悪口を言ってきたが、別に目立ちたかったわけじゃないぞ。


「久々にサッカーしたくなっただけだよ、俺が出てない試合に何回も応援に来てくれてた子へのお礼も兼ねてな」


 俺の言葉を聞いて、クラスメイトに『こいつ何言ってんだ?』という視線を向けられた。それ以上は答えずにゴールの前に戻ると、すでに試合は再開されて相手チームがパスでボールを回していた。


 一番の理由は言ったとおりに久々にサッカーボールを蹴りたかったからなのだが、確かにずっと応援してくれていた花音に俺が試合でサッカーをしている姿を見せられたのはよかったのかもしれない。公式戦じゃないし、学校のレクリエーション大会のお遊びだけど。


 誰かと会話すると『俺ってこんなことを考えていたのか』と自分が意識していない感情とか願望を発見することがあるけど、今のはまさにそれだったな。今日も放課後はうちで過ごすんだろうし、その時にちゃんと改めて花音にはこれまで応援してくれていたことについてお礼を言おうと強く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る