06――突然の告白と上書き


 何故か再度興奮状態になった花音をなんとか宥めすかして落ち着かせて、ようやく事情説明に入る。


「そもそもなんで俺が鈴のところに毎年行っていたか、そこから説明しようと思う」


「ふん、だ。どうせかわいい従兄妹に会いたいとか、そんな理由なんでしょ」


 俺の言葉に不貞腐れたように言う花音。ただこれまでの付き合いから考えて、本気で機嫌が悪いわけではなさそうだ。俺が鈴のことばっかり話しているから、ちょっとは自分にも構えと言いたいのかもしれない。俺に構われたところで何の得もないだろうに、花音はたまにこういうところがある。


 そして鈴よ、花音にかわいいって言われたからって照れなくてもいいぞ。確かに鈴は美少女の部類に入るだろうから、今後学校でも同じようなことを耳にタコができるぐらい言われる未来が目に見えるようだ。


 それはさておき、まずは前提条件として鈴が住んでいた島の状況を話す。田舎で住人が少ないから、当然ながら島民の結びつきが強い。よくある田舎のあるある話で出かける時にカギを掛けないとか、勝手によその家に上がってお茶を飲みながらテレビを見ているとか、そういうことが日常茶飯事の土地だ。


「ええっ!? 知ってる人でも家族じゃない他人が自分の家に我が物顔で居座っているっていうこと? うわぁ、私はそんな環境で暮らすのは絶対に無理!」


 しかめっ面で手のひらを俺たちの方に向けながらそう言った花音を見て、鈴はパァッと表情を明るくした。島ではそんな風に思う島民はほとんどいなかったから、真正面から全力で同意してもらえたのが嬉しかったのだろう。島の外から嫁いできた人たちも同調圧力なのか洗脳なのかはわからないが、あっという間に島の考えに染まっていたからな。


 その上、他人の家庭事情すらダダ漏れで年収から貯金額まで知られていると話せば、花音はおぞましいことを聞いたとばかりに体を身震いさせた。他にも夫婦の馴れ初めだの夜の生活の平均回数だのも知られているらしいと言うと、プライバシーを侵害しまくりな島の住人たちに嫌悪感を抱いたのか苦いものでも食べたかのように顔をしかめている。


「鈴も小学校の途中までは、あの島に順応してたんだけどな。ふとした時に拒否反応が出て、学校への登下校以外は内側からカギが掛かるようにした自室に引きこもり始めた。両親を含めた島民たちを拒絶していた鈴だったが、島の外の人間だったからか俺のことは受け入れてくれて色々と悩みを話してくれて、俺も心配だったし毎年夏休みの度に様子見がてら遊びに行ってたって訳だ」


 そして島には高校がないので、うちの両親が鈴の両親と結託して彼女をこっちに寄越したことも話した。俺はこの件に関してはまったくの蚊帳の外で、一昨日の夜に鈴がこの家を訪ねてくるまで知らなかったことを正直に告げる。話し終えた俺の顔を花音はジッと見つめてから、まるで肺の中の空気を全部吐き出したのかと思うぐらい重くて長いため息をついた。


「彼女の置かれている状況についてはわかったけど、私が聞きたいのはなんでこんなに朝早くからその従兄妹さんがここにいるのかってこと! 私と同じように奏汰の家からここに来るように呼んだのよね? まさか同い年の男女がこの部屋で、一緒に暮らすとか言わないわよね?」


「……仕方ないだろ、両方の親が決めたんだから」


「それって本当に一緒に住むってこと? 仕方ないって、間違いがあったらどうすんの!?」


 花音は多少異性関係に疎いところがあって、付き合うとか以前に手を繋ぐとかでも顔を真っ赤にしたりしてたからな。運動会のダンスで男女が手を繋ぐ振り付けがあって、たまたま俺と手を繋いだ時もめちゃくちゃ真っ赤だったし。これだけ長い時間一緒にいる俺に対してもそうなのだから、異性に免疫がないのかもしれない。それでいて仕事の時は男性のお客さんに対して全然そんな素振りは出さないのだから、プロ意識すげぇなと尊敬の念すら抱いたものだ。


