07――ひとまず軟着陸
最初に行動を起こしたのは自分の方だと言うのに、鈴の行動に激高する花音。それに控えめながら反論する鈴。そんなふたりをなんとか宥めすかして、ソファーに並んで座った。
ふたり掛けのソファーに3人で横並びに座っているため、ギュウギュウに詰まっている状態でお互いの体がピッタリと密着している。その上でふたりは真ん中にいる俺の腕にしがみつくようにしているのだから、その体のぬくもりと柔らかさがダイレクトに伝わってくる。
とりあえず冷静になるために、いつから俺にそんな思いを抱いていたのかをふたりに聞いてみることにした。あれ、そう言えば花音にははっきりと好きだと言われたが、鈴には上書きとしか言われていないことに思い至る。しかしその後にしたキスは、鈴の控えめな性格を考えると好意がなければできない行動だろう。
「さっきも言ったけど、私は小学校の高学年の頃から。クラスの女子が奏汰のことをちょっと良いなとか言い出して、それでその……他の女の子には取られたくないって思ったのがきっかけで」
顔を真っ赤にしながら俺を好きになった理由を話す花音の姿に、いつもの気の強さとか気安さが全く感じられなくてまるで別人みたいに見えてくる。中学の頃から男子に人気で美少女だと評判だった花音のことを女の子として意識するのは、長い付き合いの幼なじみなのに花音を裏切るようで後ろめたさがいつもあった。でも、意識してもよかったんだな。無理やり感情にブレーキを掛けていた自分が滑稽に思えてくる。
花音の中で恥ずかしさが許容量を突破したのか、隠すように俺の二の腕に押し付けるように顔をくっつけた。そんな仕草も可愛く思える、自分に好意を持っていると知った途端にそう思う自分のヘタレさ加減に凹みはするけれど。
「わ、私は距離がすごく離れてるのに、毎年夏休みに遊びに来てくれたかなたのことを結構早くから好きだったと思う。ま、周りみんなが敵だったのに味方になってくれた男の子なんだから、好きにならない方がむずかしいよ」
まるで花音に負けないと宣言するかのように、鈴もきっかけを話してくれた。話し終えた後で脱力したように、俺の肩に頭を預けてくる鈴。ただあの頃の俺には味方とか敵とかそんな意識はなくて、ただ鈴が元気になるようにって必死だっただけなんだけどな。そんな風に思われていたとは、少し面映ゆく感じる。
鈴についてもトラウマを抱えて弱っている女の子に、そんな邪な感情を持つのは卑怯だとそういう対象には含めないようにしていたように思う。ふたりとも性格も顔もいいのに、なんで俺なんかを好きになってしまったのか。いや、理由は今聞いたんだが。聞いた上でもったいないなと思う。
というかだな、このふたりのどちらかを恋人に選ぶとか無理難題にも程がある。どちらもそれぞれいい子たちだし一緒に過ごした時間が普通の同級生とは違って長いから、無理にどちらかを選んで片方を振った場合は振られた子のことを思って精神的に病みそうだ。
俺はそんな風に自分勝手なことを悩んでいて気づかなかったのだが、この時ふたりは俺の顔をジッと見ていたそうだ。告白をして振られる方も辛いけど振る方だってしんどいだろうなと、この時にはじめて思ったらしい。俺だって恋愛なんて縁遠い生活を送っていたから、そんなことはこれまで考えたこともなかった。
鈴と花音は視線を合わせると、この時はすぐにお互いの思っていることがわかったらしい。こくりと同時に頷いてからそれぞれ俺の背中に手を伸ばして、ポンポンと優しく撫でるように叩いた。
「私たちだって告白したばっかりで、その勢いですぐにどちらかを恋人にしますって選ばれても納得できないわよ。というか、今日すぐに選んで欲しいなんて思ってないから。でもこれからはただの幼なじみじゃなくて、私も鈴ちゃんもアンタのことを好きな女の子として見てくれたら嬉しい」
「そ、そりゃあかなたも私と同じ気持ちを持ってくれたら嬉しいけど、急いでないからね。でもこれからはただの従兄妹じゃなくて、ひとりの女の子として見てほしい」
