12――チーム分け


 俺たちがこの学校に入学して数日が経った。


 入学式の次の日のテストは、俺たち3人ともそれなりの点数は取れた。受験でやった勉強とほぼ内容が被っているし、特に難しいとは思わなかった。


 3人の中で一番点数が高かったのは鈴で、俺と花音は横並びな感じだ。俺たちが『すごいな』と褒めると、鈴は照れたように頬を赤くしながら『時間だけはたくさんあったから』と自虐めいたことを言っていた。時間がたくさんあっても努力しないヤツは学力だって伸びないし、ちゃんと努力して自分の身になるように勉強した鈴がすごいんだよと重ねて褒めておいた。


 俺としては正直な気持ちだったんだけど鈴は嬉しく思ってくれたのか、真っ赤な顔を隠すように俺の胸元に抱きついてきて顔を埋めるようにくっつけてきた。その時は夜で家にふたりきりだったから花音が割り込んでくることもなく、そのまましばらく鈴とくっついて過ごした。俺も鈴も異性に対する耐性が低すぎるので、たまにはこうしてふたりでくっついていれば落ち着いてスキンシップができるようになるのではないだろうか。


 俺は花音との接触というか触れ合いは小学校に入る前から告白されるまでに数え切れないほどあったけど、意識しないようにしていたから女子との触れ合いの経験値にはなっていないんだよな。


 最初の1週間は学校側もチュートリアルとかオリエンテーションだと考えているのか、部活紹介とか学校案内とかに結構な時間を費やしてくれている。同じ中学で陸上をやっていた先輩が目ざとく俺を見つけて部活に勧誘してきたが、なんとかやり過ごすことができた。高校では部活には入らないと再三説明しているのに、なかなか離してくれなかったのがしんどかったな。


 同じ部活で一緒に汗を流した先輩だから無碍に扱うつもりはないけど、あまりにしつこいと先輩への尊敬度も一緒に部活を頑張った仲間意識も消え失せるよな。俺がキレる前に一緒にいた花音が間に入ってくれて、男子陸上部の面々が美少女の登場にギクシャクしているうちになんとか断れたから良かったけど。


 そして1年生は4月下旬に遠足に行くのだが、まだ入学して1ヵ月も経っていない時期によそよそしいクラスメイトと班行動をしても楽しめないだろうという学校側の配慮から、レクリエーション大会が明日開かれることになっている。運動嫌いの生徒にとっては大きなお世話だろうけど、先生の説明曰くゆるいイベントらしいのでそういう子たちも楽しめるんじゃないだろうか。


 ただ優勝クラスには学食を試せる1食分の食券がクラスメイト全員にもらえるらしく、運動が得意だったりそこまで苦に思わない生徒たちは目の色を変えた。俺としても学食の食事がどんなものか興味があるから、できれば優勝したい。部活紹介があった日の午後、レクリエーション大会の説明とチーム分けをする時間が割り当てられた。


 男子はサッカーと野球、女子はバレーとバスケ。きれいに体育館と運動場で競技が分かれているので、進行はスムーズだろう。6クラスしかないから3回戦目が決勝だし、もしかしたら午前中で全部の試合が終わるかもしれないな。


「じゃあ男子と女子に分かれて、それぞれチーム分けするということで」


 教室の中心から男女で左右に分かれた俺たちは、早速男子のクラス委員長である菊池に仕切ってもらってチームを分けることになった。


「サッカーと野球の経験者にチームをまとめてもらったらいいんじゃないか?」


「……そうだな、それじゃあまずはサッカー経験者は手を上げてくれ」


 運動部のヤツに提案された菊池がそう言ったので、一応小学校の時に学外のサッカーチームに入っていた俺も手を上げた。


「4人か、ちなみに競技経験はどれくらいなんだ?」


 そう聞かれて中学のサッカー部で卒業までプレイしたヤツが2人、俺ともうひとりは小学校卒業までやっていたと答えた。まぁ、俺は万年補欠だったんだけどな。夏休みに鈴のところに遊びに行っていたので、夏休みの練習とか合宿に参加できずに監督やコーチに嫌われてたからな。