 そんな花音にとっては、親戚とはいえ同い年の男女がひとつ屋根の下に住むというのはよほど衝撃的な話なのだろう。もちろん俺も親に直談判しに行くぐらい驚いたけど、一緒に住むと腹を決めたら特に問題はないかなと思った。鈴は美少女だが俺の外見は良く見ようとしたら中の中、客観的に見れば中の下だと他人は判断するだろう。そんな俺に対して鈴がそういう色事に結びつくような感情を抱くことはないだろうし、俺はちょっと今朝みたいに血迷うことはあるけれど行動にさえ起こさなければ何も起こっていないのと同じだ。


 それでも俺の考えを知らない花音からしてみたら、いつでも被害者になりうる鈴のことが心配になんだろうな。俺が血迷って行動を起こしたら、肉体的にも精神的にも傷つけられるのは鈴だ。同じ女性として、そこは看過できないのだろう。本当にいいヤツなんだよな、花音。少しは幼なじみの俺を信用しろよと言いたくはなるが、昨夜鈴の残り香に悶々として過ごした俺にはそんな偉そうなことを言う権利はない。


「伯父さんと伯母さんから鈴を預かっているんだから、間違いなんか起こせるわけないだろ」


 俺の責任感をわかってもらうために鈴の両親のことを理由として出してみたら、パクパクと口を開けたり閉じたりした花音がクールダウンしたように黙る。ただボソボソと『でもこの子可愛いし、理性が飛ぶことだってあるかもじゃん』だの『でも奏汰って人一倍責任感が強いし』だのと呟いていた。それ全部聞こえてるからな。


「でも花音は優しいよな、出会って間もない鈴のことをそんなに心配してくれるんだから」


「……はぁ?」


 思わずポロリと漏らした俺の言葉に、まるで的はずれなことを聞いたとばかりに花音が疑問の声をあげた。そしてしばらく俺の言葉を頭の中で咀嚼して理解したのか、大きくて深いため息をつく。なんだか馬鹿にされてるような気がして、俺はムッとしてしまった。


「なんだよ、俺が言ったことはそんなに的外れだったか?」


「そうね。あんまりにも明後日なことを言うから、本当にどうしてやろうかと思った」


 花音はそう言って何度か大きくスーハーと深呼吸をすると、いきなり俺のパーカーの胸ぐらを掴んできた。そしてぐいっと俺の体を自分の方に引き寄せるとお互いの顔がくっつくまであと10cmぐらいのところまで近づく。


「あのね、私はアンタの心配をしてんの! 小学校の高学年の頃から好きな人を、こんなポッと出の女に盗られてたまるもんですか!!」


 今度は俺が『はぁ!?』と疑問の声をあげようとしたが、その前に柔らかい感触が俺の唇に触れていた。後ろで『ガタッ!』と何かが動く音と『ああっ!?』と悲鳴にも近い鈴の声が聞こえたが、それを気にしている余裕は今の俺にはなかった。


 何故なら顔をトマトのように真っ赤にした花音が、さっきまであった10cmの距離をゼロにして俺にキスをしていたからだ。というか花音が俺のことを好きだというのも初耳だし、触れているふたりの唇の間から漏れ聞こえる花音の吐息が扇情的に感じてドキドキしてしまう。


 しばらくすると花音の柔らかい唇の感触が離れていき、少しの寂しさを感じてしまった。いつの間にか抱きつくように俺の体に密着していた、花音の体のぬくもりも一緒に離れていったので余計に寂しい。


 しかしそんな寂しさに浸る間もなく、花音に今の行動について問うこともできないまま、新しい衝撃が俺を襲った。タタタッとこちらに駆け寄る足音が聞こえたかと思えば、背中にぎゅうっと誰かが抱きついてくる。いやこの部屋には俺と花音と鈴しかいないのだから、目の前に花音がいるのだから鈴なのだろうけど。


 俺が反射的に振り返ると、鈴が『上書き……』と呟いた後で背伸びをしつつ俺の唇に自分のそれを重ねた。さっき花音の時も思ったけど、鈴からも甘くていい匂いが漂ってくる。頬を朱に染めた鈴の顔に見惚れていると、後ろから花音が『ぐぬぬ』と唸っているのが聞こえてきた。


 『実際にそんな風に呻くヤツ初めてだわ』と心の中でツッコミつつ、この状況をどうやって収拾すべきか。俺も冷静なようで心臓がまるで400m走をスタートからゴールまで全力疾走した時ぐらい暴れまわっているのを早く落ち着かせなければと、混乱する思考をあっちこっちに巡らせていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る