11――買い物
自己紹介が終わって、明日からの予定を聞いて今日のところは解散となった。明日は1日、中学での学習内容についての理解度を確認するとかで、テストを受けないといけないらしい。
「奏汰、一緒にかーえろ」
何やらスキップでもしそうなぐらい機嫌がいい花音と、その背中にくっついている鈴がいた。
「ああ……鈴はなんで花音の背中にくっついてるんだ?」
「みんなの視線がちょっと怖いんだって、鈴ちゃんかわいいからね」
前半は普通の感じだったのに、後半のセリフは微妙にトゲが含まれていた。しかし鈴よ。花音も男子の視線を集めているから、くっついてると視覚効果が2倍になってさらに見られるようになるぞ。
俺がそれを伝えると鈴は花音の背中から飛び跳ねるように離れて、俺の腕にしがみつくように腕を絡めた。その瞬間、女子の好奇の視線と男子の嫉妬の視線が一気に俺へと向かってくる。
こんなところにいられるか、俺はとっとと家に帰るぞ。腕に鈴をくっつけたまま教室の後ろ側の引き戸から出ようとすると、戸の脇に立っていた男子に声を掛けられる。
「えーっと、三村だっけ? お前、もしかして彼女と付き合ってるとか?」
俺の名前はどうやらうろ覚えだったらしく、当てずっぽうで言ってきた男子がそんなことを聞いてくる。俺の腕に顔を押し付けるように隠して『彼女、だって』と喜んでいる鈴はとりあえず置いておいて、俺は彼に答えてやった。
「俺の名字は三村、そしてこいつの名字は覚えてるか?」
「三村だろ?」
こいつ、俺の名字の時はおぼろげだったくせに、鈴の名前はきっちり覚えてるのかよ。ちょっとムッとしながら頷いてやると、彼はようやく俺の言いたいことがわかったのかパン、と手を強く合わせた。
「名字一緒じゃん、もしかして親戚?」
「従兄妹だよ、ちなみに後ろから追っかけてきてるのは幼なじみな」
それだけ答えて、俺は鈴を連れて教室を出た。こういう時に身長が高いっていうのは楽だな、人が少ないコースがすぐにわかる。他人を避けながらちょっと混んでいる廊下を進み始めると、鈴とは反対側の腕を追いついた花音が掴んで体を預けてくる。さすがに3人横並びになりながら人混みを縫うのは危ないので、ゆっくり進むスピードに合わせて俺たちも一団に加わった。
クラスメイトに話し掛けられて足止めされていた花音は、ぷくりと頬を膨らませながら文句を言った。
「置いていくなんてひどいわよ、おまけに鈴ちゃんだけ腕にくっつけてさ」
「花音ならどうとでもやり過ごして、俺たちに合流できると思ったんだよ。今の鈴がまだちょっと他人と関わるのは荒療治だろうし」
俺がそう言うと鈴がピクリと体を震わせて、小さく『ごめんなさい』と呟いた。別に責めたわけではなかったのだが、鈴には痛いところを突く言葉に感じられたらしい。両手が塞がっているから頭は撫でられないが、繋いでいる手に軽く握ると鈴は嬉しそうに頬を擦り付けてきた。よく懐いている小型犬みたいだなと思いつつ、その可愛らしさに頬が緩む。
するとその気配を敏感に察知したのか、逆側から花音が俺の腕をギューッとつねってきた。鈴が子犬なら花音は猫だなと、小さく苦笑する。
雑談しているとようやく昇降口までたどり着いたので、靴を履き替えて学校を出た。俺の身長が高いのと花音と鈴が可愛いのとでずいぶん視線を集めてしまったので、明日からの学校生活がちょっと心配になる。まぁ明日は1日テストだし、静かに過ごしていれば大丈夫だろう。花音にも大人しくするように言っておかないとな、クラスでの友達作りの方を優先してもらうか。
チクチクとした視線に背中を刺されながら、俺たちは駅前へと向かう。こっちの駅の方が拓けているので、買い物にも便利だ。引っ越して数日、ちゃんと考えて荷物を作ったつもりだったけど色々と足りないものも出てきた。だから昼飯を食いがてら、駅ビルで買い物をすることになった。鈴に至っては島よりも圧倒的にこっちの方が色々な物が売っていて、その品数の多さに目を白黒とさせている。
先にハンバーガーショップで腹を満たした後、100円ショップや雑貨店などで必要なものを購入する。途中で花音に下着と服を選んで欲しいと言われたが、無理やり連れて行かれる前に逃げ出しておいた。休憩や待ち合わせのためだろうか、設置されている椅子に腰掛けてスマホをいじりながらふたりの買い物が終わるのを待つ。
たまに服を撮影した画像がメッセージアプリに送ってきて、どちらがいいか聞かれたので素直に彼女たちそれぞれに似合うものを選んでおいた。最後に花音から下着の画像が送られてきたが、速攻で削除してクレームを入れる。俺の好みの下着が欲しいという返事が届いたが、そういう俺の理性を試すような真似は本当にやめてほしい。俺の本能が理性を上回ってふたりを襲う可能性だって普通にあるのだから。
ふたりと合流して最後に食料品の類を買い、俺がほとんどの荷物を持ちながら電車に乗って自宅へと向かう。今日は夕方からバイトがあるので、なるべく早めに準備をしておきたい。花音も同じシフトだから駅で別れるのかと思ったら、どうやら俺の家まで一緒についてくるらしい。いや、俺は別に構わないんだが着替えたり、仕事前に休憩とかしなくてもいいのだろうか。