 俺も6年間サッカーをやって実感したんだけど、多分自分はチームで何かをやるということに向いていないんだろうなと察した。実際にゲーム中ならチームメイトの動きに合わせることはできるけど、コーチや監督の悪意にチームメイトが影響されてこっちにボールを回さないとか悪意のある行動があるとモチベーションが保てない。


 そう考えた俺は中学では陸上部に入った。トラックには味方は自分ひとりでチームメイトに勝敗を影響されたりしないし、何より己が努力すればするほど自らの記録が伸びて筋力も走力も上がっていくのが楽しかった。チームでワイワイプレイするのも楽しいけど、こうやって自分の道を突き詰めて鍛えるという方向性の方が自分には向いていたのだろうなとしみじみと思う。


 結局中学までサッカーをやっていたふたりがフォワードで点を取り、俺と同じく小学校卒業までサッカーをやっていたヤツが真ん中を、そして俺がディフェンスのまとめ役をすることになった。ただ他のメンバーは遊びや体育の授業でしかサッカーをやったことがないらしいので、オフサイドトラップとかそういう高度は連携はできなさそうだ。一緒に練習もやってないのだから、チームワークなんてものもないしな。


「フォワードはお前たちふたりに任せるよ。真ん中とディフェンダーを4人ずつ配置すれば、それなりに相手の攻撃は止められるんじゃないか?」


「いっそ真ん中をひとり減らして、ディフェンダーを5人にしたらどうだろう」


「シュートコースは切れるかもしれないけど、それだとキーパーの視界が塞がれるんじゃないか?」


 俺の提案に、元サッカー部のふたりが真面目な表情で話し合う。サッカー経験がない人たちが多いと、結局最終ラインで人海戦術を使った方が失点は防げそうな気がする。そう考えると、ディフェンダーを増やすという意見はアリな気がしてきた。ただディフェンダーのメンバーにキーパーが出来そうな人がいないんだよな、仕方がないから俺がやるか。


「指示出しのために俺がキーパーやってもいいか? その方がディフェンダー全体の動きも、相手の攻撃タイミングもわかるから」


 俺が右手を少し上げながら言うと、元サッカー部のふたりが『他のメンバーよりは良さそうだな』と俺の意見を通してくれた。ブランクはあるけど、別にボールは怖くないしな。むしろトラックでコースを奪うために思いっきり肘を入れてくる他校のヤツの方が怖かったわ、体当たりとかされてめちゃくちゃ痛かったし。


 ただのレクリエーション大会だし、グローブを用意する必要はないだろう。ポジション分けが終わってディフェンダーをしてもらう人たちを呼ぶと、失礼だけどあんまり運動が得意そうな感じではない5人が俺の前に立った。すごく憂鬱そうな表情を浮かべているのを見て、本当に運動するのが嫌なんだなと察する。


 まぁでもぶっちゃけて言ってしまえば遊びのサッカーだし、負けたからって命を取られるわけでもないんだから気楽にやろう。俺がそう言うと、みんなホッとしたように頷いてくれた。


 そんなに憂鬱になるものなのかを聞くと、まるで運動会の前日みたいな気持ちだと冗談めかしてメンバーのひとりが言った。他のメンバーは俺たちみたいな運動が得意なメンバーに負けた責任を負わされて責められた経験があるらしくて、できるだけ目立たずボールにも触れずにやり過ごしたいらしい。


「いや、少なくとも俺たちはそんな理不尽なことは言わないから大丈夫だよ。せっかく参加するんだし、まずは楽しもう。ディフェンダーはパッと見て地味に感じるかもしれないけど、うまく相手のボールを止められたら達成感があるし。ボールを前に蹴り出して、それが繋がって相手のゴールに入った時は達成感もひとしおだからさ」


「そもそもサッカー自体やりたくないんだけどな」


 俺ちょっと良いこと言った感じだと自分では思ったんだけど、冗談っぽくそう突っ込まれて笑いが起こったからまぁいいか。運動が苦じゃない俺には彼らの気持ちを理解しょうとすることはできるけど、完全に理解することはできないんだろうし。


 サッカーチームの話がまとまったのと同じぐらいで、他の3チームもどうやら打ち合わせが終わったらしい。花音と鈴がどっちのチームになったのかはまだわからないけど、俺たちの試合と時間が重ならなかったら応援に行こう。さっきはああ言ったけど、やるなら勝ちたいしな。学食のお試し食券も掛かってることだし。

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