ふたりはそう言って、にこりと微笑んだ。告白する気がなかったのは本当だと思うけど、気持ちを伝えたら早く結果を知りたくなるのは人間の本能だろう。それを我慢してでも俺の気持ちを優先してくれるというのだから、ふたりに対して感謝とこれまで以上の好感を持つのは当然のことだろう。
「……ありがとう。ちゃんとふたりのことをしっかりと見て、返事をするって約束する」
今の俺ができる精一杯の返事をすると、花音も鈴もこくりと頷いてから再び俺の二の腕の部分に顔をくっつけてきた。柔らかい体をそうやって無防備にくっつけられると、男なら反応する部分があるのは同じ男ならわかってもらえると思う。なんとかふたりにバレないようにモゾモゾと腰を小さく動かしていたら、突然花音が『あ、そうだ!』と声をあげた。
「私もここに住むことに決めたから!」
「……えぇっ!?」
突然の花音の宣言に、俺と鈴は思わず揃って声をあげてしまった。ふたり分の視線を集めた花音は、楽しそうに笑顔を浮かべる。
「だって同じくスタートラインに立った鈴ちゃんは奏汰と一緒に住むのに、私は別居ってすごいハンデじゃない?」
「そうかもしれないけど、そもそもあのおじさんがそんなことを許す訳ないだろうに。それに部屋もないし」
「私は別に、奏汰と一緒の部屋でもいいけど」
それは勘弁してもらいたい、間違いが起こったらどうするつもりなんだ。ただでさえ欲望が表面張力で溢れないように踏ん張っている俺の理性を、挑発するのは本当にやめてほしい。
「そ、それはダメです!」
ライバルが抜け駆けしようとしているのを察知した鈴が、大きな声で抗議した。そんな鈴に花音がいたずらっぽい表情を浮かべる。
「じゃあ鈴ちゃんの部屋に住んじゃおうかな。ベッドもふたりで寝ると狭いだろうけど、私たちふたりとも細身だしなんとかなるでしょ」
「……まぁ、かなたと一緒の部屋に住まれるよりは、そっちの方がいいですけど」
「あと、別に私に対して敬語で喋らなくてもいいよ。同い年だし、奏汰の親戚なら私の親戚と一緒だし」
「ぜ、全然一緒じゃないです! け、敬語なのはこの方が喋りやすいからなので、できればこのままの方がありがたいです」
鈴としては、家族や俺以外の人間とはあんまり話してこなかったからな。敬語が外れるまでには、まだまだリハビリが必要だろう。しかしいつの間にか花音が一緒に住む話になってきてるのだが、あの娘を大事にしているおじさんが許すだろうか。いや、絶対に許さないと思う。
「ひとまずその話は、花音がおじさんの許可を取ってからにしてもらおうか。それよりも花音、俺だけだと女子である鈴のサポートをしたくても手が届かないことも出てくると思う。さっき話したような身の上だし、これ以上傷つくことなく学校生活を楽しんでほしいんだ。協力してくれないか?」
「……まぁ、私もさっき聞いたみたいな理不尽なのは嫌いだし。鈴ちゃんもアンタのことを除けばいい子だと思うし、手伝うのは構わないわよ」
「あ、ありがとう」
「でも、貸しひとつだからね! せっかくだから、普段できないお願いしちゃおうかな。告白もしちゃったことだしね」
照れ隠しなのだろうか、俺がお礼を言うのに被せるようにそんな天邪鬼なことを言う花音。でもこういう時に言ったことを絶対忘れないのも花音だ。どんなお願いをされるのか、今からちょっと怖いな。
「よ、よろしくお願いします、花音さん」
「うん、よろしく。今日から友達兼ライバルね」
俺を挟んで握手をする花音と鈴だが、何やら火花が散っているようで背筋が凍りそうに寒い。その後は明日の待ち合わせ場所とか軽い打ち合わせをして、花音は早速おじさんを説得するんだと鼻息も荒く帰っていった。その後に届いたメッセージから察するに、どうやらおじさんに叱られた上に同居の許可ももらえなかったらしい。まぁ当たり前だよな、鈴は俺の親戚だからギリギリセーフだけど、花音は幼なじみだから普通は許可が下りないのが当然の反応だ。
次にバイトに行くのがちょっと怖いな、おじさんに俺まで怒られそうだ。なるべくバックヤードに近づかないにしよう、そうしよう。
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