08――雑談とおやすみのキス
花音が帰った後、鈴は俺とすれ違う時だったり隣に座っている時にそっと触れるようになった。まるで猫が飼い主に体を擦り付けてるみたいだなと思いつつ、別に嫌ではないのでそのまま受け入れている。ちなみに猫のあの動作は自分の匂いをつけてマーキングしたり甘えたりしているらしいのだが、鈴がマーキングのつもりでしてるんだとしたらかなり気恥ずかしい。
近所のスーパーに買い物に行ったりしていると、あっという間に夕方だ。米を炊いたり味噌汁作ったり、メインディッシュのハンバーグを湯煎して温めてその横に冷凍食品だがポテトと野菜サラダを添えてみた。
手抜きだが鈴はおいしいと言って喜んで食べてくれたので、まぁ良しとしよう。
「そ、そう言えば。私たちが入学する高校って、どういう学校なの?」
夕飯の後、食休みしつつ鈴と並んでソファーに座りながら雑談をしていると、唐突にそんな質問をされた。
「どういうって、別に悪い学校じゃないぞ。学力なら上から数えた方が早いし、それなりの進学校だな」
「し、進学校だったんだ。よく合格できたよね、私」
ほぅ、と胸のあたりを右手で押さえながらため息をつく鈴。別に鈴は自称ひきこもりとはいえ学校にはちゃんと通ってたし、去年の夏休みに一緒に勉強してた時も俺と同じぐらいの理解度だったから受かって当然とまでは言わないが十分合格範囲に入っていたと思うが。もしかしたら内申点とか、学力以外の部分での評価に不安があったのかもしれない。
「せ、制服もかわいいよね。私、ブレザーの制服って初めてだよ」
「そうか……そう言えば、島の学校は小学生は私服で中学生はセーラー服だったもんな」
何故同じ校舎に通うのに小学生と中学生で服装が違うのかと言えば、中学校は島外の学校の分校扱いだったからだ。本校の制服を分校に通っている島民の中学生も着ること、そんな校則があったらしい。
しかしあの制服って女子から見るとかわいいのか? 紺のジャケットに白のワイシャツ、スカートの生地と同じ柄のネクタイとプリーツスカート。制服に詳しくはないけど、他校にもかわいい制服はあると思うのだが。
「鈴はなんであの学校を選んだの?」
「え、選んだって言うか……かなたがあの学校受けるっておじさんたちに聞いて、一緒の学校に通いたいなって思って」
照れながら言う鈴の攻撃力がすごい、告白されてまだ1日も経ってないのにどんどん『鈴ってかわいいな』と思う瞬間が増えていく。これは確かに花音が一緒に住んでいない自分の方が大きいハンデを負っている、とクレームをつけるのもわかる。多分花音とふたりでいる時も、こんな風に新しく彼女の魅力やかわいいところを発見するだろう。でもここに花音がいないんだから、そのイベントがそもそも起こらないんだよな。想われている自分が言うのもなんだが、客観的に見るとこのロスはデカいんじゃないかなと思う。
なんか自分が選ぶ側だからって告白された嬉しさから上がったテンションも相まって、調子に乗ってしまっているような感じがするな。逆の立場だったらこういう人間を好きでい続けられるだろうか。想像してみたらなんかイラッとしたので、脳内に浮かんだ自分の顔をパンチしてかき消す。
元々恋愛的な好きでなくても、好意を抱いていたふたりだ。彼女たちの気持ちには誠実に応えたい。そのために俺も自分を律して、鈴や花音に好かれていてもおかしくないと周囲に思ってもらえるような人間にならなければ。
「な、なに急に? なんだかすごくやる気がみなぎってるみたいな顔してるけど」
「特になにがあったってわけじゃないけど、俺も頑張らないとなと思って」
「か、かなたは普段通りでいいでしょ。知り合いもいない学校に通うんだから、私こそがんばらないと」
両手を自分の胸の前でぎゅっと握りながら決意表明する鈴の姿を見て、ふとした疑問が浮かぶ。
「そう言えば鈴って、受験の日はどこに泊まったんだんだ?」
俺が聞くと、鈴は2つほど隣の駅の駅前に立つビジネスホテルに泊まったのだと言った。宿泊料がもったいないし、最初から話してくれていれば実家に泊まれたのにと思っていると、それが伝わったのか鈴は苦笑した。
「お、叔父さんが提案してくれてね。かなたをびっくりさせたいから、ホテルに泊まったらどうだろうって。宿泊費も払ってもらったし、私もかなたを驚かせたかったから」
あのクソ親父め、結局は手のひらの上で踊らされてたってことか。多分鈴をこっちに呼んだ理由の中には、彼女のトラウマを払拭するために島から出したいというのも確かにあったんだろう。でも本音は鈴を俺と一緒に住ませれば俺は実家になかなか近寄ることはせず、自分は愛する妻と理想とするラブラブ仲良しライフを過ごすための計画のひとつに違いない。どれだけ母親のことが好きなのか、美奈については娘可愛さで家に住んでいても不問ということにしていると思うとかなりイラッとするな。
でもここでイライラとしても仕方がない。ちなみにテストは俺や花音とは違う階の教室で受けていたそうだ。俺たちは通っていた中学校がまとめて願書を送ってくれたから、同じ中学のヤツらは同じ教室だったんだよな。とは言っても全員で5人ぐらいだったけど。それでも話し相手には困らなかったし、リラックスして試験に挑めた。
でも鈴はたったひとりでテストを乗り切ったんだよな、本当にすごくて思わず尊敬の念を抱いた。制服とか教科書は教科書販売の日に制服もお店で採寸して買っておいたそうだ。どんな制服かは先輩たちが着てる姿を見てるから知っているけど、鈴や花音が着ている姿を早く見たいなと思った。
明日は入学式だから早めに寝るかと風呂を沸かして先に鈴を入らせて、その後に俺が入って風呂場の片付けをして外に出る。その頃には鈴は髪を乾かしてパジャマに着替えていたから、湯冷めしないうちに『おやすみ』と挨拶を交わして部屋に入るように促した。俺も歯磨きをして自分の部屋に戻ろうと思ってリビングに戻ると、何故か部屋に戻ったはずの鈴がもじもじとしながら俺の前に立っていた。
『風邪ひくぞ』と言おうと思ったら、距離がゼロになるぐらいに俺にくっついてくる鈴。情けないがうろたえてしまってワタワタと慌てていると、俺の体に沿うように背伸びをしてきてあっという間に鈴の唇が俺の唇にくっついていた。触れていたのは一瞬で、まるで挨拶だったかのように鈴の体が俺から離れていく。
「……お、おやすみ。明日からもよろしくね、かなた」
鈴はそれだけ言うと、俺の返事を待たずに小走りで自分の部屋へと向かってバタンとドアを閉めた。迫ってきた時にふわりと香った鈴のいい匂いとか、触れた唇の柔らかさとか。そういう色々な要素に不意打ちされた俺は、しばらくその場から動けずにムラムラする衝動を必死に抑えていた。
花音には黙っておこう。俺がやった訳じゃないけど、こんな抜け駆けがバレたらぶん殴られる……俺が。花音からの報復を想像していたら、ようやく熱に浮かされた頭が冷め始める。
「へっくしゅ!」
体が冷えてきたのか、鼻がムズムズしてくしゃみが口から飛び出した。鈴にあんな風に言っておいて、俺が風邪を引いたら格好悪いもんな。さっさとベッドに入るために俺もさっきの鈴に倣って、リビングの電気を消した後に早足で自分の部屋へと入ったのだった。
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