「あのねぇ、私はここで一緒に住めないんだから、ちょっとでも奏汰と一緒にいられるチャンスを逃すわけないでしょ?」
昨日から直球で気持ちを伝えてくれている花音に対して、確かにちょっと失礼な質問だったかもしれない。自分の気持ちを見つめ直してみれば、鈴のことも花音のことも女子として好きなんだと思う。でも彼女たちの俺への気持ちの熱量と比べると、どうしても劣っているように感じてしまうのだ。
思わずポロッとそんなこと情けない気持ちが口からこぼれ出て、ふたりに失望されるかと不安になる。でも俺が何かを言う前に、花音が小さく吹き出して笑い出した。
「奏汰はバカね。世の中の恋人たちがまったく同じ熱量で想い合っていると思う? それって何基準で? そんなの比べたり確認したりする方法はないんだから、本当にそうなのかは誰にもわからないじゃない」
「……そうだな、花音の言うとおりだ」
「それに私も鈴ちゃんも自分の気持ちを自覚して、長い時間それに向かい合ってきたからしっかりと想いが固まってるけど。奏汰は昨日私たちに告白されて、まだ私たちの気持ちどころか自分の気持ちすらどうなのかわからない状態でしょ? これから自分の中にどんな想いがあるのか、向き合って見つけていくんだから逆に劣っていて当然よ」
花音が話しながら俺をソファーの方へ誘導し、座らせて真正面から抱きついてくる。ちょうどふくよかな胸の部分に俺の顔が埋もれて、一気に顔が熱くなるのを感じた。慌てて花音の体を離そうとするが、まるでしがみつくように俺の頭を両手で抱え込んでいる花音はなかなかしぶとい。そうこうしているうちに後ろからまたぎゅうっと柔らかい感触が首元に触れる。どうやら俺と花音が仲良くじゃれ合っていると思ったのか、それとも仲間はずれにされていると思ったのか。鈴がソファーの背もたれを乗り越えて後ろから抱きついてきたようだ。
本気を出せば全然ほどける程度の拘束だが、下手に動いてふたりに怪我をさせたら後悔しても仕切れない。俺は諦めて心を無にするよう努力して、ふたりにされるがまま耐えることにした。
そんな風に3人でじゃれ合っていると、あっという間にバイトの時間が迫っていた。今日の夕飯は鈴が作ってくれるそうで、俺がバイトに行っている間に料理をするらしい。
ちょっとさみしそうに一緒に出かける俺と花音を見送る鈴を残して、花音と一緒に店に向かって出発した。マンションを出たあたりで流れるような動きで腕を組む花音だが、今日ばかりはやめてほしい。花音の話を聞く限り、怒れるおじさんがバックヤードで待っているかもしれないのだ。そんな状態のおじさんに花音と腕を組んだまま会うとか、自殺行為以外の何物でもないだろう。
花音もこれ以上おじさんにヘソを曲げられたら、うちに遊びに来ることすら禁止されるかもしれないという危機感はあったようで、店まであとちょっとという場所になると組んでいた腕を離してくれた。
そして店に入ってレジの店員さんに会釈しながら、ふたりでバックヤードに向かう。案の定目つきの悪いおじさんに色々と問い詰められたが、イチャついた部分を省いてあったことを説明するとおじさんは深くて重い安堵のため息をついた。
「……まぁ、僕は最初から奏汰くんを信じていたけどね。うちの娘の暴走だってわかっていたよ、うん」
おじさんが腕を組みながらうんうんと頷く。睨むだけで人を殺せそうだったヤバい目つきも、いつも通りの優しい感じに戻っている。しかし不思議だったのは、花音が俺に告白したと聞いてもそこでは機嫌が悪くなったりしなかったんだよな。思い切ってその理由を聞いてみたら、おじさんは呆れたように俺を見ながら言った。
「あれだけ君を好きだというオーラを撒き散らしていた花音の気持ちに気付かなかったのは、多分奏汰くんだけだったと思うよ。順番を飛ばしたりしない健全なお付き合いならうるさいことは言わないから、前向きに考えてあげてね」
暗に俺が鈍感だと言われて、やっぱりそうなのかとショックを受けた。ちなみに後から花音に聞いたところによると、花音の気持ちは中学の同級生ならほぼ全員が知っているらしい。うちの学校にも進学しているヤツらがいるんだが、顔を合わせにくくなってしまった。それだけ長いこと花音に片想いをさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、でもだからと言ってそれを理由に花音のことを選ぶのは不誠実だ。
おじさんが怒っていたのは、俺と花音が色々と順番をすっ飛ばして同棲すると言い出したと思っていたからなのだろう。ちゃんと段階を踏んで関係を深めていくならば、どうやらおじさんもおばさんも交際を許すスタンスらしい。
「わかりました、ちゃんと考えます」
俺たちだけの気持ちじゃなくて、こうして見守ってくれているおじさんたちのことも裏切らないようにしなければ。そんな気持ちをこめて、俺はおじさんにそう返事をしたのだった。
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